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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。



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生きる  [2020年08月03日(Mon)]


ALS患者であった女性が
安楽死を選んだという報道に接し、
あらためて 読み返した詩があります。


―― 管をつけてまで
  寝たきりになってまで
  そこまでして生きていても
  しかたがないだろ?
  という貧しい発想を押しつけるのは
  やめてくれないか
  管をつけると
  寝たきりになると
  生きているのがすまないような
  世の中こそが
  重い病に罹っている ――



ご存知のひともいらっしゃると思いますが、
詩人 岩崎航さんの詩集
『 点滴ポール、生き抜くという旗印 』
に収められている
『 貧しい発想 』というタイトルの詩です。

岩崎さんは、
筋ジストロフィーのため
胃ろうからの経管栄養と
NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)での
人工呼吸器を使い、
終日24時間ヘルパー介助を得ながら
自宅で 暮らしています。

同じような苦しみをもつひと
苦しんでいる姿を知るひとのなかには
この詩に
違和感を持つひともいるかもしれません。
しかし 彼は、
読む人によってちがう捉え方を知りながら
覚悟を持って、詩を書いています。

『 貧しい発想 』というタイトルにも
彼のそれを 強く感じます。


さまざまな苦難の中においても、
毎日巡ってくる「 生活 」。

「 生活 」をする
「 生活 」ができることが
自分にとって
あたりまえでなかったら と考えてみて。

ただ生きるだけの「生存」とはちがう「生活」。

「生活」ではなく それが「生存」の日々だったら。


生きる とは
それだけ でなく、
日々の生活の中に
大きな生き甲斐でなくても
小さな “ ふくらみ ” のようなものがないと
前向きな原動力を見つけられないし、
維持することもできません。


ALS患者であった女性の
在宅生活の一端を
後日、記事で知りました。そこには
「 音楽好きな彼女は、
ヘルパーらと音楽会へ行くこともあったが、
病状の進行で外出できなくなった昨春には
音楽療法の専門家や音楽家を自宅に招き
演奏会を開催。
ベッドに寝ながら
バイオリンの音色に聞き入り
涙を流していたという 」と。

彼女の「 生活 」に寄り添い
介護を続けてきた看護師やヘルパーら数十人は
献身的だったと思います。

でも、でも。

「 寝たきりになると
生きているのがすまないような
世の中こそが
重い病に罹っている 」。

世の中が重く受け止め、
一人ひとりが
考えを尽くさない限り、
“ 重い病 ” の終わりはない、と。

難病患者や障がいのあるひとを取り巻く
彼らの生を 否定するかのような
社会状況に 問題があることを
死にたいと思わせる社会が問題だ ということを
あらためて 声にしたい。

そして、思います。

生を受けたすべてのひとの
気持ちを弱めないように、
恐れと不安に押し流されないように、今
「 ひとを生かす言葉が必要 」だということを。





*岩崎航さん
http://iwasakiwataru.com/
1976年仙台市生まれ、本名は岩崎稔。
3歳で筋ジストロフィーを発症、
17歳の時、将来に絶望して自殺を考えたが
病をふくめてのありのままの姿で
自分の人生を生きようと思いを定める。












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