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ミニプロジェクトに取り組んで [2021年09月27日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では、例年8年生になるとミニプロ(ミニプロジェクト)という、自由研究をします。
娘のクラスでは、4月から夏休みの終わりまでの5カ月間、時折担任の先生のアドバイスを受けながら各自が選んだテーマに取り組みました。

娘は、以前から好きだった和菓子作りをテーマに選び、12カ月の四季折々のお菓子を作り、レシピブックを作ることにしました。

「こしあん作りや難易度の高いものにも挑戦したい!」と意気揚々と始まった娘のミニプロ。12カ月分のお菓子が決まると、次は材料の準備です。選んだ和菓子の中には特殊な材料を使うものもありました。家にある材料で代用できそうなものもありましたが、近隣のお店では売っていないものもありました。インターネットで検索したり、お取り寄せしたりすれば簡単に済むことですが、娘の学年では子ども達がインターネットに触れることはありません。お菓子作りの好きなクラスメイトと情報交換したり、近隣のお店に取りよせてもらえるか聞いたり、製菓材料店に電話したり・・・材料が揃ったのは一学期の終わりとなりました。

夏休みは、連日エアコンの効かないキッチンで蒸し器や鍋との格闘となりました。夏にお馴染みの涼し気な和菓子が、「気が狂いそうになるほど暑い」中での、いくつもの工程の末に生まれると知った時には、娘と二人で今まで作ってくれた人々すべてに感謝しながら頂きました。いつも試食するだけの私は、時折娘に申し訳無いような気持ちになりましたが、娘はそんなことは気にも留めていない様子で、出来上がった和菓子を眺めてはニンマリ、食べてはニッコリしていました。

夏休みも終わりに近づく頃、レシピ作りが本格化しました。一番初めに書いたページを見せてもらうと、なんと、各工程すべてが図解付きです。私は「今から残りの11カ月分を書くのは不可能だ!」と心の中で叫びました。それからしばらくの間、我が家は「終わらな〜いっ!」という娘の悲鳴がこだまする日々となりました。

9月半ばに、ミニプロについて各自がクラスの保護者に向けて発表する機会がありました。
発表は一人15分程度。資料をつかったり、実演をまじえたり、時には笑いをとったりして作品だけでなくプレゼンも大変個性豊かで、それぞれの成長を感じました。中には「作品が完成した時に、明日からミニプロが出来ないと思うとさびしくなった。」という発言もあり、悩んだり、気の遠くなるような地道な努力を重ねたりしていても、それぞれがミニプロを思う存分楽しんでいた様子が伝わって来ました。

発表を終えた夜、感動の冷めやらぬ私は、娘に「ミニプロ、頑張ったね。今日の夕ご飯で、お疲れ様会をしようよ!」と言いました。すると娘は「お菓子作りもレシピづくりも楽しかったし、ただ好きなことをやっただけだから、全然疲れてなんかいないんだよ。」と至って平常心。
「好き」ってスゴイ!                 C                                                    


Posted by 京田辺シュタイナー at 19:58 | 授業 | この記事のURL
初めての夏休み [2021年09月01日(Wed)]
今年1年生で入学した娘は、学童期に入って初めての夏休みを過ごしました。帰省先で庭の畑仕事を手伝ったり、畑で採れたお野菜で一緒にお料理したり、川遊びをしたりと、のんびりとした時間の毎日でした。

「シュタイナー学校では、低学年の間は宿題が無いんでしょ?」とよく聞かれますが、実は宿題が存在します。
文字の書き取りや計算など、座学といった意味での宿題はもう少し学年が上がったらありますが、今1年生の娘が取り組む宿題は「お手伝い」です。
家の事を何かひとつ決めて、毎日お手伝いをします。

娘は日頃からお米とぎを手伝ってくれているのですが、夏休みはおにぎりを作れるようになりたい!と毎日せっせとおにぎりを作るお手伝いをしてくれました。

手にお水をつけて、お塩をつけて、ご飯をしゃもじで取り分けて握る。大人だとパパっとしてしまう事でも、当初はとても時間を費やす作業でした。

お手伝いが宿題だなんて、なんて可愛らしいのと初めは思いましたが、毎日続ける難しさの壁にぶつかる日も当然あります。
今日はそんな気分じゃない!という日もありますし、もっと遊びたいのに!という日もあり、毎日すんなりお手伝いをしてくれるわけではありません。
それでも一生懸命続けることで、夏休みの終わりには何となく手際がよくなってきたのです。

小柄な娘は、まだまだムチッとした小さな手をしているので、食卓には可愛らしい小さなおにぎりが、いくつも並びます。

食事の時に、父や兄から「Kちゃんのおにぎりは、特別おいしいわぁ。」「ありがとうね。」「おにぎりもう1個食べようかな〜。」なんて言われると、とても嬉しそうに自信に満ちた顔をする娘。
心があたたかくなる食事の時間となります。

美味しいごはんと、娘のちょっぴりの成長に、母も幸せな夏休みを過ごしたのでした。    K
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Posted by 京田辺シュタイナー at 15:11 | 生活 | この記事のURL
高等部からはじめまして [2021年08月21日(Sat)]
我が子は昨年、高等部に編入学しました。
編入して1年半が経ち、当初のことを驚きとともに振り返りました。

京田辺シュタイナー学校は、小学1年生から高校3年生までの一貫教育で、1学年1クラスのみ、20数名の少人数のメンバーで12年間学びます。そのうち高等部は、9年生(中学3年生)からの4年間を指します。

「中3の男子が、8年間一緒に過ごしてきたクラスに入って馴染めるのかどうか。」
編入に対して、まずはこの心配が大きかったのですが、特に印象に残る授業があります。

それは、『言葉の美学』という国語の授業です。
いったいどのような授業が行われるのか、想像がつかなかったのですが、3週間のエポック授業を終えて持ち帰ったのは、手作りの詩集でした。
そこには、自分の名前に文章を寄せて自己紹介した詩や、クラスメイトへ向けてお互いに贈る詩、願いや想像、夢などの詩に手書きのイラストが添えられ、製本されていました。

現代の中学3年の子どもがクラスメイトの異性に対して、果たしてお互いに「君は花のようだ」、「風のようだ」と、学校の授業の中とはいえど、心を寄せて美しい詩を贈れるものでしょうか。
友を大切に慈しむ純真な気持ちが言葉になって溢れていたことに、私はとても驚きました。

友の存在を、光や波や竹、あるいは宇宙に例えてイメージを表現した創作に、心豊かな感性、素直な温かさや優しさを感じ、このクラスの一員として学ばせてもらえることができ本当によかったなと、思いました。
初等・中等部での8年間、友だちとの深い関わりを体得して育ち、お互いを認め合い、それを喜びとして一緒に学んできたからこそ、新しい編入生を受け入れる時にも、心から温かく迎えてくれるのかと、胸がいっぱいになりました。息子もそんなクラスメイトに触発されて、素直で明るい自己紹介や贈る言葉を書いていたことが嬉しかったです。

反抗期や思春期で複雑な感情を、こうして美しく言葉に表現し、友から「風となれ!嵐をまきおこせ!」とエールをもらえたら、それは素晴らしく力になるなぁと感動しています。

当初の馴染めるか、などという心配はすっかり吹き飛び、毎日楽しそうに登校する姿を心から感謝して見守っています。
高等部4年間のカリキュラムは、私にとっても新鮮な学びとなり、これからの授業もとても楽しみなのであります。

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*エポック授業など、シュタイナー教育の特色はこちらをご参照ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:24 | はじめまして | この記事のURL
夏休みの宿題 [2021年08月08日(Sun)]
抜けるような青い空に湧き立つ雲の峰がまぶしい。
昼寝から目を覚ますと、8年生の娘がエポックノートを広げて、地球をとりまく大気の様子をパステルで描いていた。無色の対流圏の上は、彼女好みのレモンイエローとライムグリーン、そしてラベンダーで色分けされて、下から順に成層圏、中間圏、熱圏と色鉛筆で書いてある。地球学の夏休みの宿題らしい。へー、外の夏空の上の方はこうなっているのか。わたしも習ったはずだけどな。そんなことを思いながら、宿題の1ページが仕上がるのを見ていた。

そういえば、この学校に編入して以来、子どもたちが宿題をする様子を眺めるのが、わたしの楽しみの一つになっている。5本の編み針の扱いに苦戦しながら靴下を編んでいたことや、木塊を削って作った器やスプーンを、根気よくヤスリがけしていたこともある。先生が作ってくださる誕生日の詩を唱えたり、歌や笛のパート練習をしたり、劇の台詞を覚えたり、宿題はさまざまだ。

植物のロゼットを探す宿題が出たときや、俳句作りの宿題が出たときは、5年生だった娘と近所の畦道を散歩した。地面に張り付いて冬越しする葉は、個々に美しい色と形をしていた。それまで目にしていたはずだけれど、見ているようで見ていなかったのかもしれない。さえずりながら空に溶け込んでいく雲雀を一緒に見た。声を頼りに見つけっこするのが楽しかったらしく、娘はそれを俳句に詠んだ。

この学校へきて、娘たちは新しい世界と出会い、わたしは世界と出会い直している気がする。量が多いと嘆く彼女たちをよそに、わたしはこの夏休みの宿題も楽しみにしている。  h


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Posted by 京田辺シュタイナー at 10:30 | 生活 | この記事のURL
星にねがいを 〜星の祭りで〜 [2021年07月20日(Tue)]
京田辺シュタイナー学校では、例年7月のはじめに星の祭りという行事があります。
七夕にちなんだ行事で、夕方校庭に集まりそれぞれの願いを書いた短冊を竹に飾り、子どもたちが歌や楽器の演奏をします。色とりどりの短冊がゆれる大きな竹のもとに浴衣やじんべえ姿の子どもたちや先生方が集い、素朴で風情のある行事です。

去年は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、今年は感染拡大防止に配慮しつつ、無事行うことが出来ました。

オープニングに器楽部の演奏があり、その後は学年ごとの発表となります。いずれも1年生から12年生までのその学年ならではの味わいにあふれています。

娘のいる8年生のクラスは合唱とリコーダーの演奏をしましたが、合唱の曲は初めて子どもたちが選びました。あらかじめ先生が準備してくださった候補に子どもたちからの候補も加え、休み時間を削って何度も話合いを重ねたそうです。そうして決まった曲は、歌詞が英語でリズムもR&B風とチャレンジづくしです。ところが話合いが長引いたため練習期間はごくわずかとなり、再び休み時間に自主練習に励みました。

本番では、カホン、バイオリン、コントラバス、ギターも交え、精いっぱい背伸びしたパフォーマンスを全うした8年生たち。その眼差しはどことなく誇らしげで、時には手を差し伸べ、時にはそっと見守り子どもたちの力を引き出してくださった担任の先生に改めて感謝しました。

毎年、星の祭りの最後を飾るのは12年生です。卒業演劇を成し遂げたばかりの彼らの姿は、力強く、開放感と達成感に満ちていて、アンコール曲が終わったあとも、割れるような拍手が鳴りやみませんでした。これから卒業プロジェクトという新たな挑戦が始まる12年生たちに、今年は、こうしてみんなで応援を届けられたことを心からうれしく感じました。

新型コロナウイルスの影響で様々な学校行事の中止が相次いだこの一年半。一つ一つの行事が、そして学校で過ごす一日一日が、どんなに子どもたちの成長を支えているのか、ひしひしと感じる日々となりました。

―これからも、ここに集う子どもたちがみな、どうか健やかに学校生活を送れますように―

感謝とともに、いつにも増して強く願った星の祭りとなりました。   
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*星の祭りについては以前のブログ 『星の祭り』、『星の祭りの準備・後片づけ』 を合わせてご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 21:00 | 行事 | この記事のURL
12年生卒業演劇終了しました [2021年07月12日(Mon)]
コロナ禍の中、今年の12年生卒業演劇「ヨガアケル、」が6月27日に無事千秋楽を迎えました。

今年の12年生たちは、演劇が好きな子が特に多いわけではないけれど、「創作」にチャレンジしました。
テーマとして、「本当の幸せとは。他人から与えられるものではない。自分でさがすもの」(当日配布資料より抜粋)を軸に取り組んできたようです。

千秋楽後の舞台での子どもたちの晴れ晴れしい笑顔に、当該学年の親としては、ひとまずホッとしています。

今回は本番までの我が子の息抜きエピソードを紹介します。
本番1ヶ月前頃から、下校時間がだんだん遅くなりました。演劇の練習はもちろんのこと、それぞれの作業チームでの仕事がたくさんあったようです。我が子は大小道具を担当しており、家に帰ってからも、チーム内で電話をしたり、試作を作ったり、調べ物をしたりしていると就寝時間が遅くなり、親としては睡眠不足に気を揉みました。
本番が近づくにつれ、子どもの疲れもピークで、お風呂も入れずそのままリビングで寝落ちしてしまうことも度々でした。
他の保護者の話を聞いても、同じような状況でした。

そんな中、本番2週間前頃のある夜、釣り好きの息子が、
「もうやってられん!明日、釣りに行くわ。」と言い出しました。

「イヤイヤイヤイヤ、お兄さん。明日も学校ですよ。この時期に休むとかないでしょ。」と私。

「休むわけないやん。朝5時から釣りに行ってから、登校するねん。」と息子。

次の日、睡眠不足を心配している私をよそに、朝から釣りに出かける息子の姿がありました。

他の保護者の話を聞くと、「しまい込んでいたジクソーパズルを始めた」とか「ずっと楽器を弾いている」など、それぞれ好きなものに没頭している様子が伺えました。
“人はどんなに忙しくても、何かに追い込まれたとしても、好きなことを通して、自分の中のバランスを取るんだな”と改めて感じ、またそれは誰にも強要されることのない自分だけの世界なのだと思いました。
この“自分だけの世界”を高校生時代に経験できることは貴重なことだと感じましたし、これが今後の卒業プロジェクトにつながっていくのだと思います。
また、このことが今回の演劇のテーマにも通じる気がして、少しうれしくなりました。

卒業演劇までの道のりは楽しいことばかりではなかったと思いますが、飄々と過ごす息子をみて感じた出来事でした。

*卒業演劇、卒業プロジェクトについてはこちらを参照

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Posted by 京田辺シュタイナー at 11:23 | 授業 | この記事のURL
浴衣 [2021年06月20日(Sun)]
高等部になると実践的・芸術的科目、PKE( Praktische künstlerische Epoche)が始まります。

その中で、9年生では木工か和裁かを選択し取り組みます。娘は和裁を選択し、浴衣を反物から仕立てました。
授業が始まったある日「私の反物すごくかたくて縫いにくいねん。クラスで一番遅い…。○○ちゃんのはやわらかくて縫いやすそうやねん。嫌になるけど自分が選んだんやし、がんばるけど…。」と言ってきました。
娘が気に入った反物を私が注文したのですが、縫いにくい生地だったようです…。
みんなでおしゃべりしながら縫い進むなか、娘は黙々と取り組んでもなかなか進まないとも言っていましたが、なんとか頑張って縫って提出できたようで私もほっとしていました。

その浴衣を先日学校から持ち帰りました。
少し縫い目がつれたところがあるものの、時間をかけて縫った娘らしい細かい縫い目に「すごいね、よく頑張ったね。」と言葉が出てきました。
持ち帰る少し前に「浴衣、星の祭りで着られるかな…?」とつぶやいていた娘。
「糸がつれたところをちょっと直したら着られるね。」と私が言うと嬉しそうにしていました。

星の祭りに向けてクラスで歌の練習が始まり、器楽部でも練習に励んでいます。
昨年は新型コロナウィルスの影響で中止となった星の祭り。
「今年こそは開催されますように」七夕の短冊にも願いを込めたいと思います。

SN*


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*PKEについては『親と先生でつくる学校 京田辺シュタイナー学校12年間の学び』(せせらぎ出版)にも記載されております。
*星の祭りについては以前のブログ 『星の祭り』『星の祭りの準備・後片づけ』を合わせてご覧ください。




Posted by 京田辺シュタイナー at 12:00 | 授業 | この記事のURL
植物学の学び [2021年06月08日(Tue)]
 ある休日、公園に遊びに行った時のことです。5年生の息子がブランコに乗りながら「あの木のところについている緑色のもの、地衣類やで。」と言い出しました。「あの苔のこと?」と聞くと「苔も付いてるけど、地衣類と苔は違う。」と教えてくれました。ちょうどメインレッスンで植物学を学んでいて、学校の近所にも実物を見に出かけていったようです。
 別の日には、公園に咲いている小さな花を観察し出しました。今まで花に興味を示したことがなかったので少し驚きましたが、植物学で色々と学んでいるのだろうな、と思いながら見ていました。
 またある時は「単子葉(植物)の“単”は“一つ”という意味やねんで」と教えてくれたり「単子葉植物の花は六芒星の形やねん。」と話してくれたりしました。
 こんな風にポツリポツリとですが、授業で学んだ事を話してくれるようすから、興味を持って授業を受けているのだろうな、と想像しています。
 学ぶ事で、今まで気にもとめていなかったことに気づくことは、新しい世界が開けるようで楽しいのだろうな、と思いますし、その楽しさをいつまでも忘れないでいてほしいな、と願っています。

植物学の学びについては下記のリンクもご覧ください。
代表的な科目>メインレッスン>理科の分野 

                   n.m.
Posted by 京田辺シュタイナー at 19:25 | 授業 | この記事のURL
高等部の扉 [2021年05月27日(Thu)]

 上の子が9年生となり、この春ついに高等部の仲間入りをしました。

 見方によっては一学年進むだけともいえるのに、この8年生と9年生の境目は、さまざまな点で大きな変化があり、これまでどおり初・中等部の生徒たちと同じキャンパスを共有しながらも、9年生となり高等部に入るということは、まるで見えない大きな扉をあけて向こうの世界に飛び込むことのよう、と子どもはもちろん親も感じるこのごろです。

 たとえば英語のクラス一つとっても、文法的基礎を中心にじっくりと積み上げていくことを中心としたクラスと、膨大な語彙量と長文に真っ向から果敢に対峙することを中心としたクラスの2つがあり、その2つのクラスの時間配分は個々の特性と意向によって時折変動するよう。
 前者のクラスでは8年間親しんできた英語がパズルがはまるように理解が深まっていく感覚、後者のクラスでは真剣勝負で猛ダッシュを挑む先生に歯を食いしばって喰らいついていかないと振り落とされそうになる感覚をおぼえる。どちらの授業も先生のオーラとパッションがすごい……。という風に新学期早々伝えてきたわが子。

 他の科目もさらに本気課題が増えてきた様子だし、くわえて高等部の先輩とクラスや活動を共にする時間もグンと増え、さらには全国そして世界のシュタイナー学校高等部生と交流する機会も出てくるようで、対人交流の面でも背筋がピンとならざるを得ないことでしょう。
 
 春休みに模様替えをし、小さな自分の空間になにやらリラックススペースとおもえるようなものをつくっていたわが子ですが、いよいよ高等部生活のスタートした今、勉強机とマイリラックススペースのクッションを行き来しながらさまざまに奮闘している空気が子ども部屋の外まで漂ってきます。
 
 先日、つい、
「高等部……たいへん?」と、声をかけてしまいました。
 すると、

「どんどん自分からやっていかなきゃならない。」

 壁ごしに戻ってきた、声のトーンに、なんとなく力づよさを感じ、しばらくはもう聞くまい、といいきかせてみた初夏の日です。  M.T.
Posted by 京田辺シュタイナー at 13:06 | 授業 | この記事のURL
クラスの係 [2021年05月17日(Mon)]
 京田辺シュタイナー学校では、各クラスで保護者にも係があります。係の種類はそれぞれのクラスで毎年話し合って決めるので、クラスによって少しずつ違いますが、いずれも各家庭の状況に応じて無理なくできるような形で工夫されています。

 娘のクラスの係の中で、私が特に「この学校らしいな」と思うのは、お茶会とレク(レクリエーション)の企画をする係です。
 お茶会とは、その名のとおり、保護者みんなでおいしいお菓子とお茶を囲みながら、おしゃべりをしてほっこりする会です。その時々で子どものことや自分自身のことを話したり、学年会で話し合ったことをもう一度ざっくばらんに話したりすることが多いのですが、以前には卒業生保護者を囲んで、子育ての悩みへのアドバイスをもらったこともありました。
 レクは、保護者と子ども、そしてスケジュールの許す限り先生もいっしょになって、様々な形で交流する集いです。
 入学早々に、園芸の先生の田植え前の田んぼで行った泥田遊びでは、子どもたちよりも先に、お父さんが頭から田んぼにダイブ。その勇姿に、当時は初対面だった保護者同士の緊張感も一気に吹き飛び、子どもと入り交じってどろんこになるお父さんが続出しました。
 5年生の時、近所の公園で行った大人VS子どものドッヂボール真剣勝負では、楚々としたイメージのお母さんが大活躍し、みんなで目を丸くしました。また、クラスのほぼ全家庭が参加したお泊りキャンプでは、キャンプファイヤーを囲んでの大人たちのかくし芸に、子どもも大人も爆笑しました。

お茶会もレクも娘のクラスらしい賑やかな楽しい時間ですが、いずれも「クラスの子どもの様子を知ること、保護者同士が分かり合うことを通じて、少しでも子どもの成長を支え、クラスをよくしたい」という、至って真面目な思いに支えられています。私自身も、これまで、わが子のことで悩んだり、クラスの子ども同士でトラブルがあったりした時に、「お茶会やレクでの交流があったからこそ乗り越えられたのかもしれない。」と思ったことが多々ありました。今は新型コロナウイルスの影響で、お茶会もレクも難しい状況ですが、状況の許す形での交流をクラスで模索しています。

 今年の私の係は、8年生の卒業式のサポートです。まだまだ、係の仕事は始まっていませんが、心あたたまる卒業式ができるように心から願っています。
C.T

Posted by 京田辺シュタイナー at 22:14 | 生活 | この記事のURL
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