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きょうされん熊本支部

きょうされん熊本支部会員事業所のブログです。熊本県内で活躍している事業所の日々の活動をご覧ください。


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還暦を祝う集い [2016年01月09日(Sat)]
IMG_1968[1].JPG水俣病胎児性・小児生患者たちが、還暦を迎えました。

当日は、ドレス・タキシード・着物姿で、参加した仲間たち。少し照れくさそうに、だけど誇らしげな姿に、感動がありました。
今回は、6名の方のお祝い。ご来賓の方々のお祝いのメッセージを頂きながら、還暦者からは、この60年を振り返り、これからの未来とお世話になった方々への感謝の言葉がありました。

水俣病時間も公式確認より、60年の歳月を刻みましたが、まだ60年経っても解決に繋がっていない現実。

きょうされん熊本支部からは、山下支部長をはじめ、3名が参加させて頂きました。皆さんの今後のご活躍をお祈り申し上げます。

IMG_1970[1].JPG


主催者である社会福祉法人 さかえの杜から「還暦を祝う集いによせて」のメッセージです。

水俣病公式確認60年目を迎えるにあたり、胎児性小児性患者等が今後も、安心して地域に暮らすし続けることが叶うように、さらに、地域の方々に彼らの存在を改めて知って頂く場の一つとして、「還暦を祝う集い」を企画しました。
水俣病事件は公式確認60年を迎えるが加害責任を問う裁判をはじめ、到底、一足飛びには解決できない課題を山ほど抱えている。政治情勢も最悪、「戦争法=安保法」をはじめ、憲法を踏みにじり、9条をなきものにする動きに必死のストップをかけていかなければならないと思います。
だからこそ、60年のいのち(生命)を生き抜いている患者たちの存在を最大限表現する場を準備しました。ステージ衣装のようなドレス、タキシード、羽織袴の颯爽としたいでたちで、いのち(生命)の原点に立ち返った一人一人の思いを語る場と致します。
ほっとはうすのホールを埋め尽くすたくさんの人々に囲まれて、遺影となったこれまで守り育んでいくれた両親や杉本雄さん栄子さん、石牟田礼弘先生、原田先生、土本監督…。等などの人々に感謝する会になって欲しい。
1991年の秋、水俣ではじめて開催された水銀に関する国際会議の場で「水俣病に終わりはない」と、自主的に写真展を開いた半永さん。自らの写真展を通して、患者の生き生きとした存在証明を華々しく世界に放ったのである。そのことになぞらえ、今後も還暦を迎える患者たちの姿を存在の証として「還暦を祝う会」は10年間、毎年開催する予定です。
アーカイブス番組上映&トークイベント「NHKが見つめた水俣」のご案内 [2015年12月29日(Tue)]
水俣病は、平成28年5月1日に公式確認から60年の節目を迎えます。NHK熊本放送局では、「水俣病60年プロジェクト」を結成、これまでの歴史を振り返り、今なお様々な問題を抱えて続く
水俣病を、未来への教訓として伝えていくために、平成28年1月から1年間にわたって番組やイベントなど様々な企画に取り組んでいきたいと考えています。その最初として、過去に放送したNHKのアーカイブス番組の上映とゲストのトークイベントを下記の様に水俣市で開催いたします。
入場無料、観覧自由です。是非、足をお運び頂ければ幸いです。

詳しきはこちら ⇒ イベント「NHKが見つめた水俣」チラシ%u3000★-1.pdf
日時:平成28(2016)年1月11日(月・祝)
開場:午後0時30分開演:午後1時終演予定:午後4時
場所:水俣病情報センター講堂
〒867-0055水俣市明神町55-10 TEL:0966-69-2400
アクセス:産交バス「水俣病資料館下」下車徒歩1分 「水俣駅」より車で約5分
還暦を祝う集い [2015年12月28日(Mon)]
水俣病胎児性・小児性患者達が還暦を迎えています。
60年間を生き抜いた生命=いのちの証であり、その堂々たる存在を共に祝い集う会を開きます。
水俣病事件も公式確認より、60年の歳月を刻みます。
「いのち・きぼう・いのり・もやい・のさり」
水俣の地域と共に歩んできた「ほっとはうす」ならではの場で、仲間の還暦をみんなでお祝いする会です。
是非、ご参加ください。

ご案内はこちら → 還暦の祝い案内.docx
還暦祝いのお知らせ記事 → 還暦祝いのお知らせ記事.pdf

市民活動賞受賞 〜ほっとはうす〜 [2015年06月13日(Sat)]
201506151855130eb.jpgほっとはうすの活動が、「日本福祉のまちづくり学会」の「市民活動賞」を受賞されました。

6月13日、東京で行われた表彰式に、ほっとはうすの加藤さんと永野さんが行かれました。

市民活動賞受賞の理由について、小山聡子副会長は次のように述べられています。
「当事者が、自分たちのため、仲間のために始めた活動であり、長い前哨戦を経て、現在に至る当事者性があること。
通常、(介助やサービス等を)してもらうことに陥りがちな当事者が、ほっとはうすでは、水俣病について、小学生をはじめ、地域の方々に伝えている。
施設の建物には、地元の山林を使い、かつ、バリアフリーデザインを実現している。
質的な活動と、バリアフリーを目指すといった物理的な活動の両方が、ほっとはうすの多面的な活動にあり、圧倒された」

詳しい選考評は、「日本福祉のまちづくり学会」のホームページにあります。
おめでとうございます!!
リレーデモに応援を [2015年05月21日(Thu)]
ストップ再稼働!3.11鹿児島集会実行委員会 リレーデモ プロジェクトチーム 主催で、5月16日〜27日 鹿児島→博多・九電本店 川内原発再稼働反対! 311qリレーデモに応援を ほっとハウスが共感し活動を行っています。
先日、熊本日日新聞と朝日新聞に掲載されました。
201505・21熊日、朝日脱原発記事.pdf

下記の日程で皆様の近くを出発します。一緒に行動と応援をお願いします!
 5月21日(木) 9時  八代市役所 (市長への申し入れ)
 10時 八代市役所出発
   22日(金) 9時 宇土市役所 (集会)
       9時30分 市役所出発
   23日(土)9時  熊本駅東口
       9時30分 駅東口出発

追伸  5月27日(水)には博多の九電本店での申し入れと交渉にほっとはうすの松永さんも参加予定です。

熊本県
ケアホームおるげ・のあ [2014年07月08日(Tue)]
10509651_1442104846073208_4309690933539545800_n.jpg社会福祉法人さかえの杜が開設したケアホームおるげ・のあの紹介をします。

「おるげ」の意味は、我が家のこと、ノアの箱舟の「のあ」とかけて命名。
5つの個室があり、介護ヘルパーが24時間常駐されています。
現在は、胎児性と小児性の仲間4人が新生活を始めています。

木のぬくもりがあってとても素敵なホームです。
おるげ・のあ落成! ほっとはうす15周年のあゆみ [2014年07月07日(Mon)]
IMG_0389[1].JPG7月8日、社会福祉法人さかえの杜ほっとはうすのケアホーム[おるげ・のあ」の落成記念と15年の歩みが行われました。

環境庁、樺島熊本県知事、水俣市長の来賓祝辞と作家・評論家の柳田邦男さんの来賓挨拶がありました。
当日は、関係者や仲間たち、ご家族合わせて約170名の参加で盛大に執り行われました。
 ⇐ 写真は、水俣の宝を伝える仲間たちの写真です。
   出迎えの挨拶をして頂きました

ケアホーム おるげ・のあとは、おるげは「私の家」を指す水俣病の方言と、旧約聖書の「ノアの箱舟」から名付けられたケアホーム。
長年の想いを実現されました。
加藤施設長 社会福祉法人さかえの杜 代表理事は、ごあいさつの中で、胎児性水俣病が認められたこの日に、おるげ・のあの落成式と15周年式典を開催する事の意義と、ご家族の高齢化に伴う仲間たちの生活環境の支援を訴えられ、その第1歩がこのケアホームとなることをお話されました。
IMG_0388[1].JPG
今、水俣から伝えたいこと 〜「水俣条約」から世界に発信される水俣病事件〜 [2013年11月28日(Thu)]
この秋、10月8日から12日まで、水俣と熊本に140ヶ国を超える人々が集った。環境問題にかかわる世界の政府関係者、研究者と、NGOの人々である。熊本にあっては過去最大規模の国際会議が開催されたことになる。一方、30年以上前から水俣病患者達はカナダ先住民の水俣病被害者との交流をはじめとして国際的な市民交流が日常的に行われているが、水俣市民にとって900人を超える世界の国の人々との交流は水俣病患者グループ、子どもから婦人会や町内会、各種市民グループも巻き込んで盛大な歓迎が行われた。「ほっとはうす」のメンバー達の手仕事も大いに活躍した。900人の世界の人達がほっとはうす作成のA4エコバックを手に手に持ち、リサイクルガラスのマグネット、自然をメッセージする押し花栞をお土産にされた。もちろん、「ほっとはうす」にも、10ヶ国を超える国からVIPも含んで訪問され『水俣病から宝物を伝えるプログラム』同時通訳英語バージョンでのプログラムを体験された。このプログラムは、11日には本会議場の日航ホテルでも11人の胎児性患者等によって行われ、『水俣病は終わっていない事を認識した』『苦難の中を胎児性患者は希望を持って今を切り開き未来をつなげている』と大きな反響をいただいた。

〜水俣病事件は現在進行形〜

水俣病の現状は事件史としても現在進行形である。水俣病のこれまでの認定患者の数はわずか2273人、存命中の患者数は500人以下である(2013年2月現在)。チッソ工場から垂れ流された毒物=有機水銀は、1932年から公害認定される1968年まで流され続けた。認定患者と同じ汚染された魚を食べて被害を受けた人の数は、数万人とも50万人ともいわれている。しかし、現在の認定基準は1977年(昭和52年)に「後天性水俣病の判断条件」として公表された判断条件で、汚染地区の魚介類の摂取などメチル水銀への曝露歴があって感覚障害が認められ、運動障害・平衡機能障害・求心性視野狭窄・中枢性の眼科または耳鼻科の症状などの一部が組み合わさって出現することとされた。熊本県・鹿児島県・国も、「症状が一つの場合は総合的にみて、症状の組み合わせがある場合は水俣病と認める」という基準を厳しくあてはめ、実際には一つの症状だけでは水俣病と認めない。
国は1996年と2010年は「特措法」による政治解決をはかり「基準」に満たない人を「被害者」として、低額な一時金と医療費のみの救済を行った。国が初期情報を操作し、曖昧な判断基準で患者と被害者にわけたことで、同じ家族、同じ地域の人でもあつかいが分かれて差別や対立が起こり、「ニセ患者」と呼ばれて苦しんだ人々もいる。今年の4月、母親の棄却取り消しと義務付け認定を求めて10年間闘った溝口訴訟に対し最高裁判所は、症状に苦しむ患者や家族の思いを受け手足のしびれだけでも患者と認め、これまでに使っていた規準の見直しを国や熊本県に求めた。水俣病であるかないかの基本的な問題の解決ですら、公式確認から57年を経てもなお、幾多の困難と未解決な問題をはらんでいる水俣病事件の現状である。もちろん、患者等の補償救済にとどまらない社会福祉問題から医療問題、地域の絆の回復「もやい創り」も途上である。

〜曖昧さが透かして見える国際条約〜

こうした水俣病事件を背景に、水銀を規制し排出ゼロを目指す水銀に関する国際条約は熊本の地に於いて140ヶ国全員一致で採択された。90ヶ国が署名をしたが、批准(各国での議会承認)が50ヶ国に達しないと効力を発揮できず、これから発効までは3年を要するらしい。条約の中身にも曖昧な部分が散見する。その一例が水俣湾埋め立て地(有機水銀の毒性が無処理のまま封じ込められている)のような有機水銀の「汚染サイト」の修復は義務付けられていない。まさに、曖昧さが透かして見えてくる条約であるが、それでも原発から排出される放射能は半減期があるが水銀は同じ毒性がありながらも物資の存在の半減期はなく未来永劫なくならない物質である。脳細胞を傷つけ破壊するこうした水銀の規制が、事件発生から半世紀もたって漸く世界の舞台で始まったのである。
 ここに水俣病事件を生き抜いた人々の意志と教訓を活かしていくためにも、その条約に「水俣」を冠したことは国際NGO・IPEN(アイペン科学物質問題市民研究会)がHONORinMINAMATA『水俣を敬う』と「水俣」を尊称としてくれたことと共通の意味合いで、「水俣条約」と名付けたことはよかったと思う。

 〜世界の教科書に水俣病事件を!皆さんのお国に行きます!〜

過酷な中を生き抜き、たくさんの悲劇を見てきた水俣病胎児性患者等のためにもより良い条約にしていきたい。そのためにも、この水俣病事件の真実を世界の子ども達の教科書に記述して欲しいと訴えた。また、国際会議のプログラムで伝える中で「ほっとはうす」のメンバー達は、パスポートを其々が手に持ち『皆さんのお国に伝えに行きます』とパフォーマンスする場面もあった。
水俣病事件は、この国の戦後の復興の犠牲となり幾多の小さき生命も家族の生命も健康も奪われ、近代の便利さと豊かさを享受する私達の犠牲になった。水俣では今も有機水銀の被害に苦しんでいる人たちがいる、世界に同じ経験をさせてはならない。これ以上、水銀による被害を増やさないためにも水銀を規制する国際条約に「水俣」の名があることで、世界の人々が「水俣」に注目し「未来」を考えるきっかけを「水俣」から思い起こすことが出来ると信じている。50年後、100年後、『水俣条約』という名前になったことがよかったと水俣の人々が共通の思いを持てることを信じたい。

水俣水銀条約に関する記事はこちら
20131010西日本新聞.pdf
朝日新聞20131012.pdf

(2013,11.22 加藤タケ子)
国際ラジオ放送「テーマは水銀会議」 [2013年11月27日(Wed)]
国際ラジオ放送があります。「テーマ―は水銀会議です。」
すでに、世界17カ国に放送されましたが、無事に2回とも放送され、世界中からの反響も聞こえてきています。

中国語と韓国語については、ラジオ第2で再放送されることが決まりました。
こちらは国内の普通のラジオでお聞きいただけます。
第1回と第2回それぞれ2回ずつ再放送されます。

多くの方に水俣を知って欲しいと思います。

【中国語】
・第1回放送
11月23日(土)15:45−16:00
11月30日(土)13:20−13:35

・第2回放送
11月24日(日)15:45−16:00
11月30日(土)13:35−13:50

【韓国語】
・第1回放送
11月30日(土)17:45−18:00
12月 7日(土)14:30−14:45

・第2回放送
12月 1日(日)17:45−18:00
12月 7日(土)14:45−15:00
各国代表 ほっとはうすを訪問 [2013年11月20日(Wed)]
水銀に関する水俣条約外交会議が開催されていた10月9日、各国の代表ら約10人が、ほっとはうすを訪問しました。

報道関係者もたくさん、関心を寄せてくださっています。
日本語で水俣病を伝えるプログラムを行い、同時通訳を最相博子さんが担当してくださいました。

詳しくはこちらから→20131020水銀会議 水俣でのプログラム.pdf

ほっとはうすを利用している水俣病以外の障がいをもつ人も若いメンバーも加わり、参加者と一緒に「海」の歌を歌いました。
歌声と拍手の後、握手でプログラムは終わりました。