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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。



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名前という命 [2020年09月08日(Tue)]


先日、動物の数え方について、
「 それは死んだあとに残るもので決まっている 」
という話を 耳にしました。

牛や豚は 一頭、鳥は 一羽、魚は 一尾、
そして、ひとは 一名。

そこから、ひとが死んだ時に残るものは
「 名前 」と 言われているのだ、と。

「 名前 」
それは 生まれたときに
そのひとを思って 付けられたもので
その存在を 象徴のようなもので
個体を識別する記号ではありません。

ひとには 一人ひとり、名前があります。

でも、そのひとの名前を告げることを
そのひとの名前を付けたひとが拒むことが
ありました。

2016年7月、
神奈川県相模原市にある
障がい者支援施設で起きた殺傷事件で、
被害に遭った
障がいのあるひとのうち、
幾人かの名前が 公表されませんでした。
家族の意向 という理由で。


当時、メディアでは
さまざまな報道が ありました。

「 何百人もの障害者が集団生活をしている施設が
あるなんて、知りませんでした 」
「 どんな思いで、日々過ごしていらっしゃるの
でしょうね。退屈ではないのでしょうか 」
「 高齢の方も多いと聞きます。どのくらいの期間
ここで暮らしてるのでしょう 」。

あれから、
そもそも どうして
このような大型施設をつくらなければ
ならない社会を
わたしたちはつくったのか、と
提起し 議論を続け、
障がいのあるひとやその家族が
望む暮らしへと
改善が 成されているでしょうか。

「 無理解が ただ 無関心へ 移行しただけ 」
のように、思えてなりません。

「 被害者が 障がい者で、
事件現場となった施設も 特異なもの。
家族の意思もあり そういう判断をした 」
と、神奈川県警捜査一課の担当者が
亡くなられたひとを実名報道しない理由として
語られていたことを思い出しました。

ご家族の意向は 尊重しなければなりません。
でも、
障がい者支援施設を特異なもの と報道したことで
それを 見聞きしたひとたちは
何を感じたか、
感じるものは 何もなかったのでしょうか。

この事件は、多くのひとびとにとって
「 見たくないもの 」として化したのであれば
あの時、被害に遭ったひとびとの命は
何だったのでしょうか。


名前という命は、
最後まで
輝いたものであってほしい、
誰にとっても。












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