2010年12月09日
【日記】<ニッチ>なのか?
よく日本の社会起業は「ニッチ」だと言われるらしい。
わたしも先日、中間支援団体の人に「ニッチ」と言われて
相手の言葉にためらいはあるのを感じたものの
「そうか、この分野はニッチなのか」
と改めて認識した。
でもそれは、「市場規模」のニッチ感なのだとあとから考えた。
(当たり前かもしれないが)
たとえば、「自殺」や「グリーフ」のことがほんの一部の人にしか
関係ないかというと、まったくそうではない。
講演をすれば、あまねくほとんどの人が「自分ごと」にして
考えて、感じて、帰る。
生きていれば
「生きていてしんどい」
思いをしない人はほとんどいないし
「誰かを亡くす」
という経験は必ずするだろう。
死ぬことと生きることはひとつ
命がいつか尽きるから
今をどう生きるのか
という大きな問いが目の前にあらわれる。
だから日頃、自分の伝えていることが
「ニッチ」だという感覚がないのだろう。
でもこれが「対象」を絞りこんで
具体的な「サポート」を提供する
となったとき、「ニッチ」な感じになるのだろう。
そして、その「ニッチ」を埋めることは
果たして私の目指すものにつながっているのか。
今までそのあたりのつながる感覚がなかった。
でもどんなに細い川でも大きな海につながっている。
必ず。
ダイバーシティ研究所の田村さんが教えてくださった。
川を決めて
ひたすら下って行くのだ。
その細ーい川を迷いなく、ずんずんと進んで。
そして、その先にあるものを信じていたい。
まずは、川を決めるべく、この2カ月が勝負。
2010年11月30日
【日記】起業はお産

ここ数日講演の合間をぬって、ETICに提出する
事業計画書と予算を組もうと努力していた。
でもとれる時間は本当に数時間で今日の申請締切には
間にあうか、あわぬか、ぎりぎりだった。
結果からいえば、申請は先送りにした。
焦って出しても、それはどうやっても「嘘っぱち」にしか
思えなかった。
時間をとれなかったことに言い訳はしたくない。
眠る時間を削れたかもしれない、風邪をひかないよう
体調管理ができていればよかっただろう。
ここ最近は移動の時間もすべてつかって仕事をしているが
それでも目の前のことにいっぱいいっぱいになっている。
もっともっと丁寧に、10年、5年、3年と長期から物語を描く
時間をとりたい。
そして「今、ここ」に立ち返っていきたい。
それからこの一年をきちんと計画する。
2月までの課題だ。
そのためのリサーチ、準備を今からはじめます。
起業はお産。
組織や事業は産み落とした限り、それ相応に手をかけて
きちんと育てていかなければいけない。
見切り発車に組織や事業がスタートしていることが往々にして
あったけれど、未熟児で産んだのなら、尚のこと。
丁寧に、心をこめて、時間を十分にとって
育てていくぞ。
ときに専門家(Live onで言えば、コンサルチームや
ETICさん)のお力かりながら。
歩んでいく。
こつこつと。
「子ども」に育ててもらいながら。学ぶ。
おかあさん
やね。
2010年11月07日
【報告】改めて、ご報告です
ブログでのご報告が遅くなりましたが
10月からNPO法人ETIC.の
「ソーシャルベンチャー・スタートアップマーケット」(※)
に採択され、一年間起業に向けて支援をいただくことになりました。
2010年3月
社会起業家向けビジネスコンペで優秀賞をいただいて以来
半年いろんなことがありました。(★)
志高い僧侶の方々との出会い、グリーフを学ぶ師である橋爪先生との
つながり、岡山の自死遺児のまさとくんに出会い、そこから犯罪被害者
支援をずっと行ってこられた弁護士の川崎先生との出会い、そして
自死遺児支援の研究会立ち上げ、社会起業家のつながりが広まり深まり・・・
こんなにも縁をいただけたことに感謝していると同時に
それは何のためなのかということを考えさせられます。
つながりを力に。
生と死の分野から本気で社会を変えていこうという想いを形にしていきます。
今まで支えてくださった方、見守っていてくださった方
いっしょに想いをともにしてきてくださった方
みなさまに感謝をこめて。
また今日も一歩、一歩、あゆみを進めたいと思います。
(★関連記事)
http://mainichi.jp/kansai/reportage2010/archive/news/2010/20100405ddn001040002000c.html
※ソーシャルベンチャー・スタートアップマーケット
http://www.etic.or.jp/sv_startup/index.html
このプロジェクトは内閣府・地域社会雇用創造事業交付金事業の採択を受けた
「ソーシャルビジネスエコシステム創出プロジェクト」の一環として運営されています。
2010年08月03日
【日記】つながり続けていくこと
おはようございます。
昨日は関西テレビの放映でたくさんの方から
連絡をいただきました。
今生きていて本当にしんどい方
身近な人が自死されていて何か力になりたい
と思っていらっしゃる方。
自死、自殺ということを通じてこんなにも
ひとがつながっていくんだということを
改めて実感しています。
先日石川のお坊さんたちと食事を囲んでいるときに
「尾角さんの生きる意味はなんですか」
と聞かれました。
ふっと湧いてきたのは
「まさに、今、ここのこれ」だと思います。
というのは食事をひとと共に
大切な話をしながらできること。
ひととごはんをたべれるというのは
幸せなことやし、ごはんをたべないと
生きていけない。
わたしはひとりになるとあまり
食事をきちんととれないので
ひとといるということはすごいことだ
と思っています。
ごはんがきちんと食べられるし
いっしょに食べるだけでしあわせになる。
なんだかシンプルなことなんだと思いながら。
でも、「死にたい」「死ぬほどつらい」方は
ごはんを食べることもままならない。
ひとりの孤独感に押しつぶされそうになることも。
なんとかなんとか、つながり続けていくことか。
必要なときにつながれることが本当に大事。
無力だけれど、きっと微力でも力になれるのなら・・・。
と思いながら、今日も一日動きはじめたいと思います。
【お知らせ】本日毎日新聞
今日は毎日新聞(東京本社版)の社会部記者コラムに
自死遺児の活動のことを書いてくださり、掲載されています。
東の方のかたは、どうかご覧いただければうれしいです。
暑いですが、最近の夕空はうつくしいです。
夏をたのしむ。できたらいいですね。
てるみん
2010年07月03日
【日記】グリーフワークってこういうことだったんだ。
昨日、つぶやいてもみた、電車で出会った
おじいさんのおはなしをしよう。
ひとつきに一回くらい
最近電車にのると
話しかけられる.
そして、深い話になる。
今回はまさに「グリーフ」なテーマだった。
昨日は、「愛する人を亡くすということ」
という、グリーフの連続講座のパンフを
片手に持っていたら、となりにいた
おじいさんが話しかけてきた。
手元に下げたビニル袋にはお花が入っていた。
よくよく聞くと、亡くなった奥さんの
お墓参りの帰りで。
「23年間、毎月、命日かそれまでには行ってるんよ」
とのこと。
23年前、奥さんは42歳、そのおじいさんは当時46歳だったそう。
癌で亡くなったらしいけれど、当時はもちろん告知はしない時代。
隠し通すつもりが、転院したときに、間違って伝わってしまったらしい。
そして毎日、仕事が終わってからお見舞いに行っていたところ
ある晩会議が夜中の1時くらいまで続きその日だけ行けなかった。
そのことを亡くなるまで、その最後の日まで、奥さんに言われ続けた
という。
「なぜ、23年もの間、毎月毎月、お参りされてるんですか」
と聞いたら
「それは、やっぱり…」
としばらくの沈黙のあと
「すまない…と思うからやね」
という一言と、上記のエピソードを話してくださった。
ただの一度、行けなかった、その日のことを
何年経っても忘れない。
そして、そのことを想いながら、今も毎月
グリーフワークをしているおじいさん。
あぁ、お墓参りって、やっぱりグリーフワーク。
とストンとおちた。
自分の喪失体験と向きあう、それを大事にする時間。
ほんとうにたいせつだと思う。
ひとつ、お墓の方の事情は興味深かった。
そのお寺ではたぬきがよく出るからとのことで
生花を供えるのは禁止になったらしい。
生花を供えるなら、その日のうちにお持ち帰りくださいと。
そんなわけで、おじいさんは手に造花を持っていた。
ひょんな出会いに感謝。
別に名も知らぬ、アノニマスな関係だけれど
心にひびいた、一期一会だった。
おじいさんのおはなしをしよう。
ひとつきに一回くらい
最近電車にのると
話しかけられる.
そして、深い話になる。
今回はまさに「グリーフ」なテーマだった。
昨日は、「愛する人を亡くすということ」
という、グリーフの連続講座のパンフを
片手に持っていたら、となりにいた
おじいさんが話しかけてきた。
手元に下げたビニル袋にはお花が入っていた。
よくよく聞くと、亡くなった奥さんの
お墓参りの帰りで。
「23年間、毎月、命日かそれまでには行ってるんよ」
とのこと。
23年前、奥さんは42歳、そのおじいさんは当時46歳だったそう。
癌で亡くなったらしいけれど、当時はもちろん告知はしない時代。
隠し通すつもりが、転院したときに、間違って伝わってしまったらしい。
そして毎日、仕事が終わってからお見舞いに行っていたところ
ある晩会議が夜中の1時くらいまで続きその日だけ行けなかった。
そのことを亡くなるまで、その最後の日まで、奥さんに言われ続けた
という。
「なぜ、23年もの間、毎月毎月、お参りされてるんですか」
と聞いたら
「それは、やっぱり…」
としばらくの沈黙のあと
「すまない…と思うからやね」
という一言と、上記のエピソードを話してくださった。
ただの一度、行けなかった、その日のことを
何年経っても忘れない。
そして、そのことを想いながら、今も毎月
グリーフワークをしているおじいさん。
あぁ、お墓参りって、やっぱりグリーフワーク。
とストンとおちた。
自分の喪失体験と向きあう、それを大事にする時間。
ほんとうにたいせつだと思う。
ひとつ、お墓の方の事情は興味深かった。
そのお寺ではたぬきがよく出るからとのことで
生花を供えるのは禁止になったらしい。
生花を供えるなら、その日のうちにお持ち帰りくださいと。
そんなわけで、おじいさんは手に造花を持っていた。
ひょんな出会いに感謝。
別に名も知らぬ、アノニマスな関係だけれど
心にひびいた、一期一会だった。