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終末期医療の心のケアとは 大下住職が千葉大で講義 [2010年01月27日(Wed)]

終末期医療や緩和ケアへの取り組みを通じて医療の原点を探る千葉大学の特別講義「いのちを考える」(日本財団の寄附講座)が19日行われ、講師として岐阜県高山市の飛騨千光寺住職、大下大圓さん(55)が登壇、「臨床に生かすスピリチュアルケア」と題して末期の患者への「心のケア」の大切さを語った。2007年にスタートした特別講義は今回で3年目。09年から2月まで15回にわたり、日野原重明・聖路加国際病院理事長(98)はじめ医師、看護師、カウンセラー、哲学者らが人間の尊厳について、学生に語りかけた。(写真:講師の大下さん)

大下さんは、千光寺住職を務めながら高山市内の病院の緩和ケア病棟で末期患者を中心にカウンセリングの活動を続けているほか、名古屋大学や和歌山県立医科大などで臨床の宗教学の講座を持っている。この日の講義で大下さんは、日本人の宗教に対する考え方や死生観に触れ、心のケアの手法について「その人がどんな心の状態にあるのかしっかり聞いて、それに応じた働きかけをすることが基本で、宗教的知識も必要だ」と語った。さらに仏教には「3つの縁」(法縁=大いなるもの、自縁=この世に存在する自分、他縁=他者・動植物すべて)があるが、この3つで「命を生かし、生かされている」と指摘。スピリチュアルケアの道を開くきっかけになったある患者とのエピソードを紹介した。
千葉大の講座風景

1989年に遡る。大下さんは、高山市内の病院で交通事故のため20年間寝たきりの63歳の男性患者に出会った。この患者は首の骨を損傷し、全身がマヒしており、自分でたんも出せない。首から上は正常で目の前のことはすべて理解できるが、言葉も出ない。看護師から眼球で自分の意思を示すことができると聞いた大下さんは、ひらがなの文字盤をつくって、この文字を指しながら会話を試みた。眼球が上を向くとイエスで、動かないとノーというのだ。

講義に集まった学生たち

最初は苦労したが、次第に意思の疎通ができるようになった。あるとき、この患者は大下さんに「死にたい」と訴えた。さらに話しているうちに、「生の音楽を聴きたい」「死ぬ前に家に帰りたい」という希望を持っていることが分かった。間もなく病院内で音楽会が実現した。20年ぶりに自宅に連れて行くと、近所の人たちが集まってきて、幼馴染みのおばあちゃんが「あんた死んだんじゃないの」と笑って交流してくれた。寺にも連れて行き、囲炉裏を見せると、自分の人生を回顧し、帰りには「生きていてよかった。もっと生きたい」と言ってくれたという。この体験を通じて、大下さんは「人間はたとえ障害があり、体が死に向かっていても、心は病気ではないのだ」と思い、このころから心のケアの大事さを考え始めたのだという。

もっと生きたいと訴える患者さん

大下さんは、最後にスピリチュアルケアについて「生死を歩む人のいまに寄り添い、縁の力を最大限に生かし、その人が自己の命・人生を統合しようとすることを助けることだ」と語った。(石井克則)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:16 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
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