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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。



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めあて [2018年04月28日(Sat)]


先日、SNS上で知った
文章があります。

彫刻家 佐藤忠良さんの、
図工の教科書の
冒頭に 書かれていたもので、
とても 印象に残るものでした。



―― 図画工作の時間は、
  じょうずに絵を描いたり
  ものを作ったりするのが
  めあてではありません。
  じょうずに描こうとするよりも
  見たり考えたりしたことを、
  自分で感じたとおりに
  かいたり作ったりすることが大切です。
  しんけんに絵を描き、
  ものを作り続けていると
  じょうずになるだけでなく、
  人としての感じかたも育ちます。
  このくり返しの中で、
  自然の大きさがわかり、
  どんな人にならなければならないかが
  わかってきます。
  これがめあてです。 ――




佐藤忠良さんは、
絵本「おおきなかぶ」の挿絵を 手がけたり、
彫刻以外でも
子どもたちが目にする
図工や美術の
教科書の編集を されています。

佐藤さんの
本質を捉えた飾らない言葉に
引き込まれた と同時に、
「 つくりだすこと 」に
長年 真剣に向き合っているからこそ
この言葉が生まれたのでは、と思いました。

そして、この文章を読みながら
「 障がいのある子は、
小中学校で 図工の時間を
どのように 過ごしているのだろう 」と
そこに思いを 巡らせました。



障がいのある子たちが
特別支援学級・学校で受ける
図工や美術の 授業の内容は、
地域によって ちがいがあり、
担当の教員が 決める内容も多い という
印象があります。

「 小学校の図工の時間は
いつも ぬり絵をしていた 」という話や、
「 作品をつくるにも 教員がほとんど手をかけ、
本人の手に手を添えて 誘導して作品をつくっていた」
という話、そして
「 嫌がる障がいのある子にも強制して
みんなと一緒の作品づくりを させている 」など
耳を疑いたくなるような
文字にするのも気が引ける内容の
図工や美術の授業が、
実際に 教室で行われていた・いることを
ご存知のひとも 多いと思います。

約40年前に、教科書に記されていた
佐藤さんの この言葉が、
障がいのある子たちや
周りにいる大人たちや
授業を担当する教員には 届いていなかった
ということに
なるのでしょうか。

教科書すら 使わずに、
図工や美術の授業を
行っていたのかもしれない、と
思ってしまいます。

佐藤さんの文章にある
「 自然の大きさがわかり、
どんな人に ならなければならないか 」、
「 自分の周りで必要なことがわかり
自分に 何が必要とされているのか 」について
わかってほしいと思う対象は、
障がいのない子だけでは ありません。



ひとが芸術活動をする意味を
読み進めていくと、
芸術だけでなく
生きることついても
言えることかもしれないと
気付くことは、
教科書を使って授業を受ける子たちだけでなく、
そこにいる大人たちにも
必要なことだと思います。

「 生きるめあて 」にもつながる
佐藤忠良さんの文章を読んで、
さまざまな思いが 巡りました。













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