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親子で学ぶ船の科学講座 NPO鐵の学校が開催 [2008年02月15日(Fri)]


タライのような小さな容器に浮かんだ自作の船

海のない地域の子供たちに海や船についてもっと関心を持ってほしい――。科学や環境問題の教育活動をしている福島県のNPO法人「鐵の学校」(佐藤幹雄理事長)は週末、日本財団の支援で福島県内の町の公民館や市民センターに親や子供たちを集め、船に関するユニークな科学講座を開催している。

この講座は、昔ながらの手作り紙芝居による講義と鉄が水に浮く不思議さを紹介する浮力の実験、さらに参加者たちが作るポンポン船(アルミパイプ蒸気船)の競走実験で子供たちを惹きつける。1月19日に南会津郡只見町で開かれた講座には、小学校低学年の児童を中心に8人の子どもたちが元気に地区センターにやってきた。中には母親に連れられ、お兄ちゃんと遊びにきた幼児の姿もあった。(写真:只見町の地区センター)

只見町は福島県内陸部に位置する豪雪地帯。講座開催は今回で3回目だが、子供たちは「海」と言われてもぴんとこないようだ。講座はまず子供たちが自ら準備するところから始まる。「なんでも自分でやってみることが大事」と話す佐藤さんの指導で、みんなで水を汲み、たらいのようなポリ容器に水をためる。これを小さな海と想定して船を浮かべるのだ。発砲スチロール板を切って油性ペンで絵をつけ、曲げたアルミパイプを通してオリジナルの船を作る。創造力あふれる自作の船を作った子どもは誇らしげだ。(写真:子どもたちの船作り)

作った船を次々と容器に浮かべると、火をつけてアルミパイプを暖める。水が熱せられ、その蒸気で船が水面をポンポンと走り出すと、子供たちは歓声をあげ、どうしたらもっと早く走らせられるだろうかと工夫をしていた。佐藤さんは、そんな子供たちにエンジンの仕組みや船の帆の役割などについて話して聞かせた。(写真:熱心に子どもたちに指導する佐藤さん)

佐藤さんは建設機械を扱う商社マンを経て高校生や大学生の進路相談を受けるキャリア・カウンセラーをしており、以前は千葉県を中心に金属加工を通して「ものつくり研究会」を開催、若者の心の成長ぶりを見てきた。「ものつくり」という表現は、流れ作業をイメージさせる「ものづくり」ではなく、心を持った人間による「つくる」という動作に力点を置いた佐藤さんのこだわりだ。

郷里の福島に拠点を移してからも「子供たちにものつくりや科学に興味を持ってもらいたい。海や船の重要性も伝えたい」という思いから2004年に「鐵の学校」を設立、06年からこの講座も始めた。ことし福島県内で24ヵ所を回る計画で、佐藤さんは「来年は活動の幅を宮城県や山形県にまで広げ、10年はこの講座を続けたい」と話している。

(詳しくはコチラ
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:20 | 海と船 | この記事のURL | コメント(0)
政治混乱の中もハンセン病制圧へあと一歩 ネパール・チトワンを訪問 [2008年02月14日(Thu)]


動画「ネパールでのハンセン病活動」(1:51秒)

笹川陽平日本財団会長は2月1日から5日間ネパールを訪問。タライ地方のチトワン郡を訪れ、保健所を拠点にハンセン病の制圧活動を進めるヘルスワーカーとそこに通院するハンセン病患者を激励した。ネパールはモザンビーク、コンゴ民主共和国、ブラジルと並ぶハンセン病未制圧国の一つで、今年度中の制圧を目指している。

チトワン郡はネパールの中でもハンセン病患者数の多い地域で、ネパール全体の有病率が人口1万人当たり1.2であるのに対し、1.9と高い数字となっている。郡内6ヶ所に保健所、その下に31のサブ保健所がある。これらを拠点に地域のヘルスワーカー(保健士)やボランティアグループがハンセン病の発見や治療を進めている。(写真:女性のヘルスワーカー達と笹川会長)

中でも女性のボランティアグループの活動が目立つ。19年間活動を続けてきたグループ代表のミナ・ギリさんは患者を見つけたときに「ハンセン病と分かっても、すぐに話すと差別を恐れて治療を受けないケースがある。ショックを受けないように恐怖感を取り除きながらゆっくりと話すことにしている」と日ごろの活動を説明した。(写真:女性ボランティアリーダーのミナ・ギリさん)

彼らの活動成果が着実に上がっており、世界保健機関(WHO)がハンセン病制圧の目安とする「人口1万人当たり患者1人以下」の達成も視野に入ってきた。笹川会長は「制圧達成は目前です。皆様の努力がネパールに制圧をもたらします」とヘルスワーカー達を激励した。(写真:保健所で患者を激励する笹川会長)

また笹川会長は首都カトマンズの王宮で2006年11月以来1年2ヶ月ぶりにギャネンドラ国王と面談した。国王はハンセン病制圧活動に深い理解を示し、笹川会長も「ハンセン病が制圧されるまで何度でもネパールを訪問したい」と述べた。

ネパールでは暫定政府を構成する主要7政党が、4月に予定される制憲議会選挙後に王制を廃止することに合意しているが、過激派等による爆破事件が起こるなど治安が悪化している。会長一行が滞在中にもチトワン郡内で国家警察と過激派による衝突があった。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:43 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
支援教育に親の交流を 養護学校で合同研修会 [2008年02月13日(Wed)]


ワークショップ形式で意見を出し合った合同研修会

東京都立中野養護学校(中野区南台、井上正直校長)で7日、同校のPTAと区内の小学校PTA連合会との合同研修会が開かれた。「親同士が知り合い、語り合う機会が欲しい」という母親らの呼びかけで始まった研修会で、年1回のペースでこの日が4回目。子どもたちの具体的事例をテーマにワークショップ形式で意見を出し合った。このグループワークには、日本財団の職員7人が進行手伝い役として参加した。

「気付きから支援へ」が今回のテーマで参加者は100人。「養護学校の父母」と「小学生の子どもを持つ母親」が10人程度の混成グループを作り、それぞれテーブルを囲んでワークショップに臨んだ。具体例として「養護学校に通う弟がいる中1の姉の精神的動揺」と「行動が特異な同級生に悩む小学5年の娘」という2つのケースが取り上げられ、親はどのような対応をとったらいいかを話し合った。(写真:議論はしだいに熱を帯び、本音が飛び出す)

各テーブルでは中央に大きな白紙が置かれ、出された意見を記入したカードが次々と貼られて行く。カードはプラス意見とマイナス意見に色分けされ、貼る位置を整理していくことで、おのずと参加者の考えが明確になっていく。日本財団の職員たちは、こうしたワークショップの進行方法について研修を受けており、ポイントを指摘して行き詰まった議論を解きほぐすなどして作業を進めていった。(写真:意見を記入したカードを色分けし整理していく)

「話を聞かなければ、こうした子どもがいることに気がつかないままでいた」「親が無視していたら子どもが追い詰められる」「親がキレない薬が欲しい」と、それぞれの思いが吐露され、「けんかになりそうでした」というほどの白熱した話し合いが2時間ほど続けられた。そうしたグループごとの討論結果が発表され、「この集まりが実現したこと自体が成果。来年も開催して欲しい」という希望が出されて研修を終えた。

この研修会は、日本財団の公益ボランティアグループの職員が中野養護学校を見学させてもらったことを契機に始まった。財団が推進する公益活動には、障害者の就労支援や福祉拠点の拡充が柱の一つになっているが、養護学校との接点は乏しく、その実情を知ることが福祉担当チームには欠かせないと考えての見学申し込みだった。(写真:「創立30年」の看板を掲げた都立中野養護学校)

その折、養護学校のPTAから「一般の学校に通っているお子さんのお母さんたちと話し合う機会が欲しい」との希望が出され、「それにはワークショップという方式が効果的です。財団職員はそうした研修を受けています。お手伝いしましょう」ということになった。財団職員にとっても、母親らのストレートな意見に接して学ぶことの多い機会となっている。(写真:区立小学校の親たちとの合同研修会)

中野養護学校の井上校長は「特別支援教育が始まって、地域とのつながりがますます期待されています。合同研修会で《一緒に子育てして行こう》という思いが生れ、そうした思いが中野区全域に広がって住みよい街が生まれていくのだと思います」と語っている。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:46 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0)
「高齢者のためのシャトルバスを」 地域交通のあり方を考えるフォーラム [2008年02月12日(Tue)]


交通フォーラム・パネルディスカッション

急激に進行する高齢化社会。都市部にあってもバス路線がない地区に住む高齢者は買い物もままならない状態に直面している。そんな地域交通のあり方を考え、ミニバスやシャトルバスなどのコミュニティバスの運行を模索する市民フォーラムが6日、横浜市内で開かれた。「NPO暮らしいきいきサポートの会かながわ」(横木茂樹理事長)と「菊名・篠原地区シャトルバス実行委員会」(金子安夫会長)が日本財団の支援で開催、「お年寄りの街」になった地区の住民の足確保についての方策を話し合った。

フォーラムはまず、「NPOハンディキャップゆずり葉」理事長の杉本依子理事長がコーディネーターになり、パネルディスカッションを行った。パネラーとして参加した横浜市道路局の担当課長が同市の交通計画サポート事業について説明した後、実際にバス路線がない地区でシャトルバスを運行している東京都町田市の「玉ちゃんバス」と横浜市南区の「丘と平地を結ぶシャトルバス」について、担当者がその実情を話した。

    
    


あいさつする横木理事長(左)と金子会長

町田市のバス(定員30人前後)は、行政、住民、民間のバス会社の協働事業で、東、北の2ルートで運行され「赤字に傾いた場合は事業をやめる、運賃はワンコイン(100円)にこだわらない(170円)」を原則として、順調に利用者は増えているという。一方、横浜・南区の別所・中里地区と京浜急行上大岡駅を結ぶシャトルバス(9人乗り)は、ことし1月17日から3月16日までの期間限定のテスト運行を始めたばかりだ。高齢化率が20%以上を超える地区だけに高齢者の外出や買い物、通院の足として定着が期待されており、テスト運行で得た結果は将来の本格運行に向けての基礎資料にするという。続いて、このフォーラムを主催した菊名・篠原地区シャトルバス実行委員会事務局の担当者が「坂道が多く、道路も狭くて高齢者は移動手段が困難だ。お年寄りは家を出る気力もなく、病院にも行けない」と、一日も早くシャトルバスの運行が実現するよう訴えた。(写真:シャトルバス運行を訴えるパネラー)

この後、中村文彦・横浜国立大大学院工学研究院教授が「横浜市内の地域交通計画のあり方」と題して講演。全国のコミュニティバスの歴史や活用の実例を紹介した。中村教授によると、コミュニティバスは東京都武蔵野市の「ムースバス」が始まりだ。バス停間隔が100−200メートル、ラッシュ時には運行しない、日中のみの運行といった市民の目線で必要なバスの形をつくり上げ、従来のバスの常識を覆したという。コミュニティバスは、高齢化社会にあって、お年寄りの足として必要性が高まることは必至といえる。(写真:講演する中村教授)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:30 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0)
世界24カ国のハンセン病回復者がインドに [2008年02月08日(Fri)]


1200名が集まったメイン会場

世界24カ国のハンセン病回復者団体代表や制圧活動に取り組むNGO、政府、WHO関係者ら1200名強がインド、ハイデラバードに集まり、第17回国際ハンセン病学会が開催された。会は1月30日から2月4日まで行われ、制圧活動、人権、教育啓発、心理、病理学、医薬などの各セクションに別れ、活発な議論がなされた。国際ハンセン病学会は5年に1度開催される。

大会初日の1月30日はマハトマ・ガンジーの命日であり、ハンセン病に対する取り組みに尽力したガンジーの活動を記念して、インドでは「ハンセン病の日」と定められている。初日の特別スピーチでは、WHOハンセン病制圧特別大使も務める日本財団の笹川陽平会長、ハンセン病治癒のための多剤併用薬(MDT)の無料提供を、日本財団から引き継いで2000年から行っているノバルティス財団(Novartis Foundation for Sustainable Development)クラウス・ライジンガー理事長世界救らい団体連合(ILEP)のリーゴ・ピーターズ会長らがこれまでの活動と今後の指針を述べた。(写真:ノバルティスのライジンガー理事長)

笹川会長は、ハンセン病の取り組みをモーター・サイクルにたとえ、「前輪は病気をなくすための活動、後輪は社会的差別をなくすための活動。両輪が同じサイズでなければならない」と、病気制圧と人権回復両方の重要性を訴えた。また、1月28日ロンドンで、ハンセン病回復者や家族の尊厳回復を訴える「グローバル・アピール2008」を国際人権NGOの賛同を得て行ったことや、国連人権理事会への働きかけなどを報告した。笹川会長は、「草の根活動が社会を変化させるのであり、当事者である回復者が主要な役割を果たしていくべきだ」と参加者を鼓舞した。(写真:スピーチする笹川会長)

世界のハンセン病患者は1985年から2006年までに、約1600万人が治癒されたと言われている。新規患者数は年々減少しているが、2006年は約26万人が新たに患者として発見された。病気としてのハンセン病は減少しているが、社会的差別は根強く、ハンセン病回復者の情報発信や各国間の情報交換の必要性が説かれている。(写真:大会に参加したハンセン病回復者と笹川会長)


*動画はこちら

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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:40 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
ネパール・ギャネンドラ国王の想い [2008年02月07日(Thu)]


笹川陽平(左)とギャネンドラ国王


日本財団笹川陽平会長は2月1日から5日までハンセン病状況を視察するためにネパールを訪れた。地方の現場を視察したあと、2006年11月以来、約1年2カ月ぶりにギャネンドラ国王に謁見した。

国王はハンセン病制圧活動についての理解が深く、「ハンセン病制圧活動は素晴らしい考えのものとに進められている。あなたのご努力に感謝する。スティグマや差別をなくすためには、病気についての正確な知識を患者の親族をはじめとして広く社会に知らしめることが重要だ」と笹川会長の活動を評価した。

現在、ネパールは4月に迫った制憲議会選挙を前に国内の治安が悪化している。選挙活動を妨害する過激派による爆破事件があちこちで相次ぐ。このような状況に国王は、「前回会った時よりも多くの変化がこの国では起こっていることにお気づきかと思う」と率直な意見を述べ始めた。制憲議会選挙についても「選挙は自由、公正、平和かつ安全に行われなければならない。そうすれば多くの国民は正しい選択をするだろう」と王制存続の是非については国民が選択するべきだと述べた。

ギャネンドラ国王は2006年4月の政変以来、公の場に姿を見せず沈黙を保ってきた。しかし、我々に同行した日本人記者に対し、国王自らが率先して質問に応じた。2006年以来、外国のメディアに政治問題について考えを表明したのは初めてのことだ。

ギャネンドラ国王発言要旨(2月4日)

暫定政権(与党6党とネパール共産党毛沢東主義派で構成される)は2007年末に、王制を廃止することで合意し、暫定憲法に「共和制」の移行を明記した。だが、これは大多数の国民の声を反映していない。政党の指導者だけで体制を決めてしまうのは民主的でない。私は国民が主権を持つことを奨励してきた。自由で公正で平和で安全な選挙が行われるなら、大多数の国民が王制を選ぶだろう。そういう国民の意思が反映される選挙でなければならない。民主主義は村落の単位や草の根レベルから強化されるべきだ。全ての力が民主化されることを望む。
国民の大多数が声をあげる機会を持たず、選択をする自由を持たないという。カトマンズだけがネパールではない。丘陵地帯や山岳地帯に住む人やタライ地方の人々の声が反映されていない。残念ながら今の(暫定政権下での)ネパールは全てがうまく行っているわけではないと聞く。特に法が守られず、秩序が乱れているとも聞いている。昔のネパールは平和で緊張のない社会だった。現在の状況は憂慮するものだ。
暫定政府の指導者の中にはネパールの文化的、社会的、伝統的な価値に反する行動をとっているものがいる。多くの国民はやがてこれらの事実が正しいことなのかどうか認識するだろう。
国際社会はこのような状況に沈黙している。特にメディアは町にでて、国民が何を思っているかを直接聞いて欲しい。もっと一般のネパール人と話をするべきだ。そういうことを国際社会が見聞して欲しい。

*動画はコチラ↓




(英文記事はコチラ
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:59 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
石川の廃寺が福祉・温泉施設に 地域の触れ合いの場に再生 [2008年02月07日(Thu)]


多機能温泉施設・三草二木西圓寺

廃寺になっていた石川県小松市野田町の西圓寺多機能温泉施設「三草二木西圓寺」として生まれ変わり、1月15日にオープンした。同県白山市の社会福祉法人「佛子園」(雄谷良成理事長)が日本財団などの支援で改築をした。高齢者デイケアセンターや障害者就労支援という福祉活動のほか、温泉施設は一般客にも開放され、廃寺は地域の触れ合いの場として活用されることになった。

西圓寺は1473(文明5)年開基といわれる。寺としては長い歴史があるが、現在の建物の建築年は不明。住職が04年に亡くなったあと廃寺になり、遺族から佛子園に譲渡された。昨年から建物(敷地面積1745平米、木造2階建て延べ540平米)の改築を始め、障害者が利用しやすいように段差をなくしてバリアフリー化するなど一部レイアウトも変更、地下750bから温泉も湧出、老朽化した建物が再生され、お寺の形をした複合型の福祉施設がスタートした。(写真:レトロ調のカフェカウンター)

三草二木西圓寺は、福祉面では高齢者デイケアセンターとしての10人と生活介護者6人を受け入れ、温泉と食堂は一般客にも開放した。スタッフ約40人のうち20人は就労支援のための授産施設の考えから障害者が雇用され、さらに地元野田町に住む60歳以上の住民10人が「ワークシェア」(仕事をできる範囲で分け合う)要員として働いている。

        
    
         

地元民に無料開放された温泉          評判のいい足湯

改修された本堂にはレトロ調を生かした食堂、カフェが設けられ、地域の野菜や駄菓子を売るショップもある。地元の人々の交流に使ってもらうという運営方針から、野田町の住民は無料で温泉を利用することができる。45・5度の温泉は泉質もよく、長い間、関節炎で悩んでいた住民の一人は、温泉に入ってから痛みがなくなったという。(写真:触れ合いの場の食堂になった本堂)

雄谷理事長は、三草二木西圓寺のスタートに当たって「障害者と健常者の垣根を外した拠点としてだけでなく、ソーシャルインクルージョン(社会的包括)を目指してニートや引きこもり、虐待を受けた人など社会から排除された人々がだれでも利用できるような核として活用したい」と話している。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:27 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
横浜の中学生が港湾カレッジ訪問 「港の仕事をしたい」の声も [2008年02月06日(Wed)]


港湾カレッジ屋上から見た横浜港

開港150周年が1年後に迫った横浜港。「ミナトヨコハマ」という形容がぴったりの美しさだけでなく、荷役量も国内有数の「日本物流の最前線」でもある。この横浜港を市民に身近に感じてもらうため、さまざまな活動をしている社団法人横浜港振興協会は、この一環として日本財団の支援で「子どもたちと港を語る事業」を展開中だ。中学生を対象に講演会や現場体験を実施しており、1月24日には、市内の中学生10人が本牧ふ頭にある「港湾職業能力開発短期大学校横浜校」(吉留和男校長・通称港湾カレッジ)を訪問した。

港湾カレッジは、オランダ・ロッテルダムの「ハーバー・トレーニング・スクール」をモデルに、港湾関係の業務に従事する優秀な人材を育成するために開設。これまでに1000人以上が卒業し、輸送、荷役、保管、通関など港湾業界の担い手として働いている。就職率は100%で、卒業後海外で働く希望を持つ学生もいる。(写真:教官から説明を聞く中学生)

「港を語る」は2006年から5年計画でスタート。本年度は07年5月17日にスタートし、今回は12回目。3月末までに20数回開催する予定だ。24日は横浜市立岡津中(泉区)の2年生6人と希望が丘中(旭区)の1年生4人の計10人(全員男子)が港湾カレッジを訪問、同校を紹介したビデオや日本の海運を紹介したDVDを見た後、敷地内の実習用広場で教官からフォークリフト、移動式クレーン、ショベルローダーの運転方法の指導を受けた。

      
     


                        港湾用機械の実習を受ける中学生

移動式クレーンの運転では、教官が「慣性の力を意識し、最初はゆっくり回すように。慣性という理科の力を生かすことが大事、理科の勉強をしてください」という注意を受け、教官と一緒に乗り込んだ。教官に手を取られて運転した後の感想は「面白いけど、ハンドル操作は思ったより難しい」。


*動画はコチラ




理科が得意だという2年生の一人は、フォークリフトの操作を終えると、「こんな仕事があることは知らなかった。僕も港の仕事をしたいと思います」と話していた。港湾用機械の操作後、中学生は屋上から横浜港を見学、コンテナ群が並ぶ姿に「物流基地」としての側面を持つ横浜港に驚いた様子で、これまでなじみがなかった港湾の仕事に強い関心を示し、港湾カレッジの教官たちも「また来てね」と声を掛けていた。
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氷点下でも作業所は温かい 改修終えた旭川の「ひまわり」 [2008年02月05日(Tue)]


清潔な作業場で野菜を加工する「ひまわり」のメンバー

氷点下の厳しい冷え込みが続く北海道・旭川で、22人の障害者が肩を寄せ合うように野菜の皮むき作業に取り組んでいる。NPO法人「恵生会」(相蘇實理事長)が運営する「ワークハウスひまわり」だ。作業場は清潔で明るく、玉葱、ジャガイモ、カボチャなどが次々と、丁寧に加工されていく。

野菜の皮むきや洗浄は根気のいる仕事だ。しかし「ひまわり」のメンバーは、粘り強い取り組みでしだいにやり方を習熟し、いまでは給与の平均が2万5000円という、就労継続支援(非雇用型)の地域作業所として立派に事業を成立させている。障害があっても、むしろ根気強く作業するという障害者の力を引き出した成果だ。(写真:退職後の人生をフル稼働している相蘇理事長(右)と妻の愛子さん)

「ひまわり」の歩みは、相蘇理事長の「退職後人生」と重なっている。40年間の教職を勤め上げた相蘇さんは、それからの時間を福祉に関わろうと、福祉施設の指導員になった。しかし間もなく、自ら障害者の職場を作ろうと決意した。きっかけは、自分が就職を斡旋した障害者たちが、職場で「一緒に昼食をとるのは嫌だ」と言われたことだった。
心ない言葉に自らも傷ついた相蘇さんは、「それならば」と発起したのだが、それからが大変だった。野菜加工に一緒に汗を流して事業化のめどをつけ、NPO法人として地域共同作業所の運営を認められた。6年が過ぎ、気がつくと仕事も通所者も増えて作業所が手狭になっていた。新しい施設が必要になったのだ。

     
       
  
     
(左)冷え込んだ日もブーツで通勤して来る  (右)玉葱の皮むきは、根気が必要な作業だ

グループの支援を続けてくれる市内の「もやし製造商店」から空き倉庫を借り受け、大規模改修に踏み切った。相蘇さん自身の皮むき給与を全てつぎ込み、日本財団からの助成も受けて、総工事費1700万円の改修、設備更新である。思い切った投資であったけれど、職場が明るくなり、作業スペースが広がって快適な休憩室も確保できた。

「ひまわり」は能率給という考えは採らない。仲間で楽しく働いて丁寧な仕事をする、それが目標だからだ。雪が降っても冷え込んでも、みんな防寒具に身を固めて通ってくる。午前9時から午後4時半まで、2人の職員といっしょに立ったまま丁寧に野菜の皮をむく。新しい作業所で能率が上がってきただけに、追加の注文が欲しいほどだ。

相蘇さんは72歳となり、「もうそろそろ身を引きたい」との思いがある。しかし事務・会計担当の妻、愛子さんは「みんなが安心して暮らせるグループホームを作ります」と宣言、引退は全く考えていない。大規模な福祉法人と比べたら、夫婦手作りの家族のような作業所である。維持運営は厳しいけれど、冷え切った外気に負けない温かさに満ちている。(写真:黄色とオレンジの「ひまわり」の看板を掲げたワークハウス)
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クイズ大会優勝の中国学生沖縄訪問 戦争は残酷と感想 [2008年02月04日(Mon)]


ひめゆりの塔を見学する学生たち

日本の知識を競い合うクイズ大会で優勝した中国の学生が1月24日に来日、東京で日本の大学生と交流後沖縄を訪問、沖縄戦のシンボルともいえる「ひめゆり平和祈念資料館」などを見学した。学生らは「また日本を訪問したい」という言葉を残して31日、関西空港から帰国した。

このクイズ大会は、中国の大学に日本の図書を贈る「教育・研究図書有効活用プロジェクト」の一環として、日本科学協会日本財団の支援を得て実施しており、4回目の昨年は9月に華東地域、吉林省、黒龍江省で3つの大会を開催した。大会で優勝したメンバーと司会者計22人は副賞として日本に招待され、団長の張鳳傑・佳木斯大学外国語学院院長ら4人の引率者とともに来日した。

一行は25日には日本財団の笹川陽平会長を表敬訪問し「好奇心を持ち続け、日本をよく知る人になってほしい。研修期間を楽しく有意義に過ごしてください」と激励された。浅草などで慶応、一橋、専修、法政各大学の学生らと交流した一行は、27日に沖縄を訪れた。(写真:笹川・日本財団会長を表敬訪問)

多数の女子学生が米軍の攻撃で死亡・自決した「ひめゆり部隊」の悲劇を伝えるひめゆりの塔・平和祈念資料館では、多くの学生からこうした事実は知らなかったという答えが返ってきた。しかし写真や展示物、ビデオで若者が次々に命を落としたことを知り「戦争の犠牲になった人のことを思って涙が流れそうだった」(長春師範学院4年金梅花さん)、「戦争は悲しくて残酷だ。小さな子どもまで犠牲になったなんて」(佳木斯大学4年朴美玲さん)など、犠牲になった女子学生を悼む感想が聞かれた。

      
  


テレビ局のインタビューを受ける朴美玲さんと金梅花さん

「首里城跡」として世界遺産に指定されている首里城では「北京の紫禁城に似ている。沖縄は中国と雰囲気が似ていて親近感がある」との声も出ていた。万座ビーチホテル前の海岸では「こんな美しい海を見たのは初めて」と感激し、海に飛び込む学生もいた。一行は沖縄から神戸、京都を回り31日に帰国した。立教大学への留学が決まった南京大4年初延安君のように、日本への留学や日本語を生かした仕事に就きたいという希望が多く、今回の訪問でその思いをさらに深めたようだ。(写真:琉球舞踊の人たちと記念撮影)

(詳しくはコチラ



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