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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。


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きらいちがいけいい  [2021年01月21日(Thu)]


過日、ほぼ日刊イトイ新聞の
『 今日のダーリン 』というコラムで
次のような文章を 目にしました。


――世の中、じぶんの好きな人ばっかりだったら
 なんの問題もないわけで。
 好きな人ばっかりいるわけじゃないのが、
 「世の中」というゲームボードなんですね。

 ちょっとこらえ気味に言えば、
 だからおもしろいんでね、
 毎日晴天じゃなくて、
 雨風雪嵐もあるから変化もあるし、
 ゲームのなかに
 「嫌いだなぁ」という人だっているから、
 変化もスリルもあるということでしょうか。
 ま、それも、
 がまんして考えればということです。
 どんなにご陽氣な人にだって、
 嫌なものはありますさ。

 ぼくも、
 じぶんがなにを嫌だと思っているのだろうと、
 考え続けてはきましたよ、
 こらえ気味に、おちついてね。
 考えのちがい、趣味のちがい、生き方のちがい、
 望みのちがい、国籍や人種のちがい、
 性別のちがい、よくよく考えてみると、実は、
 そういうことでは
「嫌いだなあ」とは思えないんです。
 かつて、吉本隆明さんが語っていた話で、
 鶴見俊輔さんが数寄屋橋公園で座り込んで、
 ハンガーストライキをやっていたとき、
 道を隔てた向こう側では
 赤尾敏が街宣車で演説している。
 この景色がだんだん馴染んできたら、鶴見さん、
 向こう側にいる赤尾敏さんに
 親近感をおぼえてきた、
 吉本さんも「そういうことはありますよね」と。
 右と左で絶対相容れないように見えて、
 正反対に思える相手のなかに「じぶん」を見る。
 ぼくも、ほんとうに、
 そういうことはあると思えます。

 じゃ、「嫌だ」って、なんなんだ?と考えてきて、
 このごろ「これかもしれない」と思うのは
 「敬意」というものの有る無しなのではないか、と
 そんな結論に達しつつあるんですよね。
 敵であれ味方であれ、
 低いものであれ、異なものであれ、
 その相手への「敬う気持ち」がほしいんです。
 犬や猫に対してでも、赤ん坊に対してでも、
 悪人や罪人に対してでも、
 最低限の「敬意」は必要で
 それを蔑ろにしている人を、
 ぼくは嫌っているようです。
 ま、ほんとは「敬意」のない人に対しても、
 こちらからは「敬意」を失わないことが
 大切ですけどね。 ――




コロナ禍の社会で
さまざまな報道、情報が流れる中、
心無い言葉を
ボソリと言ったり
ドリャーと投げかけたりする場面が、
目の前というより
SNS上で見られることが増えています。

それらを
あたかも直接見聞きしたかのように
メディアは 拾って、流す。

それを見たひと、とくに
ニュースをはじめの一行しか見ない
見出しの一行で
わかったと思っている若いひとが
勘違いしたり思い込んだ情報を拡散したり、と
ちがったとらえ方をした報道内容が
散在する社会になったのではないかと
思われてなりません。


どのような意見を持っているひとにも
まずは「 最低限の敬意 」があって、初めて
自分の意見が 発言できるのであって。

どのような状況下においても
敬意を失わないことが
どれだけ 大切なことかを
今、だからこそ気付き、考えてほしい。

敬意を捨てたひと が
新型コロナウイルス と同じように
蔓延する社会に
なってほしくありません。















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