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2012年11月01日

冒険ウォーク2012秋・リベンジ編 2日目

10月25日
朝1時起床。相変わらずの天気でやはり寒い。
1時半出発予定だったが、士気が上がらず1時間遅れの2時半出発となった。
2日目の宿泊地でテントを張るのは、このスケジュール・気候ではつらいだろうというつかちゃんの判断で、サポートカーを出してもらい不要な荷物を預けた。夜はサポートカーで車中泊に変更したのだ。荷物の重さが半分以下となり、背中に羽が生えたようだ。なんともありがたい。
そして1日目で離脱したS君もこの便で合流した。頭痛は完全回復し、最後まで歩ききろうという気持ちになっているようだ。

この日の行程はかなり厳しい。昨日も厳しかったが、この日は45キロほど歩かなければならず、そればかりか川原毛までの道は上り基調である。

案の定、「足が痛い」しか言わなくなっているH君のペースが遅い。歩き始めだけかと思ったが一向にペースがあがならい。時速にして1キロくらいだろうか、このペースではどこかでもう1泊しなければ自然学校に帰れなくなってしまう。

一度みんなを止めて話し合いの場を作った。どうするのか…
H君はあきらめるつもりはさらさらない。こだわりが強くて曲がったことが嫌いなH君は、それが短所だが長所でもあるのだ。弱音を吐きながらも、決してあきらめようとしない気持ちに心を打たれた。
誰からも案が出ない中、合流したばかりのS君から「ここから引き返そう」という意見が…
それだけはない。ヒマラヤの8000メートル級を登っているのならともかく、今回はたとえ途中で歩けなくなっても、前進あるのみなのだ。立ち止まってもいいしどんなにスローでもいい。しかし後退だけは論外である。

結局誰からも案が出なかったため、また2班に分かれて進むことにした。
あきらんとらいくん、S君、K君の班、そして私とH君の班である。

2歩歩いては立ち止まるH君に肩を貸しながら歩く。いつもはあまのじゃくなH君が、素直に頼ってくるのがなんとも愛くるしい。
ペースは一向に上がらないが、一生懸命歩き続ける。時速は変わらず1キロ。川原毛まではなんとしても連れて行って、あとはその時考えようと漠然と考えていた。

IMGP1619.jpg

川原毛までの道の途中、あきらんたちとすれ違った。
もっと距離が離れているかと思ったのだが、らいくんの足の調子もよくないようでペースが落ちているようだ。そこまでの差はない。それでも距離にして15キロくらいは離れていたと思う。
最年少のK君が一番元気で、その笑顔に癒される。

お互いの健闘を誓い、私とH君は再び歩き始めた。
近くにいると弱音が出てくるようになってきたので、100メートルくらいの間隔を保ちながら先行して歩く。少し歩いては立ち止まり、それでも決して歩みを止めようとしないH君に、もはや何も言う必要はなかった。

IMGP1629.jpg

川原毛に到着してこの疲れているけれど穏やかな顔。本当によく頑張った。
「足の痛みは治まらないが、もう慣れた」とH君。下りはわずか2時間で下まで。スタートから川原下までは14時間かかったから、この異常に早いペースは完全復活を思わせた。
小安温泉郷を越え、桂橋にさしかかる手前でつかちゃんがパンやおにぎりを持って来てくれた。本当にありがたい。
しかしその直後、H君のペースががくっと落ちる。徐々に立ち止まる回数が多くなり、長くなり、ついには一歩も動けなくなってしまった。
「足が痛い。もう歩けない」
あんなに頑張っていた彼がこう言うのだから、本当に限界なのだろう。下りでの異常とも言えるペースを抑えるべきだったのだろうか。
つかちゃんに引き返してもらい車で回収。無念のリアイヤとなった。

私はひとりで歩くのを再開。歩くのは好きだ。

私が歩くとき必ず思い出すのは、数年前のクルム伊達公子の試合である。
招待選手としてウィンブルドンに出場した彼女は、当時世界ランク1桁の選手相手に1セットアップ。パワーテニス全盛の時代に、持てる経験とテクニックを駆使して老獪に戦ってみせたのだ。
この試合は結局、彼女が途中で足を痛めて逆転され、最後はボロボロになって負かされた。
しかしこの熱い試合は、多くの人に勇気や元気を与えてくれたと思う。私もこの試合のことを思い出すたびに、胸が熱くなる。
今回は寮生たちの頑張りも思い返しながら、須川までの残りの12キロほどをハイペースで歩いた。

いくぞう
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