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6年生「オペレッタ」 [2020年08月29日(Sat)]
長かった梅雨がようやく明けたころ、例年より短い夏休みが始まりました。
先の見えない情勢に、そして日々の暑さに、つい気を落としがちな私の隣で、子どもたちは、この休みの一時も逃さず楽しむことに全力を注いでいる様子。
            
子どものパワーって本当にすごい!と感じる日々です。
                       
3年生の娘が1学期に体験した羊の毛刈り。
その羊毛をほぐしておくという夏休みの課題を一緒に取り組みながら、その手触りや無心になれる時間に、私はホッと一息つかせてもらっています。

さて、そんな夏休みが始まる前。
6年生の息子が音楽の時間に取り組んできた「オペレッタ」の、保護者へ向けた発表がありました。                                    
休校が続いた1学期、ようやく登校が再開された6月から、週に2回の音楽の時間に取り組んできた「オペレッタ」。                          
「ソロで歌うねんで!1人1人違う役をやるねん。」
「セリフもあるねん。」    
「歌が長いと1人で歌うの難しいな〜。」
息子が家で一番話してくれたのが、このオペレッタのこと。               
習いだした歌の練習もよくしていました。
6年生になって、急に背が伸び、体つきがしっかりし、声も少しずつ低くなりつつある息子。 
「んんんー。声が出にくいな〜。」などと言いながら練習する姿には、まだまだ素直な子どもらしさを感じますが、そんな姿も少しずつ少なくなるのかなとちょっとさびしく思ったり。

そういえば、私が小学生の頃は、音楽のテストのとき、クラスのみんなの前で1人で歌うのがとても恥ずかしくて嫌でした。息子も同じように感じているのかな?と思うと、そうでもない様子。  
       
1年生から毎日の授業に、体を動かしたり、楽器を奏でたり、歌ったり、演じたり、様々な芸術が学びの手段となっているため、みんなの前で1人で歌うことも、彼にとっては日常のひとつ、のようです。
また、いつも同じクラスのみんなで取り組む、という安心感もあるようです。

そして、本番当日。                                
新型コロナウィルス感染症の影響で、現在までの学内の行事のほとんどが中止になっており、クラスの子どもたち全員に会うことも久しぶり。子どもたちの立ち居振る舞い、それぞれのソロパート、全員の声がそろった美しいハーモニー。

どの瞬間からも、この数か月会えずにいた間の子どもたちの大きな成長が見てとれた、とても貴重な機会となりました。 

「今日は、全然緊張しなかった。」帰ってきて、頼もしいことを言う息子。

思春期の始まりを迎えつつある今、親としてどのように寄り添っていくか、私も日々学びながら格闘していきたいと思います。

2学期もまた、子どもたちに素晴らしい学びの日々が続きますように。

*「オペレッタ」…音楽劇のひとつ。歌やオーケストラの演奏する音楽と、セリフの部分で成り立つ。全体が音楽中心のオペラに対し、セリフの部分や演劇的要素が大きいことが特徴。
   
                                                  I.M
 
Posted by 京田辺シュタイナー at 10:11 | 授業 | この記事のURL
美術の時間 [2020年08月09日(Sun)]
先日、普段から「絵は苦手」と言っている12年生の娘が、10枚ほどの絵を大きなビニール袋に入れて学校から持ち帰りました。8年生から11年生までの美術の授業で描いたものだそうです。
娘が絵を一枚ずつ袋から出しては描いたときの話をするのを聞きながら、水彩画、鉛筆を使ったらしいスケッチ、木炭画などを一緒に見ました。

「最後がこれ」と言って取り出したのはA1サイズくらいの油彩画。先に見た画用紙の木炭画と同じような構図ですが、色がありサイズも大きいせいか印象がかなり違いました。
まず白黒の絵を木炭で模写し、それを基に油彩画を描いたそうです。
「油絵は、もっと抽象化している人もいたけど、私はこの構図を変えたくなかったから授業のたびにひたすら色を重ねてた」
夜の海を小さな船が進んでいるその絵は、微妙に色が違う青を丁寧に重ねて夜の雲を表現してあり、その隙間から黄色い月明かりが見えていました。

後日、『親と先生でつくる学校 京田辺シュタイナー学校12年間の学び』(せせらぎ出版)を開いてみると、11年生の美術の授業について次のような説明がありました。
『白黒コピーされた絵画作品の中から一つを選び、木炭でその模写を行います。次に、模写を通して感じ取った主観的な要素を、今度は油彩絵具を使って色彩ドラマで表現していきます。また、形を単純化させたり、変化させたりしながら抽象的表現を試みます。』

このような授業で描かれた絵だったようです。

「この絵、いいね」と言うと、「いいやろ?」と娘。
娘が過ごした美術の時間が、ちょっとうらやましくなりました。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:02 | 授業 | この記事のURL
卒業プロジェクトが終わって [2020年03月07日(Sat)]
 京田辺シュタイナー学校では、卒業までの一年半をかけて卒業プロジェクトに取り組みます。
11年生になると卒業プロジェクトのことを考え始め、自分のテーマを発表し、担当教員が決まり、自分のテーマに向かいはじめます。

 一年半前、息子は卒業プロジェクトのテーマを『食』に決めました。漠然としているテーマでしたが、食にまつわる歴史、文化、自然科学、調理、どれも興味があり、どれか一つには絞れない。まずは様々な要素が含まれる燻製をやってみたいということでした。燻製器をつくり、食肉加工について、調理について調べ、実際に作ったものを食べてもらって、感想を聞くということを重ねました。しかし、やりたいのは燻製を極めることではないということが、進むほどにわかってきました。並行して、通常の授業やクラブ活動、卒業演劇などが忙しく、卒業プロジェクトをする時間がなくなってゆき停滞しました。

 夏休みの後半、ようやく再度卒業プロジェクトに打ち込める日々がやってきました。
青春18きっぷを使い、息子はハムが好きになったきっかけである鎌倉ハムを食べに行くことにしました。そして、この旅での経験が、息子にとっての転機となりました。
鎌倉ハムの本店の展示室を閲覧し、神保町の古本屋街をめぐり、古代ローマの食文化についての本と出合い、その後の方向性が決まったのです。

 提出レポートを書き終わったとき、
「僕の興味の集大成だ」と息子は感慨深げに言いました。
バラバラだった興味の世界が、不思議にかみ合い収束し一つにまとまった。そんな充足感に満ち溢れていました。

 さて、このように進んだ息子の卒業プロジェクトですが、実は、卒業プロジェクト総論を語るには息子の体験だけでは言葉が足りません。それは、卒業プロジェクトの持つ意味が、子どもによって違うからです。
選んだテーマに取り組むことから何を見出すのかは、子どもたち一人ひとり自分で模索してゆきます。どの親も、何になるのかわからないものを待っている、そんな日々でした。
ですが、卒業プロジェクトを終え、親たちの感想はほぼ一つに集約されています。
『卒業プロジェクトを経て子どもは変わる。卒業プロジェクトを経て初めて見える世界がある』
ということです。

 卒業のときを迎え、子どもたちは皆しっかりと大地に立っています。
シュタイナー教育が目指す『自由への教育』という言葉が、ああこのことなのかもしれないと、心に響いています。


T.S.

※本校ウェブサイト
・シュタイナー教育が目指すもの『自由への教育』 こちら
・卒業演劇・卒業プロジェクト こちら
Posted by 京田辺シュタイナー at 14:29 | 授業 | この記事のURL
シュタイナー学校の「勉強」 [2020年02月28日(Fri)]
「シュタイナー学校では教科書を使わず、教員が板書した絵や言葉を自分でノートに写し、それが『私だけの教科書』になる」
「シュタイナー学校の授業は、『数』や『言葉』のエポックでも、詩を唱え、体を動かし、歌を歌い、お話を聞き、絵を描きながら、そのトピックが自然と一人一人の体や心に染み込むように進められる」
こういうことを、シュタイナー教育の特徴としてお聞きになったことがあるかもしれません。

確かに、低学年のうちは机に向かってノートを書く時間も少なく、頭で何かを覚えるということもほとんど無いようです。「まるで遊んでいるみたいだけれど、大丈夫?」という不安が保護者の間によぎったりもします。子どもたちは逆に、そんな遊びのような楽しい授業が大好きなのですが、それでも少しずつ、それが物足りなくなってきます。

ちょうどそんな頃、2年生の終わりには、覚えた九九を一人ずつ先生に聞いてもらう、ということが始まります。それまでは皆で一緒にしていたことを、一人で、しかも先生の前で、というのは大きな挑戦ですが、上手くできた時、自分の九九カードにスタンプが増えてゆくのは、新しい喜びでもあります。

そして3年生頃からは、「待ちに待った」宿題が始まります。初めのうちは、3行ほどの絵日記や「季節のしるしを探そう」といったものですが、毎日、下校後すぐやることになっています。それが次第に計算や漢字の練習など時間のかかるものになってくると、遊ぶ時間が減る!と文句も出てくるようになりますが、それでも「まず宿題」は体に染み込んでいます。

長女のクラスでは5年生になってから、「漢字の力試し」と「英語の書取り・暗唱テスト」が始まりました。あらかじめ宿題に出たものを消化していればそれほど難しくないのですが、出来不出来がはっきりと分かってしまいます。けれどそれは「勝った/負けた」という感情につながるのではなく、クラスメイトの得意なことを知る機会となり、授業中は子ども同士で教え合うこともあるそうです。また勉強に限らず、クラスで劇などに取り組む際にも「誰々は何々が得意」ということを認め合いながら協力して進めることが出来るようになってきました。

外遊びよりも家で本を読むほうが好きな長女は、テストはやる気満々ですが体育の日はユウウツというタイプの子です。けれど、10月の古代オリンピックとそれに向けて毎日走り込んだ日々はとても充実していたようで、終わってしまったのが残念だと今でも呟くほどです。こつこつ続けて自分の力を伸ばすことに喜びを感じる年頃のようです。

自分が書いたエポックノート、そしてシュタイナー学校の日々でつくり上げた自分自身は、今後の人生における「私だけの教科書」となるに違いありません。

Y.T.
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:33 | 授業 | この記事のURL
大根を干す [2020年01月29日(Wed)]
ある日、3年生の息子の連絡ノート(次の日の持ち物などを先生が黒板に書いて、それを書き写しているようです。)に「大根がほう作です。ろう下に干しはじめました。たくあんが楽しみです。」と書かれてありました。
少し前に、7年生の息子も「園芸の時間に収穫した」と言って、大根を持って帰ってきてくれていました。今年は学校の畑で大根が豊作だったようです。
週末に学校に用事があって行ってみると、3年生の教室の前に、綺麗に洗われた大根が干されていました。
 そういえば、春にはよもぎを摘んできて、よもぎ団子を作ったり、梅雨時期には学校にある梅の木から実をもいで、梅干しや梅ジュースを作っていました。秋には、3年生の教室の前には、干し柿や収穫した稲も干されていたっけ。
息子は、その干し柿を2学期の終わりに少し持って帰ってきて、大切に食べていました。毎年、3年生の生活科では、季節の手仕事が楽しそうに行われています。
 自分たちで育て、収穫し、作った食べ物は、手間をかけ、楽しみに待った分だけ、より美味しく感じることでしょう。こうやって毎年季節が巡ってきて、その時分の暮らしの仕事ができるのは、本当に有難いことだなぁ、と思うのでした。
          
                          n.m.

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Posted by 京田辺シュタイナー at 18:59 | 授業 | この記事のURL
せんせいの詩 [2019年12月18日(Wed)]
「このあいだの朝ね、先生の詩だったんだよ」
ある日、2年生の娘が言いました。

毎日、朝の時間に子どもたちの詩を順番に読むのですが、それは1年生の「かがやき」(学年末に先生がその一年の子どもの様子を文章で伝えてくれる「通信簿」のようなもの)の時に先生が一人ひとりに贈ってくれた詩です。

私 「そうなの。先生の詩もあるんだね。先生が自分で作ったのかな?」
娘 「ちがうの。〇〇(娘の名)が作ったの。◎◎ちゃんと一緒に。先生のマークはハリネズミだから、ハリネズミの詩」

後日、先生とお話した際に、様子をうかがいました。
子どもたちが「先生の詩がないから作ろう!」と盛り上がった翌朝、「今日は先生の詩やで」との言葉を合図に、“先生の詩の時間”が始まったとのこと。先生は子どもたちに促されるまま座り、みんなが歌を歌い、ある子が先生役として蝋燭を持ち、詩を読んでくれたそうです。蝋燭の動きをはじめとした一連の所作は普段通り、先生と子どもたちが入れ替わった形で、詩の時間は粛々と進められたそうです。
先生は「2年生になると、子どもたちの悪戯がパワーアップしたり、注意しても聞かなかったりして、時にはぐったりと疲れてしまう事もある中で、みんながプレゼントしてくれた詩の時間は、なんだか労ってもらったような気がして嬉しかった」と仰っていました。

「イタズラ」も「いたわり」も、身体と一緒にぐんぐん成長している2年生。自我が次第に育ってきて、「先生の言う通りにはしたくない」という心と、「自分の意志で正しいことをしたい」という心とがせめぎあっている時期なのでしょう。そんな、天使と悪魔の囁き合いをたくさん経験しながら、心を豊かに育てて欲しいと願っています。

Y.T
Posted by 京田辺シュタイナー at 08:59 | 授業 | この記事のURL
さつまいも作り [2019年11月28日(Thu)]
現在6年生の次男の好きな授業の一つが園芸です。
園芸の授業は、3年生生活科での米作り以来3年ぶりです。

6年生は、週に一度、畑に向かいます。
園芸の授業がある日は、必ず「お土産」があります。
秋になってからは、サツマイモ、チンゲンサイ、ダイコンの間引き菜などを持ち帰りました。
クラスのみんなと食べる用のサツマイモは、学校に置いてあり、甘くなるのを待っているのだそうです。

そんなある日、次男が「お母さん、この前持って帰って来たサツマイモ、来週持って行くから使わんといてな。」と言ってきました。
てっきりみんなで食べるのだなと思っていたら、美術の授業で使うとのこと。
今、6年生の美術では、鉛筆でデッサンをしていて、その素材にするというのです。

成長を見続けた食物を、自分たちで収穫し、料理をし、デッサンに使う。
育てた食物は園芸の授業の枠を越えて生かされています。
シュタイナー教育で大切にしている「関わり」や「つながり」を見たような気がしました。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 23:48 | 授業 | この記事のURL
5年生 オリンピック [2019年11月19日(Tue)]
「体育でオリンピックの練習が始まったよ!」5年生の1学期が始まってすぐ、息子が嬉しそうに教えてくれました。

短距離走や長距離走など、自分の体だけを使う競技のほかに、円盤投げや槍投げなど、初めて手にする物を使って、それを体の様々な部分を使って投げるということは、思いのほか難しかったようです。先生の話をよく聞き、言われたとおりに体を動かすことに気をつけて、うまくできたり、できなかったり・・・。

2学期になると、世界史の授業の中で古代ギリシア、古代オリンピックについて学んだそうで。「オリンピックは、美しさを競うんだよ。オリンピックをするときは、戦争していても休戦するんだよ」あまり学校の授業で学んだことを家で話さない息子が、とても興味深そうに話してくれる様子や、その内容には、とても心を惹かれました。

今年は愛知シュタイナー学園より5名、福岡シュタイナー学園より13名が参加され、総勢43名で迎えるオリンピックです。残念ながら、前夜祭は雨の中での開催となりましたが、たいまつをもって行進する姿、雨の中、消えずに燃え続ける炎のもと、1人1人がオリンピックへの誓いを宣言する姿に、今までにない子どもたちの力強さを充分に感じる時間となりました。

迎えた当日。子どもたちの姿はとても迫力があり、それぞれが伸びやかにしなやかに、そして軽やかに体を動かし、真摯に競技に取り組む姿は、本当に素晴らしいものでした。前日に出会ったばかりの他の学校の生徒たちとも、楽しそうにコミュニケーションをとり、共に臨む姿。冠をもらったときの少し照れて、誇らしげな顔。

                  
いつの間にこんなにたくましくなったんだろう。 
いつの間にこんなに手足が伸びたんだろう。 
いつの間にこんなに体をしっかりと動かせるようになったんだろう。

「オリンピックは1人1人の成長の場です」と言っていた先生の言葉を、ひしひしと実感しました。これからの成長がさらに楽しみになる反面、成長と共に少しずつ親から離れていくことを想い、それが少し寂しかったりしています。

I.M
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:29 | 授業 | この記事のURL
木で物を作る [2019年09月21日(Sat)]
 最近、3年生の息子が木で物を作ることにはまっています。
最初は、「木で机を作る!」と言って枝を拾ってきていたのですが、さすがに枝だけでは机を作るのは難しいということで、父親も巻き込んで、板を買ってもらい、のこぎりで切って、ネジで止め…と、にわか大工さんになって楽しんで作っていました。出来上がった机はキャンプにも持っていって、調理台として活躍。それからも図書館で本を借りてきて、「何が作れるか?」と探したり、「家を作りたい!」と、家の床から天井を測っては、設計図らしきものを作ったりして、夢は広がっているようです。
 ちょうど3年生のメインレッスンでは、世界の風土の違いによる様々な家のあり方を学んで、それから実際に「家づくり」をしていくことになっています。「今日は山の上にある水(湖か池?)の上に家を作っているところがあるって聞いた(学んだ)」などなど、世界のユニークな家の授業も興味津々です。そして、実際の家づくりもとても楽しみにしていて、お友達と一緒に「地下に秘密の部屋を作りたい」などと話しているようです。
 また今回、毎年校庭に建てている‘家’とは別に、農場の一角を借りて、森の木や草、土などの材料で、のこぎりや鎌、スコップ、縄を使い、原始的で簡単な家を作る‘プレ家づくり’も行われるとの事で、張り切っています。
(そういえば、子どもの頃ってこのような秘密基地を作ってみたくなりますよね。)
 これからもしばらくは、木で物を作ったり、学校での家づくりを楽しむ日々が続きそうです。

                     n.m.
Posted by 京田辺シュタイナー at 19:09 | 授業 | この記事のURL
ミニプロ 8年生の夏休み [2019年09月11日(Wed)]
8年生の娘はこの夏、ミニプロ(※)に取り組みました。

4月から何をするか決めはじめ、GWの宿題はミニプロの計画を立てることでした。
娘はやりたいなと思うものはたくさんあったようですが、迷った末に7年生の夏休みの宿題の自由研究でやった「お話をつくる」を発展させた「本をつくる」に決めました。
お話をつくることはもちろん、製本の仕方を調べ、試行錯誤の日々でした。

娘はお話を書くのが好きで、これまでにもいくつか書いています。
いつもは「お話はもう頭の中にある」と言っていたのですが今回は少し難しかったようです。
いくつも書き始めては違う…というのを繰り返し、行き詰まっていました。
ある日「お母さん、お話が来た!」と言って机に向かう日が続きました。
お話が完成しても終わりではありません。
誤字脱字、言い回し、登場人物のつながり…何度も見直しては修正していました。
1ページに何文字書くかを計算し、余白や挿絵のスペースを考えたり…なんとか清書にこぎつけました。
そこで、やっと製本です。
お話を書きながら製本の試作も繰り返していました。
思うようにはいかず何冊もの本にならないノートができました。
夏の終わりにようやく本が完成しました。
娘らしいほのぼのとしてユーモアもあるお話にクスっと笑い、心からほっとしました。

10月にミニプロ発表会があります。
さて娘のミニプロ発表どのようになりますか…。
娘にとって8年生の夏休みは「ミニプロの夏」になりました。

SN*

※「ミニプロ」とは
初・中等部を卒業する8年生が、自分の好きなことを選んで取り組むプロジェクトです。
取り組み方はクラスによって異なります。
Posted by 京田辺シュタイナー at 01:08 | 授業 | この記事のURL
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