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決断と自律 〜大人への第一歩〜 [2021年05月10日(Mon)]
 京田辺シュタイナー学校では4月17日に入学式が行われ、22名の新入生を迎えました。新型コロナウイルス感染症の流行状況に鑑み、在校の生徒・保護者を交えた「新入生を迎える会」は残念ながら中止となりましたが、子どもたちは恒例の「学校探検」で各クラスを訪れた1年生たちに会うことができたようで、「ちいさいね」「かわいいね」と家での話題になっています。

 そんな1年生たちがまだ地上の生活を始めたばかりの6年前、おそらく同じように「かわいいね」と言われていたであろう長女は、批判精神旺盛な7年生になりました。中学1年生にあたる学年ですが、本校では8年生までは初中等部として担任も持ち上がるため、節目という意識はあまりありませんでした。
 けれど、新学期早々のある日、担任の先生からクラスの生徒たちに向けて、7年生からの生活についてのお話があったそうで、その際に配られたスケジュール帳と、そこに貼られたプリントを見せてくれました。4ページにわたるプリントの最初には「自分で自分の生活を整え、充実した一年にするために」と書かれています。
 あらためて読むと、実際に7年生からの生活は6年生までとは随分異なるということに気づきました。例えば、自分で決めた部活動に参加し始め、活動日は6時下校となること、遠方の生徒は自転車通学を申請できることなどです。メディアとの関わりに関しては、小さいうちは自分の身体で見て聞いて感じることを大切にしていましたが、これからは新聞やラジオなどを通して少しずつ外の世界に向けても目を開いていけるように、とも言われました。漫画を読んだり、スポーツの試合をテレビで観たりするときには、のめり込み過ぎないように注意し、自分で止められなくなったら遠ざけようと説明されたそうです。そのほか、自主学習の勧めや、服装や教室内でのマナーについてTPOを考えるという言葉もありました。
 これまでは、身体や心が育っている途上の子どもに、頭による決断の負担を与えないために、子どもの生活リズムや生活環境を整えるのは大人の役割でした。ですから、上に挙げたような「自分で自分の生活を整える」ことは子どもから大人への脱皮ともいえる出来事です。配られたプリントには、低学年の子どもたちの前での振る舞いに気をつけるようにとの注意も書かれていました。1年生に対する「ちいさいね」「かわいいね」という言葉は、守られる側から守る側へと移った視点の表れなのかもしれません。

 与えられた自由を「好き勝手する自由」とせず、自分で自分を律し、周りの世界へ目を開く機会とし、ひとつひとつの決断を疎かにしないこと。より良き自分とより良き世界にむけて自ら働きかけていくことのできる「真に自由な人間」となるための第一歩を、大切に踏み出して欲しいと思いました。

Y.T.
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:30 | 生活 | この記事のURL
幾何学〜Geomertry〜の学び [2021年04月12日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では新学期が始まり、つばめの飛び交う校舎に子どもたちの声がこだましています。

8年生になった娘のクラスでは、春休みにもいくつか宿題がでました。
宿題の一つに「ピタゴラスの定理の証明をおうちの人に説明し、感想を書いてもらう。」というものがありました。
数学が大の苦手だった私は、かの有名な定理すら、忘却の彼方です。こっそり、娘の幾何学のエポックノートを覗いて、おさらいしました。
ピタゴラスの定理のページを開いてみると、冒頭には、斜辺にも線が引かれた升目に、直角三角形と四角形が描かれています。図の下には、「ピタゴラスは、寺院の石畳の模様を見て、定理を思いついた」という言葉と共に、定理の解説がありました。「なるほど、これがその寺院の石畳の模様か。」と思いながら、もう一度、図を見ると、苦手な定理も、生き生きとしたイメージとともに、すんなりと頭に入っていくような感じがしました。

親子共々、無事に幾何学の宿題を乗り切った後、今度は娘に解説してもらいながら、はじめから幾何学のノートを見てみました。
多角形の面積の学びは、古代エジプトへの旅から始まっています。
毎年、ナイル川の氾濫で土地の境界線がわからなくなっていた古代エジプトでは、すでに直角三角形の辺の比を用いた土地の測量がされていたそうです。縄張師といわれる測量士達が地面に張った縄で行った測量法の紹介と共に、多角形の面積の算出法の図解がありました。
円周の学びでは、クラスメイトそれぞれが、身の周りにある様々な円の円周を実測し、直径で割っておおよその円周率を算出し報告しあったようです。娘は水筒の円周を測ったそうで、割り出した数値を教えてくれました。
また、円の面積は、円形の色紙をいくつもの扇形に等分して並べ替えたり、細い紐を渦巻き状に巻いて円を作ったりして、公式を体感したようです。

ノートには、「幾何学の語源は大地の測量(geo−metry)」とも書いてありました。
いにしえびとが図形の真理と出会った様子を追体験したり、実際に手を動かしたりして、幾何学の世界と出会った子どもたち。やがて10年生になると、測量のエポックで自らが測量士になるそうで、楽しみです。
C.T 

※10年生の測量の学びはこちらをご覧ください。
円の面積 (2).JPG

DSCF2319.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:02 | 授業 | この記事のURL
クラブ活動引退 [2021年03月31日(Wed)]
京田辺シュタイナー学校の運動部のクラブは、春に引退の時期を迎えます。

野球部は9年生(中学3年生)が、バレーボール部・バスケットボール部は11年生(高校2年生)が引退します。

野球部員で10年生以降も野球を続けたい生徒たちは、保護者・卒業生・高等部生徒たちで構成されている草野球チームに入ることができますが、学校のクラブとしては終了します。

引退にあたって、各クラブでは引退試合が組まれています。

11年生の長男はバスケ部に所属しており、まさに引退する学年です。引退試合として社会人チームと試合が組まれています。

7年生の次男は野球部に所属しており、9年生の引退試合に帯同させてもらいます。引退試合として近隣の公立中学校との練習試合が組まれています。

どちらも公式戦ではありませんが、試合ができることが喜びとなっているようです。引退試合は、先輩・後輩と一緒にゲームをする最後の機会となり、いつもとは違った雰囲気があるように感じます。

野球部では卒部する9年生の先輩一人一人に、後輩たちが色紙にメッセージを寄せ書きして、渡す準備を進めています。
色紙には、これまでの感謝と、「たまには遊びにきてください」といった思いを伝える言葉が並んでいます。

どのクラブも先輩から後輩へと受け継がれるものがあり、クラブ毎の色が見えるような気がします。
引退試合では、それぞれがキラリと光る活躍をみせてくれることでしょう。

*本校のクラブ活動についてはこちら

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 00:10 | クラブ活動 | この記事のURL
オイリュトミーを思う〜年例祭にて〜 [2021年03月16日(Tue)]
2月のおわりに、1年生から12年生の各学年が学びの様子や取り組んだ作品を舞台で披露する年例祭という行事がありました。

その年例祭のプログラムの中に、「高等部によるオイリュトミー」があります。
私がオイリュトミーをはじめて知ったのは、自分が親となり、子育てをするようになってから数年たった頃で、それまでは見たことはおろか、言葉さえも聞いたことがありませんでした。

はじめて見た時の印象は
“耳で聴くのではなく、目で見ることのできる音の芸術”という感じでした。
とにかく食い入るように見つめたことをよく覚えています。

本校では、オイリュトミーという科目が1年生からあります。
その授業のときに子どもたちが身に付けるオイリュトミードレスとシューズというものもあります。
そして、そのドレスを管理したり製作進行をはかるのは、保護者によるオイリュトミードレス係です。
オイリュトミーに少し触れられるような気がして、私は決してお裁縫が得意なわけではないのですが、その係を選んでみました。

1年生から4年生までは、コットン素材のドレスを、5年生から上の学年は、シルクのドレスをまとい、オイリュトミーをします。
そのことが、本校では大切に続けられています。
年例祭で高等部によるオイリュトミーを見ると、動きにともない、シルクドレスがオイリュトミーという芸術を支える不可欠な存在であるということを感じさせられます。

はずかしながらこれ以上、多くを語ることができるほど、私はオイリュトミーについて知りません。
でも、年例祭で高等部のオイリュトミー発表を見て、いつも思うことがあります。
「私も大人になりきってしまう前に、オイリュトミーをやってみたかった」と。
その気持ちが、ドレスとかかわることを選ばせたのだろうな、と。

年例祭を終えて帰り道、2年生の息子が
「高等部のオイリュトミードレスって、羽衣みたいできれいやなあ。オイリュトミーって、歌に見える。」
と言いました。
そうか。そうなのかも。
動きだけど、音。音だけど、歌。
妙に納得した私でした。

a.t.

*補足
京田辺シュタイナー学校の代表的な科目についてはこちらをご覧ください。
https://ktsg.jp/school/kamoku/

Posted by 京田辺シュタイナー at 13:36 | 行事 | この記事のURL
器楽部 部内演奏会 [2021年02月19日(Fri)]
先日、器楽部の部内演奏会がありました。
毎年2月に行われている部内演奏会。
例年通りなら、部員の家族も行けるのですが、コロナ禍ということで無観客の演奏会となりました。

部内演奏会ではソロとアンサンブルの発表があります。
ソロは7年生のバイオリン、フルート、ビオラ、クラリネット、チェロ、コントラバス、次は8年生…の順番で演奏していきます。
入部したばかりの6年生が1番最初に演奏する年もあります。
演奏する曲は自分で決めますが、10年生のソロはコンチェルトと決まっているそうです。
アンサンブルは楽器が重ならないように、くじ引きやじゃんけんでグループを決めます。
ソロの時には緊張がピリピリと伝わってくるのですが、アンサンブルになると仲間と一緒で安心するのか伸び伸びと演奏する姿が見られます。
演奏会終了後のミーティングで顧問の先生から様々な賞の発表があり、金賞に輝いたソロとアンサンブルのグループが定期演奏会で演奏することになります。

我が子だけでなく部内の子どもたちの成長がよくわかり、毎年楽しみな演奏会です。
来年こそは子どもたちのぐんと成長した姿を見られるのを楽しみにしたいと思います。

SN*


※京田辺シュタイナー学校のクラブ活動についてはこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 06:58 | クラブ活動 | この記事のURL
新成人を祝う会 〜卒業して2年たちました〜 [2021年02月07日(Sun)]
1月10日、午前11時。
久しぶりに12期卒業生とその保護者たちは京田辺シュタイナー学校の校庭に集いました。12期生全員が揃うことは叶いませんでしたが、2年前の卒業以来、久しぶりに学校での集合。我が家の娘もその1人でした。

女子たち10人は美しい振り袖姿。男子は凛々しい羽織袴姿が1人ときりっとスーツ姿が6人。
この日、彼らは母校で「新成人を祝う会」を開いていただいたのでした。
コロナ禍のもと、会は野外で行われることに。校庭に面した学校の廊下に先生方が卒業生たちのために距離をとって椅子を並べて下さいました。
そこは、彼らが1年生入学の時に担任のJ先生を囲んで並んだ場所でもありました。

先生方、保護者、そして他学年の保護者の方たちの前で、12期生たちは「二十歳になって思うこと・今どんなことをしているか」を聞かせてくれました。
大人になったなぁ、がんばってるんだなぁ、これから広い世界に出ていこうとしているんだなぁ、いつの間にか見上げるような背丈になり、大人の入り口に立った彼らの声を聞いて、さまざまな思いが湧きます。

さいごに1年から8年まで担任して下さったJ先生から12期生たちへのメッセージを頂きました。
「みんなに伝えたいことが3つあります。」と話して下さったこと。

ひとつめ。
思考し続けて下さい。自分は二十歳の頃、シュタイナーの本に出会って読んでも読んでも分からなかったけれど、ひとつ分かったことは「思考し続けることが大切」ということでした。考え続けていると、必ず答えはおりてきます。

ふたつめ。
自分から手を差し伸べて下さい。繋がりたいと思う人、この人!と思う人がいたら、自分から手を差し出してみて下さい。それが自分にとって良い出会いの時も、そうでない時もあったけれど、自分は常にそのことを心掛けてきました。

みっつめ。
クラスで歌った皆の歌声が大好きでした。今はそれぞれが居る場所で歌ってください。そしていつかまた、みんなの歌を聞かせて下さい。

さいごにおまけで。
皆の存在はいつも私を励ましてくれています。私も落ち込んだ時は、卒業の時に皆が贈ってくれた写真とメッセージを見て元気をもらっています。
成人おめでとう。ここから改めて「よーい、はじめ!」

「よーい、はじめ!」は12期生が卒業式の式典で歌った「正解」という歌の歌詞の最後でした。
娘たちがこのクラスで育ち、この学校から巣立てたことに改めて感謝しました。
J先生の言葉は、成人を迎えた子どもたちの心にしっかり伝わったことでしょう。わたしたち保護者の心にも沁みました。

子どもたちは、久しぶりに輪になってひとしきり相談し合ったあと、J先生の方を向いて「正解」をコーラスしました。
ぶっつけ本番のコーラスは決して上手ではなかったけれど、彼ららしい自然でまっすぐな歌声。その日の雲一つない青空と響き合っていました。

                             k/k
Posted by 京田辺シュタイナー at 09:24 | 行事 | この記事のURL
お父さんとのじかん [2021年01月26日(Tue)]
夫の仕事の関係で、去年の秋から、我が家はお父さんのいない生活を送っています。
今までにも何度か夫が単身赴任となることがありました。そんな時には、できるだけ、日々の生活で娘がお父さんのことを身近に感じられるようにささやかな工夫を織り交ぜて過ごしていました。

娘が小さい時には、お父さんは、家に帰って来た時には、本と格闘して折った折り紙を様々な場所にこっそり隠していきました。お父さんがいない日々、お父さんから電話が掛かってくると、娘は、受話器に飛びついては、隠し場所のヒントを聞き出していたものです。だんだんと腕を上げていく折り紙に感心したり、見つけられないままになっていた折り紙が、時折、思わぬ場所からひょっこり顔を出して来ては、笑ったり・・・。娘だけでなく私も楽しませてもらいました。
また、もう少し大きくなると、娘の方からは、お父さんに工作や絵を渡したり、交換日記をしたりしていました。

そんなあどけない日々とは打って変わって、目下、娘は思春期まっさかり。お父さんとの関係も人並みに、フクザツです。不安とともに迎えた新生活でしたが、気が付くと、時折、部活のことを楽しそうにお父さんに電話で報告している娘を目にするようになりました。また、ある時、お父さんが出張先から絵葉書をくれたことから、二人で時折手紙のやりとりもしています。
先日、私の仕事や用事で、週末のほとんどをお父さんと娘で過ごすことがありました。今まではそういう時には、二人でどこかに遠足に行っていましたが、コロナのこともあり、近くの公園に行く以外は家で過ごすだけとなりました。なんとなく物足りない大人をよそに、お父さんを見送った後、娘は喜々とした様子で手紙を書き始めました。
「バトミントンとトランプ楽しかったね。また、遊ぼうね。」

成長と共に、変わっていくお父さんと娘の時間。時折、助け船をだしながらも、温かく見守っていきたいなと思います。
C.T

子どもとの過ごし方についての講座はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 21:35 | その他 | この記事のURL
新年のご挨拶 [2021年01月19日(Tue)]
 新年明けましておめでとうございます。

昨年は新型コロナウィルスの影響で、学校が休校になったり、行事や講座やイベントなどが中止となり、例年通りにはいかない事が多い年でした。

今年はどのような年になっていくのか、先行きはまだ分かりませんが、少しずつでも自分達が出来る事を見つけていくしかないのだろうな、と思います。
暗闇のように見える中にも、光は存在しています。
今年も、本校に心を寄せてくださる皆様方と共に、歩んでいけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。→https://ktsg.jp

                       n.m.
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:18 | その他 | この記事のURL
星空をながめて [2020年12月24日(Thu)]
7年生と11年生の息子たちはそれぞれ、「天文学」を2学期に学んでいました。

7年次男の冬休みの宿題の一つに、天体観測の記録がありました。火星や明けの明星、冬の星座の観測とともに、「冬の大三角形」や「冬の大六角形」を見つけることなど。
先日は「ふたご座流星群」を見に出かけました。ふたご座を探すのに一苦労している私に、次男が「冬の大六角形」から割り出し、すっと教えてくれました。1時間のうちに、5〜10個くらいの流星をみることができました。
また、今年は実に約400年ぶりの木星と土星の大接近が見られるそうで、これまた親子で楽しみにしています。
次男は私に星座の名前や惑星の位置を教えてくれ、新しいことに出会ったワクワク感が伝わってきます。

11年長男に天文学の学びを聞いてみると、星々単体のことだけでなく、星と植物の関係や、星と万物を構成している四大元素「地水火風」との関係などを学んだとのこと。
7年の時よりさらに一歩進んで、「関係性」を学んでいることに感銘を受けました。というのも、11年の長男のクラスではちょうど、来年の卒業演劇に向けての話し合いが進められていて、生徒一人一人がお互いの関係性を深く掘り下げようとしている時だと思っていたからです。

同じように星空をながめても、そこで感じることは大きく違うのだなと息子二人をみて感じました。さらに、成長とともに学びが変容していくシュタイナー教育の奥深さを、ほんの少し垣間見たように思いました。
(授業内容参照→「初等部・中等部の授業」、「高等部の授業」)


今年はこのブログが最後となります。一年間、ありがとうございました。
今年は新型コロナウイルスの影響で、様々な学校行事や講座、イベントが中止となり、みなさまと直接お会いする機会が少なかったように思います。来年の開催にむけて、教員、保護者ともに準備を進めています。またみなさまにお会いできることを心待ちにしています。(最新情報はこちら→メルマガ登録

心静かに、あたたかい聖夜と新年を迎えられますようお祈りしています。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 14:29 | 授業 | この記事のURL
編みもの [2020年12月16日(Wed)]

2年生の息子が、せっせと編みものをしています。
日暮れの早い季節、静かな夕べのひとときに、それはとてもしっくりと馴染み、優しい時間がながれます。

本校では2年生の「手仕事」という授業で、棒針編みをします。
何日もかけて、それぞれ自分の笛を入れる笛袋を編むのです。
1年生の時は、指編みでマフラーをつくりました。2年生になって、指ではなく、道具を使って編むことになった時には、誇らしい顔で教えてくれました。

そのうちに、編みかたをしっかりと手に覚えこませて、家でも編むようになりました。
息子は慣れた手つきで編み目をつくり、勢いよく編んでいきます。編み目が一段、一段とふえていき、わぁすごいすごい、と思っていたら、あら。ほどいています。目をとばしていたのです。ずいぶん小さくなっちゃった。再び編みはじめた。あら、またほどいてる。あ、また…

せっかちな息子のこと。何度も編んではほどいてイライラしているかな…と、ようすを見ていたら
「編みものは、何度まちがえてもほどいたらやり直せるからいいなぁ〜」
とつぶやいています。

そうだね。
編みかたを知っていたら、何度でもつくれるものね。

ところで、何を編んでいるのかたずねたら
「おばあちゃんのマフラー、クリスマスプレゼントに」とのことでした。

私の母は、遠方の雪深い土地に住んでいます。
どんな暖房器具にも負けないくらいのあたたかい贈りものが、もうすぐ届く予定です。

a.t.


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Posted by 京田辺シュタイナー at 22:12 | 生活 | この記事のURL
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