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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。



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自由  [2020年03月22日(Sun)]

過日、ほぼ日刊イトイ新聞の
『 今日のダーリン 』というコラムで
次のような文章を目にしました。

――いろんな罪に対して罰というものがあります。
 罪を犯したこと自体が罰である、というような考えも
 あるにはありますが、やはり罪には罰が追いかけます。

 その罰のなかに、自由を奪い取るという刑があります。
 いや、近代では死やら痛みやらをともなう刑は、
 ほとんどなくなっているから、
 ほとんどの刑罰は、自由を制限するものでしょう。

 「刑務所に暮らして、決められた労働をしなさい」
 という懲役が基本的な刑なのでしょうが。
 雨露しのげる屋根も壁もある場所で寝起きして、
 食事も、選べないけれど、三度々々いただけて、
 入浴も最低限だけれどできて、作業義務という労働も
 辛いことをさせられて懲らしめられるわけじゃない。
 だとしたら、刑務所の外にいる人と、
 ほとんど同じとも言えそうじゃないですか。
 シャバと呼ばれる外の世界とのちがいは、
 どこかに出かけたり好きなものを食べたり遊んだり
 というような自由が制限されているということだけ。
 「だけ」とあえて書いたけれど、その「だけ」が、
 どれほどつらいものなのか、ということですよね。
 仕事が忙しくて、食べものだって選んでられなくて、
 移動は家と仕事場の往復だけで、
 なにかして遊んでるという実感もない…なんて人、
 刑務所の外だって、けっこういると思うんです。
 でも、外の人は「遊ぶぞ」とか
 「うまいもの食うぞ」とか
 「できるけれどしてない」んですね。
 あ、あと、会いたい人に会うというのも重要だな。
 つまり、人間が罰を受けるというのは、
 「自由」でなくさせられること、なんです。
 そう、それだけ。

 「自由」というものが、意識しない空気みたいにあって
 それを当たり前のように呼吸して生きているって、
 すごいことなんだよなぁと、思うんですよ。
 新しい場所に行き、新しい人に会い、こころを通わせる。
 こういうことが、きみもぼくも、いつでもできる。
 刑務所にいたら、そういうことに憧れるだろうなぁ。
 あと、まぁ、大福とかあんぱんとかもね。――



今、世界のあちこちで
新型コロナウイルスが 蔓延しています。

日本のあちこちでも。

生活の中で
さまざまな制限が発生し、
その余波は 日本中のひとびとに及んでいます。

とくに、幼稚園や小中高校に通う子たちにとっては
今までに経験したことのない
言いようのない不安、そして憤慨が
カラダのなかに
溜まっているのではないでしょうか。

大人たちも
日々のあらゆる面で辛さを感じ、
生活し続けることに
集中せざるをえない状況の中で、
「 自由 」という言葉を
忘れてしまいそうな日常が続き、
この先に思いを巡らせる「 余裕 」を
遠い場所へ忘れてきたように思えるひとも
多いのではないでしょうか。

「 自由 」を
取り立てて意識もせず
あたりまえのように呼吸をして生きて、
新しい場所へ行き
新しいひとに会い
話をして食事をともにすることなど
いつもできていたことが、
できなくなってはじめて
「 自由 」の意味の一辺を知る。

そして 思います、
誰かの支援がないと生活できないひとたちの
「 自由 」が、
置き去りにされる社会であってはならない と。

このような不測の事態であっても
「 自由 」に、そこに、
目を向けられるひとで在りたいと
思う3月です。

そして、
いつまでこのような状況が続くのかを
嘆くのではなく、このような状況のなかで
「自由」を
子どもたち から
支援がないと生活できないひとたち から
奪わずに暮らせる日常を、
どうやって保っていくのか を
考えられるひとが増えなければ、と。

そう、
どんなときも立ち止まって考えられるひと で
在りたいです、
在ってほしいです。













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