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2006年08月04日

放浪の達人 『車寅次郎』

オヤジが大ファンだったこともあり
小さな頃からテレビや映画館で、彼の旅と恋を見て
大ファンになってしまったのが
『フーテンの寅さん』こと車寅次郎の放浪紀行です


私が特に惹かれてしまうのが
振られると分かっていても
恋に夢中になる切ないまでの浅はかさと
カッコよすぎるテキヤの「啖呵」です。

いつもお決まりの台詞ではあっても
見る人を引き込むことばの流れは
寅次郎こと渥美清さんにしか出せない味であることは
間違いないでしょう。

音符ならんだ数字がまず一つ
物のはじまリが一ならば
国の始まりが大和の国
島の始まりが淡路島
泥棒の始まりが石川の五右衛門音符

(中略)

音符産で死んだが、三島のお仙
お仙ばかりか女じゃないよ。
京都は極楽寺坂の門前で、
かの有名な小野小町が三目三晩飲まず食わずで
野たれ死んだのが三十三
とにかく三という数字はあやが悪い
三・三・六方で引け目が無い

四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水
粋な姐ちゃん立ち小便 白く咲いたか百合の花
四角四面は豆腐屋の娘 色は白いが水臭い音符

10年前の1996年8月4日
渥美清さんが亡くなり10年が経ちました。
偉大な作品を残し続けた渥美さんのご冥福を
お祈りいたします。 


彼の啖呵を見れるのは
残されたビデオやDVDだけになってしまいました悲しい

2006年06月16日

旅の達人=松尾芭蕉の生き方

『旅に病んで、夢は枯野をかけめぐる』
51年間の生涯を旅にささげた俳聖 松尾芭蕉の絶吟です。

松島の日の出

『月日は百代の過客にして・・・』の冒頭で有名な『奥の細道』を
読む度に私も「漂泊の思い」を感じ、旅支度をしたくなります。


1664年、伊賀の国(三重県)に生まれた芭蕉は
どうやら若いときから放浪癖があったようです。

芭蕉生誕の地

彼が放浪生活を送りながら独自の俳風を
作り出せたのは「旅」による未知との遭遇
から来る刺激ではないでしょうか?

奥の細道最終地に立つ芭蕉

当時、交通機関などもちろん存在しないので
それはそれは過酷な旅をして、安心できるはずの
居を構えても、刺激に依存するかのごとく
片雲の風に誘われてしまい、旅が栖(すみか)
となってしまいました。

輪廻転生はありえない現象でしょうが、
もし現代に芭蕉が生きていたなら
どこまで旅し、そしてどんな作品を
書いているのでしょう?

旅に出てしまいそうな自分を抑えつつも、
その気持ちを抑える薬代わりに
『奥の細道』読み、空想の旅へ出かけています。