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2015年07月24日

国際化の国づくりに意識転換を

国際化の国づくりに意識転換を
(怪しくなってきた国の針路、泥船か)

 アベノミックスの三本の矢も的から外れ怪しくなってきた。国民に委ねる消費税のアップだけが優先していることは、経験不足の素人政策軍団の最たるもので、それより素人の村井でも国の財政危機をを危惧する限りである。

 「木を見て森を見ない」という言葉が最近よく使われるが、使うとしたら国政担当の政策マンにこそ似合うだろう。

 国際化の中で、TPP交渉も含め予断を許せない。このような情勢の中で、TPPは、ますます国力の衰退を招き、合わせてその体力・気力をも失ってしまう国内産業構造となること間違いない。勿論国防も、外交も暗闇の世界となろう。

 こんな判断や意見は私一人かもしれないが、私の生涯の中に農家経済が立ち行かなかった苦しい経験がある。我が家の「信頼・経営者の力と信用」を失った時、社会から信用されないことが如何に苦痛だったことか。

 政治とは人間です。経験・体験の希薄な人間がどんな発想をしても、経験豊富な人間より劣ると申し上げたい。
 社会貢献意識の希薄な人間がどんな対案を示しても、それは単なる想像と夢物語で、実現性に劣ると言わざるを得ない。

 政治の世界に必要なことは、国民の意思が如何に反映されるかであり、党利党略の世界の論議は必要なし。勿論、選挙用のパフォーマンスや守ることの出来ない公約・約束は、やる気があれば実現可能である。しかし、選挙のたびにむなしさを感ずるのは私だけか。
 繰り返し行われる選挙で政変も在れど、国政自体に何の変遷も変革も見えない。旧態依然の国会運営に、国民の国会に対する信頼も期待も生まれません。
 投票率の低迷の洗礼を受けた者の一人として、虚しさだけを感じる次第。

 厳しくなるが、売名と名誉とお金のために立起する候補では、国民の信頼は得られない。地域社会や経済活動や実務実践活動の経験を経た立候補であれば、国民は健全に選択するであろう。

 私は、83年間の生涯に、農民運動45年、行政業務24年、地域活動60年、教育・農業・消防組織活動、集落・集団活動、青少年や青年団、農業クラブ・農業組織活動、構造改革、近代化事業などなど、14haの農業経営の傍ら実践してきた、
 手柄を語ることではなく、その貴重な体験・経験を人生の宝物として、自分で評価しながら語っている。

 言い過ぎかもしれないが、今の政治にまず必要なのは、国民生活の基本である健康にかかわる国民運動としての政策の立案である。現状は対応政策が乏しい。いや、むしろ放置していると言っていい状態だ。
 国家予算を苦しめている医療関係への国費の40%負担。元利償還を含めると70%を要する予算配分は、予算常識を超えたものだ。「健康てんでこ」を主張したい。

 第二必要はことは、国民の希望の政治であり、安全安心な政治である。これらが欠けると、意欲も活力も育たない。もちろん愛情も色気も失えば、政治に犯罪が生まれ、日本が危険な国と化すること間違いない。

 ささやかな、論理を統括させていただく。

 捕り物でも捜査でも、頭と理屈だけでは解決しない、必要なのは、数限りない経験と体験であり、それらが真相を解明する。また、モノづくりの世界も、実践者の技能と技術がモノの完成に導く。経験不足の技術からは、優れたモノづくりは、期待できない。

 国づくりも軽々な発想では完成しないし続かない。今までの原子力発電所の設置は、技能と技術の未熟さを明確に露呈した結果であると思う。今までの事故は、危険極まる活断層の真上に設置した結果の大事故である。核の平和利用を唱えた国の責任は重い。結果として、国民に嘘をつき、危害を与えた。謝罪の一言も言えない責任者に国民として鉄拳を与えたい心境だ。

 国政に演技は不要だ。物真似も聞きたくない。政治家には、仕事を通じ、行動を通じ、貴重な体験と豊かな経験だけが問われていることを学んでほしい。論議も討論も必要だが、失敗は許されず、間違いも侵してはならない。

 国づくりの基本は、国民の愛情豊かな、そして経験豊富な国会議員を選ぶことから始めよう。偉い人と、優れた人とは違う。国会に出たい人を選ぶのか、出れない人を選ぶかも選択肢の一つである。極論かもしれないが、これまで政党政治への期待で選択してきて、失敗したことを反省しよう。

国会議員一人一人の責任と、行動をチェックしよう。
国民の審判が国づくりを選択することを強調したい。

村井 宣夫

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2015年07月23日

北海道の農業振興について

北海道の農業振興について、考えていることを備忘録的にまとめてみた。

・農産物の分析と機能性の発掘(大学等の分析)
・農産物(北海道の)との、機能性対比
・気象と、農産物の特性
・国、道、市長村の役割分担

・健康てんでこと、食べ物と病気
・健康管理と健康制度の改革行政
・学校給食と食育

・子育て(学校・家庭・社会)教育環境の構築
・医療施設(病院、医師、看護師)の充実
・老人福祉施設の完備(災害、健康、生活、医療、食育、介護、交流、ケア)

・温泉施設の維持と持続、効率運用
・喫茶店、スナック、軽食、休憩所、談話室、商談室、足湯、マッサージ、
 産婆さん、夜間保育、認知症、痴ほう症対策、

・制度利用の充実(地方創生への取り組み)


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2014年11月05日

地方創生政策について(その2・完)

●「地方創生」の声は聞こえるが、大切な姿は見えない。目的は聞こえるがどうすればいいのか、手法も見えない。具体的な政策も手法も無い政策は、味付けのない料理を食べさせるごときで、地方の健康食とはならない。

● アベノミクスは、3本の矢で成長率2%を目途にスタートしたが、怪しい状況で、年末年始の国会論議になりそうだ。2本の矢はかすかに的に当たったが、3本目は地方の空高く舞い上がり、命中することはなかった。

● 株価は上がったものの特定株のみで、地方経済に至っては反響も無い。貿易収支は、依然として赤字。的中したとする矢も、尽きてしまった感を強くする(経済音痴のコボシ文句)。

● 燃料を始め、記録的な諸物価の高騰は、生活経済を圧迫。消費税のアップと合わせ、購買力の低迷は、かえって経済の足を引っ張る形となっていると考えるが、間違いかね。

● その一方で、マスコミは一斉に、地方人口の半減は、国政による事件・事故に該当する問題だと騒ぐ。この問題がある限り「地方創生」どころか「地方崩壊」の到来間違いないと考えるが、間違いかね。

● しかも、半減した人口の半分は65歳以上だとしたら、「国家の財政破綻」であり「日本沈没」となりかねない。

● 想定されることは「税収破綻」「ものづくり破綻」「福祉破綻」「地域破綻」「集落破綻」「地域産業の衰退と破たん」「治安維持破綻」「商工事業維持破綻」「地方組織、団体の破綻」。
地方行政の破綻も避けきれない状況ではないだろうか。

● こんな心配は年寄りのボヤキで、愚痴の範囲であろうし、絶対ありえないことと信じながら心配する私です。

● この度の国の示す地方創生論は、まさしく国による地域・地方のための持続発展政策ではないということである。すべからく、地方の知恵と地方の意志で、可能な限り財政も含めた行政手法を凝らし、地方の維持と生活を確保することを提言しているということに間違いない。

● 今後は、今までのように中央行政指導の下に甘んじることはありえず、自らの生活圏は自らの知恵で確保する以外に地方の創生は期待できない。

● 私の考えとしては、町の生活権は各地方の責任で、@ 町の健康,A 治安、B 道路、C 河川、D 教育、E 福祉、F 医療、G 課税、H 農業、などはすべて自立・自賄になることが垣間見える。

● 他の国に見られるように課税率40%〜50%を容認するか、自立するかの選択は、国民審判にゆだねられるべきである。しかしそのことは、アベノミクスの結果と成果により、これからが一番の正念場を迎えるとみるが、嘘であってほしい。

● 人口減と現在の国債残高1,000兆円、つまり国民一人当たり800万円の現実は生易しいものでない。私の判断では、それは償還不可能に近い数字であり事件である。債務償還のための課税付加は免れないと考える。

● 行政は、人が勝負の世界で何手か先を読み勝負するように、国が示す地方創生の施策の中で、如何に知恵の結集を図り持続可能な行政を執行するかを、できることなら去年にさかのぼって提示願いたいものだ。

● 私も対案無くして、書きません。

● 一笑に付されてもかまいません、破棄されてもかまいません。賢明な機関の心あるご賢察を期待しています。


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◇ のぶお

2014年11月04日

地方創生政策について(その1)

● この度の安倍総理の第二次組閣で「地方創生」という人口減少を政策課題として掲げた。特任大臣を任命しての肝いりだ。

● 安倍総理のパフォーマンスもさることながら、東京で叫ぶ地方創生は、地方には届いていないのが残念だ。

● その方針の骨子では「創生本部を設置し、政策を総合的に計画的に実施する」とされている。都道府県と市町村で総合戦略を定めて、「まち、ひと、しごと」の計画を構築してこれに努めなければならないとしている。

● 即ち、この行政手法は、どんな論理や理屈を並べても、地方の具体的な戦略無くして目的である人口減少は防げず、勿論「まち、ひと、しごと」も守れず、当然事態は動かない。

● のろしは上がったものの、その中身も、具体的な施策のメカニズムも見えない。この度の創設は、素人っぽい計画に過ぎず、これだけでは、行き先不明の船に乗せられた創生論としか見えない。

● 新聞記事でしか伝わってこないが、記事では「統一選挙を意識しての地方創生論」と書かれている。「地方の創意工夫を尊重」とされているが、国は旗を振って「地方が地方を創生しなさい」と言っているだけとしか受け取れない。だから、パフォーマンスだという。

● 現状の地方における人口減の対策や財政の課題については、ブレーキをかけて辛抱することはできても、アクセルを踏んで前へ進む力は尽き果てている。
今後、政府からさらに具体的な内容が示されると思うが、この政策は至難な事業だと受け止めている。

● 一つだけ提言するが、この政策を策定するに当たり、なぜ人口が減少するかという大きな課題を論議したのか? 現行の食育による人口減少が問われている昨今、課題の受け止め方は間違っていないか。

● 子供が生存するための環境が劣化し、アレルギー体質の子どもが増え、子育てをすべき世代の気力活力が減退しているのも驚異の限りである。医学、食育も含め,調査の対象としてはどうか。


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◇ のぶお

2014年05月16日

日本の地域に危機が来る

● 国内の人口問題を専門に研究している機関が、2040年に日本の人口が9,000万人を大きく割り、都市部を除いて地域の人口は極端に半減すると発表した(北海道新聞・5月5日付記事)

● 人口減少は、20年程前から言われていたものの、今回もまた発表されていることに注意を促したい。人口減少は、急激な少子化傾向が原因とされている。また、老齢化現象も地域社会の課題として取り上げられている

● マスコミ報道によると、人口減少は、地域社会の崩壊を招く。さらに、関連する企業の存亡や組織の維持管理もおぼつかなくなる。今後一層、人口問題に拍車がかかることは間違いない

● また、マスコミ報道では、全国532の地域が崩壊しており行政が成り立たないとのこと。もう腕組みして考えている暇はないことを関係機関に伝えたい

● 国際的な情勢として、農業はおろか食料政策も大きなピンチを迎えている。地域唯一の産業である農業を他国に委ねる事態になれば、地域の産業そのものが立ち行かない状況となる

● 全国的な調査によると、農業就労人口の平均年齢は驚くなかれ68歳。担い手の中心的存在である30歳代は僅か8%。この構図はまさに、産業が崩壊している状態そのものと言える。

● 半減する人口に加え、人口の50%が65歳以上になると予想されている。つまり、働く人口、即ち国で言えば納税人口が半減することである。このことから考えられることは、1,000兆円を超える債務の償還どころか、国の財政を維持するには増税しかないということである。裏を返せば、国が崩壊している状態そのものである。人口減少が及ぼす問題について、国政担当者の責任ある説明が必須であると考えるが、如何ですか?

● 今後、僅か26年間で、8,000万人台の人口となる。このような統計情報を目の当たりにすると、国防論議が理屈に合わないということがわかる。国の人口は国の力、その国の体力・活力・気力である。国民の体力の弱体化と子育て教育の弱体化は、国防を論じる以前に解決すべき課題である。心して取り組むことを提言したい。

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◇のぶお

2014年05月13日

政治への小さな声

現在、原子力発電をめぐる国内論議が二分されていることは間違いない。
私の原子力発電についての知識は乏しいものの、私の考えを聞いてほしい。

● 第二次大戦時の原子力爆弾の威力について、当時14歳だった私は鮮明に記憶している。しかし、当時は、放射線とか放射能とか核の威力については、知る由もなかった

● その後、あるとき国は、原子力を国内エネルギー開発の手段として、平和的に利用することを国民に問いかけてきた

● 私の知る限り、その平和的利用については、当時の議論では必ずしも国民が理解したとは言えず、半ば強制的に進められたと言える状況であった

● かかる状況の中で、チェルノブイリ原子力発電所事故に続き、数か国でも事故があった

● 日本でも同様の事故が懸念されていたが、2011年3月11日、東日本(宮城・岩手・福島)で震災による原発の大事故が発生した

● この震災で、国民の原子力発動についての疑念は増大した

 @ 如何に震災といえども、冷却装置の不備での爆発は、第一に技術不備が原因では無かったのか
 A 第二には、危険な活断層の上に施設を設置していたことに、技術者達が何ら疑問を持たなかったことが理解できない
 B この事故での多くの県民の犠牲者に対し、責任者である政府はただ一度も謝罪して居ない。その事に憤りを感じる
 C 無責任にも、災害地の復興や被災者の救済が徹底していないし遅い
 D 不手際な対策として、使用済み核燃料の処理が全くされていない。幌延も含め何時処理可能なのか。ごみ処理後の片付けも出来ていない。政府の無責任さにあきれる事しばし
 E 後片付けも出来ていない状態で、政府が原発再稼働の議論を始める資格は全く存在しないと考える。国に、筋の通った説明を求める

● 大事なことは、どんな政策でも(原子力発電、集団的自衛権、憲法解釈、特に外交も含め)国会論議を尽くすべきである。国論をひとつにして取り組むことこそ、議員の責任であり心すべきことでは無いかと思う

● 特にアジア外交についても、国論を統一しない状態での交渉は「衣の下の鎧」である

● 年々減少する人口や勤労就労者の老齢化が進む現状では、国力が低下するであろうことは明らかである。外交・TPP交渉も含め、まるで原子爆弾に竹やりで戦いを挑むかのようだ

● 日本の食料の自給率は38%。TPPが成立後、生産規模を拡大しても自給率の持続を期待することは無理と思うが、如何かね?

● 農業交渉が如何にあろうとも、国内食料の確保と日本農業が持続可能な政策を示してほしいものだ

● 政府よ、これ以上病人を増やさないでほしい。不満病、経済病、ストレス、認知症、怪我人を!

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◇のぶお

2014年05月07日

年寄りの教育論

◎ 子供の成長を願う時、教育の在り方に「これでいいのか ???」と問う必要がある。

◎ 教育には、社会教育、学校教育、家庭教育がある。それぞれの立場で必要な教育の理念を持つべきである。
 まず、その機関ごとに、充分に機能しているかが第一に問われるべきである。どうも、三つの教育機関同士が委ね合いしていて、空回りしているようである。
 第二の課題は、せっかくの子供への教育が、現況の社会が求めるものに通じているかを検証することである。端的に言うと、一般社会では、採用しても即実践できる新規就労者は期待できないという実態がある。教育の在り方に疑問を持たざるを得ない。

◎ 第二の課題が分析されれば、教育の機関に対して、社会で実践可能な教育課程が求められるようになると思われる。急がなければならないと思う。

◎ 私が感ずるには、学問以外に必要な体験・経験・実践の教育が不足している。このことが、実践力を低下させていると思う。勿論、教育のレベルが低下していることもあろうが。大事な事は、実践することであり、実践によって、応用力・感性・試行観・疑問観の素養が養われると思う。

◎ 植物・動物についての学びを通じて、愛情・友情・感性が備われ、植物・動物との共生に繋がるとも言われている。

◎ また、植物・動物の体験を通じて、木を育てる(植える)、愛を育てる(植える)、夢を育てる(植える)。

◎ こうした教育を行うことにより、子供が自らの将来への展望を抱き、未来への夢を育て、実社会における仕事を思い描くだろう。

◎ 教育の抜本的な改革が急務である。「木を育てることで、大きな森が育つ」そんな教育になって欲しいものだ。

◎ さらに、夢が育つことで未来が見えるようになるだろう。このような教育理念が不足すると、声の出せないロボットを作っているようになってしまう。

◎ 教育の原点では「子供は国の宝」と言うが、どんな宝石も磨かれない宝石はただの石で、宝物ではない。

◎ 「国際化社会での教育の理念」は、「国際社会に通ずる教育」である。教育の現実を知るべきであり、ゆとり教育の暇は今はない。

◎ 北海道議会議員の研修で中国を訪問したときのことである。中国の大学学長は、誇らしげにわれわれに向かって「ロシア・アメリカにも無い、いや日本にも無い国際化に必要な教育をしていますが、いかがですか!?」と強調された。

◎ 中国の教育では、ずばり中国の歴史と文化を基本に、日本・ロシア・アメリカの語学と歴史観や文化を徹底して教えていた。私が思うに、日本(大学)には期待できる教育がなく、国際化が進んでいる中国の大学で多くの日本学生が学んでいる。私は驚き、そして感動した。

◎ 余計なお節介ともいえるが、かって、中国を非難する言葉を子供心に聞いたことがあるが、今、中国が日本にはない国際化の教育をしていることの脅威を感ずるべきである。

◎ 国の教育機関の姿勢はおろか、教育に携わる機関の教育政策と教育観は、コンピューター時代に反するものである。

 @ 厳しい社会情勢の中で、即実践に役立つ体験教育と忍耐・我慢の教育が期待されていいだろう
 A 第二に、自立心と自活力に必要な学習指導が急務で有ろう
 B 学校教育のみならず、バランスのとれた社会教育と家庭教育の充実を図るべきであろう

◎ 社会に送り出しても勤まらない(新規就労者の退職者が入社数の38%)。採用している企業や、行政機関から「???」の声が上がっている。


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◇ のぶお

2014年04月28日

恐ろしい世の中

● 健康生活の敵は、酒とたばこと言われている。

● 一説に人間は「常に生活にも仕事にも自信を持たなければやっていけない」という。

● 自信のない生活だと、酒と煙草で自分を癒し、気分を発散し、つらいことから逃げることになる。また一説によると、癒されるどころか、バランスを欠く食生活となったり、ストレスを発散するための暴飲暴食で肥満になっているともいわれる。

● もちろん、酒と自分、煙草と自分を、常にどう把握し判断するかによって異なる。


以下は、理屈抜きで私の感じていることを書いてみたい。

● 4月19日のテレビ放送で、医療のデータを示しながら、酒とたばこの愛用者は、そうでない者に比べて9年間寿命を短かくしているとのことだった。

● 酒は、適量は百薬の長と言われている。しかし、競って飲む酒は、酒量が許容範囲を超過し、適量で抑えることができない。

● 医学的には、適量のアルコールは肝臓で解毒されるものの、適量を超えると、二日酔いを起こし、体力を消耗する。

● たばこは、体に100%有害と言われ、今日の死亡率を高めている。たばこは、肺がん、肺機能障害を引き起こすと言われている。

● また酒は、たしなめる程度では、アルコールの作用が血管を広げ、一時的に血圧を下げる作用ある。しかし、煙草は、100%体に悪影響があって、あまり良くない趣向品とされている。

● たばこは周囲に与える影響も大きく、特に幼児に対しては、生育に支障さえ与えると考えられている。

● 不治の病に、糖尿病がある、糖尿病は生活習慣病と言われ、年々患者数が増えている。

● 残念ながら、私も50歳代に糖尿病と診断され、爾来、二十数年、治療に専念することとなった。

● 糖尿病は膵臓機能の低下により起こる。油脂の消化に必要な脾臓からのインスリン分泌が機能しなくなり、血糖値を上げる。血液障害から心臓や脳内に血栓ができ、また臓器障害も発生するんなど、日常生活に取り返しの付かない病気をもたらす。

● 糖尿病は治った患者が少なく、治る病気ではないと言われている。私の糖尿病は、食欲の極みでひたすら食べ続け、気がつけば体重80kgの肥満でメタボとなって発症した。しかし、いまだに分からないのは、糖尿患者の中には太っていない患者がいるが、どうしてだろうか。その理由を聞いてみたい。

● 怖ろしい事に、体内の血流障害が合併症を引き起こし、透析患者となったり、足の切断に至っている患者も少なくない。また、眼底出血は  失明を予儀なく起こす。癌に次ぐ怖ろしい病とも言われている。

● 人間が、医学と無関係に生活することは、無謀である。しかし、食べ物での治療も含め、主婦の料理こそが、家族医療の原点であると伝えたい。

● 以前記した記事に、親父から「怪我と病気は自分で治せ」と言われたことを記したが、そのことを実践できていなかった私は、厳しく反省していると申し上げたい

● 一般雑誌に医学博士が書いた記事によると、「病院は病気を治すところでなく、病気を探す所」「薬は副作用あって、治療剤でない」「医師の家族は、医師が処方した薬を飲まない」「病気の原因のわからない病気は、治療法は見当たらない」という。

● これらの記事は、常識では理解に苦しむ。また、私の希薄な医学の知識でも、到底納得できない。
患者は、限りなく病院の医師を信頼し、病気を理解し、完治することを期待して通院する。
事実はどうであれ、医者の信頼を覆すような情報が横行するのは何故だろう。
私の疑念は払しょくできない。

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◇のぶお

2014年03月03日

村井から感謝を込めて・・・

◎ 北竜町に、七福神の神がやって来た。
その神の仕事は、すこぶる情報網の希薄な中に、情愛あふれる心豊かな田舎の出来ごと、心温まる情報を発信する事の出来る田舎の大切なマスコミ屋さんです。

赴任以来、その活動は広まり、新聞、テレビに報道されるまでになった。小回りの効く、軽四輪は如何にも小回りして居て、二十日ネズミの存在だ。(失礼)

◎ 町特産のひまわりスイカの色、色彩看板として「真っ黄色」のボデー色、まさしく町のアンテナショップ色、チャメッケ満々の鮮やかな宣伝色。都会のサンドイッチマンの真似の出来ない宣伝カーは、マスコミに勝るとも劣らない優れ物。


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優れ無いのが、取材担当の記者(奥さん)が痛々しくも足が不自由で、この活動的な夫婦の健闘に頭が垂れる。

◎ 絶えず情報を得る活動は、怯む事なく、ためらうことも無く、介護といたわりの取材行為は、確かな情報の獲得に貢献していることであり、疑念の余地もない。

町民としての義務は、町の文化と、歴史と、社会感を共通に認識し、先駆者の功労と、先輩へのご苦労をねぎらい、感謝とお礼を申し上げること。これらが出来る町民の意識高揚が、町の平和と、安全を培うことであり、そのために必要なことは、欠く事のない推進と情報伝達であろう(生意気かね)。

◎こうした環境づくりとその活動に、頑張り屋夫婦に、心からその労をねぎらい、感謝とお礼を申し上げ、ご健康でご活躍を祈念する事で有ります。

◎時あたかも、ソチオリンピック、北竜町オリンピック委員会からの金メダルを、首に掛けてあげたい。

異常気象の中、純白の白雪に黄色い車は、一段とさえ亘る。黄色信号は、無事故の色、対向車も事故を避ける色、競技のイエローカードも黄色。取材は安全、無事故間違いなし。ビッグな情報が飛び交う事を願って情報を待っています。

頑張れ黄色、寺内の、父さん、母さん。


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◇ のぶお

2013年09月09日

ストレスと食べもの(その3・完)

今の世代にとっては知る由も無いことだが、昭和20年前後は長い間食糧不足が続いた。
米作り農家が、腹一杯の米のご飯を食べることが出来ず、大豆や芋・カボチャを代用食として賄った。家族の栄養不足を補うために牛や鶏を飼い、自前での栄養補給の日々であった。

そのような状況でも病人は少なく、病人の多くは伝染病患者であり、全体の死亡率を高めていた。当時は保険制度の不備から治療費が高く、病気との闘いは並大抵のもので無かったことは間違いない。しかし、そんな時代の食べ物でも、バランスの取れた食生活が生活の中で培われていた事を知るべきである。

一方、現世代の健康感覚は希薄で、乏しい限りと言わざるを得ない。
「飽食」と言われるまでに豊かな現代にもかかわらず、健康に影が落とされている。人々の健康・長寿への願いに不安を与えていることに、喝を入れるべきであろう。

私は、自分自身が糖尿病という生涯治らない病気持ちであることから、合併症・肥満・メタボ・食事・運動・ストレスなどの管理に心身を厭(いと)い、健康管理を自分のこととして嗜(たしな)め、徹底を極めている。

私は、父の指導である「怪我と病気は自分で治せ」を、唯一の教訓として今まで努力して来たつもりである。自分の健康管理さえできない者が、家族の健康指導は無理であろう。

自分で健康を管理するには、健康の理念・健康のメカニズムを勉強し、気力・活力・精神力を備えることである。

そして、さらに生きる活力に必要なことは、ズバリ「恋をすること」であり、恋心がホルモンの作用を促し気力が充実するのである。


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◇ のぶお(完)