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きょうの福祉

「障がい者というコトバを
    使わなくて済む社会になればいいなぁ」
 障がいのあるひとが、
 地域で役割を担い、ふつうに生きる。。。
 この願いに向かう kyokyo の日々をつづります。


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大事にされる  [2021年11月27日(Sat)]

過日、ほぼ日刊イトイ新聞の
『 今日のダーリン 』というコラムで
目にした文章があります。


――いばっている人って、いますよね。
 この人、ずいぶん自慢するなぁ、
 という人も見ますよね。
 なんでも知ったかぶりをする人もいます。
 なんか、すぐ泣こうとする人もいる。
 すっとんきょうなことをして
 注意をひく人もいます。
 こういうの、もちろん他人のことじゃなく、
 じぶんがやっていることも
 考えにいれてですね、
 そういうことをする人の、
 「望み」がわかったんです。

 すべて、「じぶんが大事にされるために」
 やってるんじゃないかと、思ったんですよ。

 「わたしをもっと大事にしろ」という「望み」、
 「わたしを大事にしてください!」という「願い」。
 それは、裏返しに見たら
 「わたしが大事にされてない」という「怒り」であり、
 「わたしこそが大事にされるべきだ」という「抗議」。
 なんだか駅で怒っている老人だとか、
 学校や会社でなにかと自慢している上司だとか、
 家で知ったかぶりしている夫だとか、
 思うままにならないと泣くこどもだとか、
 マンガに出てくるような人たちのやっていることは、
 だいたい「じぶんが大事にされるために」やってる。

 この「望み」が、いいほうに作用すると、
 芸人さんたちがおもしろさを磨くことになったり、
 スポーツ選手がいいプレイをすることに結びつきます。
 いいパフォーマンスをする人は大事にされていくもの。
 きれいに化粧をしたり髪をさらさらにしたりするのも、
 「じぶんが大事にされるため」という
 「望み」があるからだとも言えないでしょうか。
 おなじことの裏返しだけれど、
 絶望のようなものに長くつきあっているうちに、
 「じぶんが大事にされるために」
 やることを諦めたりね。

 他の人も、
 そういう「望み」を持っているんだと知って、
 ちょっとでも大事にしてあげられると、
 「大事は他人(ひと)の為ならず」で、
 じぶんも少し大事にされるかもしれません。
 「人を大事にする人は大事にされる」のも
 世の常ですよね。――



自分の望みを、願いを、
知ってほしいひとに伝えられているひとは
どれくらいいるでしょうか。

自分の望みを願いを
うまく伝えられないひとの
望みを、願いを、
知ろうと
聴こうと
しているだろうか、と
自問自答しながら考える。

そして 思います、
障がいのあるひとや高齢のひとの
問題行動とされるものは、
「 自分が大事にされるため 」の
抗議にも似た アピールなのだ、と。


「わたしをもっと大事にしろ」という「望み」、
「わたしを大事にしてください!」という「願い」。
それは、裏返しに見たら
「わたしが大事にされてない」という「怒り」であり、
「わたしこそが大事にされるべきだ」という「抗議」。


障がいのあるひとや高齢のひとの周りにいるひと、
家族や支援者が
「 見て見ぬふり 」をしているから、
「 くみ取り方がわからない 」から、
「 どう対応したらよいかわからない 」から、
と 言われても 困るだけですよ、という声が
聴こえてくるように思えて。

「 そのままにしておいて良いはずがない 」と
心には 留まっていても、どうなの。


「 ひとを大事にするひとは大事にされる 」。

今の自分が
大事にされているか否かを
振り返ることでわかることが
まず 有って。

「 そのひとには 障がいも年齢も関係ない 」。

望みも、願いも、
誰しも あるもの。

そのひとを大事に思えるならば、
「 分け隔てなく、ひとを大事にする社会 」が
広がっていくはずです。

望みを、願いを、
安心して伝えられる社会になるためには、
「 ひと 」を大事にする。

あたりまえでしょ、と
即答するひとに 伝えたい。














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