命の選択 17
[2019年06月28日(Fri)]
これまでにも 度々 記してきた
新型出生前検査にかかる
命の選択 について。
命を軽視した方向へ
産科医が舵を切る姿に、
国が 重い腰を上げました。
「 新型出生前、国が検討会 」
( 2019年6月23日付け:読売新聞 )
これまで、新型出生前検査ができる
92の医療機関には、
遺伝医療に通じた
小児科医や産婦人科医が 常勤し、
検査前後に 専門家による
カウンセリングを 必須としていたが、
認定外の医療機関が増加したことから
日本産科婦人科学会(日産婦)は その対策として
今年3月、
研修を受けた産婦人科医が 1人いれば
検査ができる という条件に緩和した
新たな指針案を 発表しました。
これに対して
日本小児科学会や 日本人類遺伝学会は、
不十分な体制のもとで
新型出生前検査は
安易に 行われるべきではない、と
反発していました。
このような、日産婦の
新型出生前検査の実施を拡大しようとする
新たな指針案に対して
厚生労働省は、
実施のあり方についての検討会を設置し、
実施要件などを議論する、とありました。
出生前検査について 国が検討するのは、
1999年、母体血清マーカー
(妊婦の血液でダウン症などの染色体異常がわかる)
について、慎重な実施を求める見解を出して以来、
20年ぶりのことです。
今回の日産婦が出した
新たな指針案は、
国が 重い腰を上げてまで
踏み込んだ議論が必要なほどの
意味を持つものです。
でも、なぜ、
安易な検査について
問う以前に 学会や社会は
「 一部の染色体異常についてのみを
排除しようとする検査が、なぜあるのか」ということや
「 検査をすること、ではなく
染色体の病気がある子たちへの医療や支援の現状を
見直すこと、に 目を向けられないのか」について
深く 議論できないのでしょうか。
手っ取り早い「 排除 」へ傾く社会の先に
何が 待っているのか。
少しでもいいので、考えてみてください。
「 あっていい命 」と
「 なくていい命 」を 認める社会が、
日本に、出来上がらないうちに。
命の価値は、
誰にも 決められないものだから。