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実りの秋 [2021年11月28日(Sun)]
京田辺シュタイナー学校では、3年生から9年生までの間、生活科で田んぼ、園芸で畑、とほぼ 毎年農作業の授業があります。

低学年の頃は畑好きだった娘ですが、7年生になると畑熱が徐々に下火になっていきました。私自身の中学生時代を思い返すと、無理もない年頃かな…と思っていましたが、8年生になった途端、再び楽しそうに畑のことを話すようになりました。
なんでも、8年生からはグループごとに一区画を任され、好きなものを育てていいことになったそうです。娘のグループは女子3人になったそうで、「スイーツ系のものも育てたい!」とジャムにすると美味しいローゼルの種も蒔きました。種.jpg

そして秋も終わりのころ、
びっくりするくらい沢山のローゼルの実を
収穫してきました。
早速、週末我が家に集まりジャムづくりをしました。


花びらのような果肉をほぐして種を取り、みじん切りにして鍋で煮詰め・・・。4時間以上にも及ぶ作業となりましたが、おしゃべりに花が咲きなんとも楽しそう。いつの間にかジャム入りのケーキまで焼いているではありませんか。

待ちに待った試食会は、ケーキとジャム.jpg
ジャム添えクッキー、ジャム入り紅茶、
そしてジャムがとろ〜りのホカホカのケーキ。
美味しいものでおなかを満たした後は、
園芸の時間の面白エピソードや数々の失敗談に花が咲きました。
 
「来年もまた植えような〜」「肥料いっぱいやろうな〜」

色々苦労があったからこそ、収穫の喜びもひとしおのようです。
9年生になっても、きっと等身大の畑仕事を楽しむことでしょう。来年の秋、何をご馳走してくれるのか、今から楽しみです。
C

Posted by 京田辺シュタイナー at 22:31 | 授業 | この記事のURL
心の宝箱に積もる言葉たち [2021年10月23日(Sat)]
京田辺シュタイナー学校の子どもたちにとって、暗唱はとても身近な行為です。毎日唱える朝の詩や帰りの詩はもちろん、エポック授業(*)ではその主題にふさわしい詩が学びに付き添います。前年度末の「かがやき」(*)で一人ひとりに贈られた詩は朝の時間に日替わりで唱えますし、専科の授業でも詩や文章を唱える機会が多くあります。

それだけでは飽き足りないとばかりに、子どもたちは身の周りに響いている色々な言葉を覚えて唱えます。我が家では、昼食の時間に担任の先生が読み聞かせてくれる物語の一節、季節の行事の際に高等部の先生が唱える「お祈り」の言葉、そして近頃はミカエルの詩がよく聞かれます(先日のミカエル祭で唱えた2年生や6年生の様子を真似ることも……)。
さらに、本を読んで心に響いた言葉も、とりあえず覚えます。ハリー・ポッターの組分け帽子の詩、『不思議の国のアリス』の中の何だかよく解らない詩、ハイジがおばあに聞かせてあげる讃美歌集の詩、『古今和歌集』の「仮名序」(これは母親の私が覚えたいと思って手元に置いていたのをいつの間にか子どもが読んで先に覚えてしまいました)、などなど。

4年生の次女は、先日までメインレッスンで『古事記』を学んでいたので、時折、授業で聞いたテキストを再現してくれました。原文ではないとは思いますが、言葉のリズム、力強さが子どもの口を通しても伝わってきて、この国の起源を書き記そうとした古代の人々の情熱を感じることができました。「ここまでが神様たちのお話で、ここから人間たちのお話が始まるんだよ」と教えてくれた時、覚束ない記憶を辿りながら「去年学んでいた北欧神話と似ているね。あそこでも神様のお話に人間の誕生が続いたでしょ」と応えたところ、娘は「違うよ。北欧神話では神様が滅びてから長い時が経った後に人間が出てきたからね」と言い、おもむろに北欧神話の一節を唱え始めました。いつもは隠れている昔の記憶がふとした拍子に姿を現して、今の学びを多面的なものにしてくれるということを実感した瞬間でした。
また、『古事記』を学んでいた時期は、家にある裏紙にたびたび「伊邪那岐命」「伊邪那美命」「天照大御神」などと縦書きで書き散らされていました(※表記は違うかもしれません)。

このように言葉には、音、リズム、形があり、時代や場所を越えた感情や記憶を込めることができ、それらをくるりと一つにまとめて心の中にしまっておくことができます。そしてそれを取り出したときには、たくさんの人と分かち合うことができます。
時に無意識に呟き、また時に朗々と披露してくれる子どもたちの暗唱を聞きながら、美しい言葉を日々学校で受け取っていること、そしてそれをしまって(記憶)取り出す(暗唱)術を身につけたことは、心の中に宝物と宝箱を得たようなものだと感じています。

(*)「エポック授業」、「かがやき」については、シュタイナー教育の特色(京田辺シュタイナー学校公式ウェブサイト)でご説明しています。
(*)「かがやき」については、こちらの記事もお読みください。

Y.T.
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:51 | 授業 | この記事のURL
ミニプロジェクトに取り組んで [2021年09月27日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では、例年8年生になるとミニプロ(ミニプロジェクト)という、自由研究をします。
娘のクラスでは、4月から夏休みの終わりまでの5カ月間、時折担任の先生のアドバイスを受けながら各自が選んだテーマに取り組みました。

娘は、以前から好きだった和菓子作りをテーマに選び、12カ月の四季折々のお菓子を作り、レシピブックを作ることにしました。

「こしあん作りや難易度の高いものにも挑戦したい!」と意気揚々と始まった娘のミニプロ。12カ月分のお菓子が決まると、次は材料の準備です。選んだ和菓子の中には特殊な材料を使うものもありました。家にある材料で代用できそうなものもありましたが、近隣のお店では売っていないものもありました。インターネットで検索したり、お取り寄せしたりすれば簡単に済むことですが、娘の学年では子ども達がインターネットに触れることはありません。お菓子作りの好きなクラスメイトと情報交換したり、近隣のお店に取りよせてもらえるか聞いたり、製菓材料店に電話したり・・・材料が揃ったのは一学期の終わりとなりました。

夏休みは、連日エアコンの効かないキッチンで蒸し器や鍋との格闘となりました。夏にお馴染みの涼し気な和菓子が、「気が狂いそうになるほど暑い」中での、いくつもの工程の末に生まれると知った時には、娘と二人で今まで作ってくれた人々すべてに感謝しながら頂きました。いつも試食するだけの私は、時折娘に申し訳無いような気持ちになりましたが、娘はそんなことは気にも留めていない様子で、出来上がった和菓子を眺めてはニンマリ、食べてはニッコリしていました。

夏休みも終わりに近づく頃、レシピ作りが本格化しました。一番初めに書いたページを見せてもらうと、なんと、各工程すべてが図解付きです。私は「今から残りの11カ月分を書くのは不可能だ!」と心の中で叫びました。それからしばらくの間、我が家は「終わらな〜いっ!」という娘の悲鳴がこだまする日々となりました。

9月半ばに、ミニプロについて各自がクラスの保護者に向けて発表する機会がありました。
発表は一人15分程度。資料をつかったり、実演をまじえたり、時には笑いをとったりして作品だけでなくプレゼンも大変個性豊かで、それぞれの成長を感じました。中には「作品が完成した時に、明日からミニプロが出来ないと思うとさびしくなった。」という発言もあり、悩んだり、気の遠くなるような地道な努力を重ねたりしていても、それぞれがミニプロを思う存分楽しんでいた様子が伝わって来ました。

発表を終えた夜、感動の冷めやらぬ私は、娘に「ミニプロ、頑張ったね。今日の夕ご飯で、お疲れ様会をしようよ!」と言いました。すると娘は「お菓子作りもレシピづくりも楽しかったし、ただ好きなことをやっただけだから、全然疲れてなんかいないんだよ。」と至って平常心。
「好き」ってスゴイ!                 C                                                    


Posted by 京田辺シュタイナー at 19:58 | 授業 | この記事のURL
12年生卒業演劇終了しました [2021年07月12日(Mon)]
コロナ禍の中、今年の12年生卒業演劇「ヨガアケル、」が6月27日に無事千秋楽を迎えました。

今年の12年生たちは、演劇が好きな子が特に多いわけではないけれど、「創作」にチャレンジしました。
テーマとして、「本当の幸せとは。他人から与えられるものではない。自分でさがすもの」(当日配布資料より抜粋)を軸に取り組んできたようです。

千秋楽後の舞台での子どもたちの晴れ晴れしい笑顔に、当該学年の親としては、ひとまずホッとしています。

今回は本番までの我が子の息抜きエピソードを紹介します。
本番1ヶ月前頃から、下校時間がだんだん遅くなりました。演劇の練習はもちろんのこと、それぞれの作業チームでの仕事がたくさんあったようです。我が子は大小道具を担当しており、家に帰ってからも、チーム内で電話をしたり、試作を作ったり、調べ物をしたりしていると就寝時間が遅くなり、親としては睡眠不足に気を揉みました。
本番が近づくにつれ、子どもの疲れもピークで、お風呂も入れずそのままリビングで寝落ちしてしまうことも度々でした。
他の保護者の話を聞いても、同じような状況でした。

そんな中、本番2週間前頃のある夜、釣り好きの息子が、
「もうやってられん!明日、釣りに行くわ。」と言い出しました。

「イヤイヤイヤイヤ、お兄さん。明日も学校ですよ。この時期に休むとかないでしょ。」と私。

「休むわけないやん。朝5時から釣りに行ってから、登校するねん。」と息子。

次の日、睡眠不足を心配している私をよそに、朝から釣りに出かける息子の姿がありました。

他の保護者の話を聞くと、「しまい込んでいたジクソーパズルを始めた」とか「ずっと楽器を弾いている」など、それぞれ好きなものに没頭している様子が伺えました。
“人はどんなに忙しくても、何かに追い込まれたとしても、好きなことを通して、自分の中のバランスを取るんだな”と改めて感じ、またそれは誰にも強要されることのない自分だけの世界なのだと思いました。
この“自分だけの世界”を高校生時代に経験できることは貴重なことだと感じましたし、これが今後の卒業プロジェクトにつながっていくのだと思います。
また、このことが今回の演劇のテーマにも通じる気がして、少しうれしくなりました。

卒業演劇までの道のりは楽しいことばかりではなかったと思いますが、飄々と過ごす息子をみて感じた出来事でした。

*卒業演劇、卒業プロジェクトについてはこちらを参照

:y…k:

パンフレット.jpg
Posted by 京田辺シュタイナー at 11:23 | 授業 | この記事のURL
浴衣 [2021年06月20日(Sun)]
高等部になると実践的・芸術的科目、PKE( Praktische künstlerische Epoche)が始まります。

その中で、9年生では木工か和裁かを選択し取り組みます。娘は和裁を選択し、浴衣を反物から仕立てました。
授業が始まったある日「私の反物すごくかたくて縫いにくいねん。クラスで一番遅い…。○○ちゃんのはやわらかくて縫いやすそうやねん。嫌になるけど自分が選んだんやし、がんばるけど…。」と言ってきました。
娘が気に入った反物を私が注文したのですが、縫いにくい生地だったようです…。
みんなでおしゃべりしながら縫い進むなか、娘は黙々と取り組んでもなかなか進まないとも言っていましたが、なんとか頑張って縫って提出できたようで私もほっとしていました。

その浴衣を先日学校から持ち帰りました。
少し縫い目がつれたところがあるものの、時間をかけて縫った娘らしい細かい縫い目に「すごいね、よく頑張ったね。」と言葉が出てきました。
持ち帰る少し前に「浴衣、星の祭りで着られるかな…?」とつぶやいていた娘。
「糸がつれたところをちょっと直したら着られるね。」と私が言うと嬉しそうにしていました。

星の祭りに向けてクラスで歌の練習が始まり、器楽部でも練習に励んでいます。
昨年は新型コロナウィルスの影響で中止となった星の祭り。
「今年こそは開催されますように」七夕の短冊にも願いを込めたいと思います。

SN*


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*PKEについては『親と先生でつくる学校 京田辺シュタイナー学校12年間の学び』(せせらぎ出版)にも記載されております。
*星の祭りについては以前のブログ 『星の祭り』『星の祭りの準備・後片づけ』を合わせてご覧ください。




Posted by 京田辺シュタイナー at 12:00 | 授業 | この記事のURL
植物学の学び [2021年06月08日(Tue)]
 ある休日、公園に遊びに行った時のことです。5年生の息子がブランコに乗りながら「あの木のところについている緑色のもの、地衣類やで。」と言い出しました。「あの苔のこと?」と聞くと「苔も付いてるけど、地衣類と苔は違う。」と教えてくれました。ちょうどメインレッスンで植物学を学んでいて、学校の近所にも実物を見に出かけていったようです。
 別の日には、公園に咲いている小さな花を観察し出しました。今まで花に興味を示したことがなかったので少し驚きましたが、植物学で色々と学んでいるのだろうな、と思いながら見ていました。
 またある時は「単子葉(植物)の“単”は“一つ”という意味やねんで」と教えてくれたり「単子葉植物の花は六芒星の形やねん。」と話してくれたりしました。
 こんな風にポツリポツリとですが、授業で学んだ事を話してくれるようすから、興味を持って授業を受けているのだろうな、と想像しています。
 学ぶ事で、今まで気にもとめていなかったことに気づくことは、新しい世界が開けるようで楽しいのだろうな、と思いますし、その楽しさをいつまでも忘れないでいてほしいな、と願っています。

植物学の学びについては下記のリンクもご覧ください。
代表的な科目>メインレッスン>理科の分野 

                   n.m.
Posted by 京田辺シュタイナー at 19:25 | 授業 | この記事のURL
高等部の扉 [2021年05月27日(Thu)]

 上の子が9年生となり、この春ついに高等部の仲間入りをしました。

 見方によっては一学年進むだけともいえるのに、この8年生と9年生の境目は、さまざまな点で大きな変化があり、これまでどおり初・中等部の生徒たちと同じキャンパスを共有しながらも、9年生となり高等部に入るということは、まるで見えない大きな扉をあけて向こうの世界に飛び込むことのよう、と子どもはもちろん親も感じるこのごろです。

 たとえば英語のクラス一つとっても、文法的基礎を中心にじっくりと積み上げていくことを中心としたクラスと、膨大な語彙量と長文に真っ向から果敢に対峙することを中心としたクラスの2つがあり、その2つのクラスの時間配分は個々の特性と意向によって時折変動するよう。
 前者のクラスでは8年間親しんできた英語がパズルがはまるように理解が深まっていく感覚、後者のクラスでは真剣勝負で猛ダッシュを挑む先生に歯を食いしばって喰らいついていかないと振り落とされそうになる感覚をおぼえる。どちらの授業も先生のオーラとパッションがすごい……。という風に新学期早々伝えてきたわが子。

 他の科目もさらに本気課題が増えてきた様子だし、くわえて高等部の先輩とクラスや活動を共にする時間もグンと増え、さらには全国そして世界のシュタイナー学校高等部生と交流する機会も出てくるようで、対人交流の面でも背筋がピンとならざるを得ないことでしょう。
 
 春休みに模様替えをし、小さな自分の空間になにやらリラックススペースとおもえるようなものをつくっていたわが子ですが、いよいよ高等部生活のスタートした今、勉強机とマイリラックススペースのクッションを行き来しながらさまざまに奮闘している空気が子ども部屋の外まで漂ってきます。
 
 先日、つい、
「高等部……たいへん?」と、声をかけてしまいました。
 すると、

「どんどん自分からやっていかなきゃならない。」

 壁ごしに戻ってきた、声のトーンに、なんとなく力づよさを感じ、しばらくはもう聞くまい、といいきかせてみた初夏の日です。  M.T.
Posted by 京田辺シュタイナー at 13:06 | 授業 | この記事のURL
幾何学〜Geomertry〜の学び [2021年04月12日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では新学期が始まり、つばめの飛び交う校舎に子どもたちの声がこだましています。

8年生になった娘のクラスでは、春休みにもいくつか宿題がでました。
宿題の一つに「ピタゴラスの定理の証明をおうちの人に説明し、感想を書いてもらう。」というものがありました。
数学が大の苦手だった私は、かの有名な定理すら、忘却の彼方です。こっそり、娘の幾何学のエポックノートを覗いて、おさらいしました。
ピタゴラスの定理のページを開いてみると、冒頭には、斜辺にも線が引かれた升目に、直角三角形と四角形が描かれています。図の下には、「ピタゴラスは、寺院の石畳の模様を見て、定理を思いついた」という言葉と共に、定理の解説がありました。「なるほど、これがその寺院の石畳の模様か。」と思いながら、もう一度、図を見ると、苦手な定理も、生き生きとしたイメージとともに、すんなりと頭に入っていくような感じがしました。

親子共々、無事に幾何学の宿題を乗り切った後、今度は娘に解説してもらいながら、はじめから幾何学のノートを見てみました。
多角形の面積の学びは、古代エジプトへの旅から始まっています。
毎年、ナイル川の氾濫で土地の境界線がわからなくなっていた古代エジプトでは、すでに直角三角形の辺の比を用いた土地の測量がされていたそうです。縄張師といわれる測量士達が地面に張った縄で行った測量法の紹介と共に、多角形の面積の算出法の図解がありました。
円周の学びでは、クラスメイトそれぞれが、身の周りにある様々な円の円周を実測し、直径で割っておおよその円周率を算出し報告しあったようです。娘は水筒の円周を測ったそうで、割り出した数値を教えてくれました。
また、円の面積は、円形の色紙をいくつもの扇形に等分して並べ替えたり、細い紐を渦巻き状に巻いて円を作ったりして、公式を体感したようです。

ノートには、「幾何学の語源は大地の測量(geo−metry)」とも書いてありました。
いにしえびとが図形の真理と出会った様子を追体験したり、実際に手を動かしたりして、幾何学の世界と出会った子どもたち。やがて10年生になると、測量のエポックで自らが測量士になるそうで、楽しみです。
C.T 

※10年生の測量の学びはこちらをご覧ください。
円の面積 (2).JPG

DSCF2319.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:02 | 授業 | この記事のURL
星空をながめて [2020年12月24日(Thu)]
7年生と11年生の息子たちはそれぞれ、「天文学」を2学期に学んでいました。

7年次男の冬休みの宿題の一つに、天体観測の記録がありました。火星や明けの明星、冬の星座の観測とともに、「冬の大三角形」や「冬の大六角形」を見つけることなど。
先日は「ふたご座流星群」を見に出かけました。ふたご座を探すのに一苦労している私に、次男が「冬の大六角形」から割り出し、すっと教えてくれました。1時間のうちに、5〜10個くらいの流星をみることができました。
また、今年は実に約400年ぶりの木星と土星の大接近が見られるそうで、これまた親子で楽しみにしています。
次男は私に星座の名前や惑星の位置を教えてくれ、新しいことに出会ったワクワク感が伝わってきます。

11年長男に天文学の学びを聞いてみると、星々単体のことだけでなく、星と植物の関係や、星と万物を構成している四大元素「地水火風」との関係などを学んだとのこと。
7年の時よりさらに一歩進んで、「関係性」を学んでいることに感銘を受けました。というのも、11年の長男のクラスではちょうど、来年の卒業演劇に向けての話し合いが進められていて、生徒一人一人がお互いの関係性を深く掘り下げようとしている時だと思っていたからです。

同じように星空をながめても、そこで感じることは大きく違うのだなと息子二人をみて感じました。さらに、成長とともに学びが変容していくシュタイナー教育の奥深さを、ほんの少し垣間見たように思いました。
(授業内容参照→「初等部・中等部の授業」、「高等部の授業」)


今年はこのブログが最後となります。一年間、ありがとうございました。
今年は新型コロナウイルスの影響で、様々な学校行事や講座、イベントが中止となり、みなさまと直接お会いする機会が少なかったように思います。来年の開催にむけて、教員、保護者ともに準備を進めています。またみなさまにお会いできることを心待ちにしています。(最新情報はこちら→メルマガ登録

心静かに、あたたかい聖夜と新年を迎えられますようお祈りしています。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 14:29 | 授業 | この記事のURL
食と農について学ぶ [2020年11月24日(Tue)]
9年生の2学期のエポック授業に『食と農』があります。
食と農のエポックが始まって、娘が「牛乳っていっぱい種類があるんやなぁ」と言いました。
我が家は牛乳を買うことがないのもあって、同じ牛乳でも種類がたくさんあることに驚いたとのこと。
授業で、種類がたくさんある中で自分の買いたい牛乳はどれかを考える時間があったそうです。
「どれか選ぶとしたらちゃんと作られたのがいいなぁと思ってん」と娘。
日々口にするものがどのように作られ、消費者としてどれを選ぶのか、また『いのちをいただく』という大切なことを学んでいるようです。

そしてコロナ禍ではありますが、細心の注意を払って、「伊賀の里 モクモク手づくりファーム」での農業実習も行われることになりました。
働くということの大切さ、厳しさ、そして、その中にある喜びを体験させていただけることを本当にありがたく思います。

SN*


*エポック授業についてはこちらをご覧ください。
*「食と農」のエポックについては『親と先生でつくる学校 京田辺シュタイナー学校12年間の学び』(せせらぎ出版)にも記載されております。






Posted by 京田辺シュタイナー at 07:48 | 授業 | この記事のURL
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