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旧出雲街道の小さな村で日本再発見塾 「本当の幸せとは」を考える [2009年11月20日(Fri)]


自然豊かな新庄村

鳥取県境に近い岡山県新庄村で、受け継がれてきた職人の技や伝統、生活習慣を見直すことを狙いにした5回目の「日本再発見塾」(東京財団支援)が11月14、15の両日「まてまて、日本〜本当の幸せとは何か〜」というテーマで開催され、東京はじめ都市部で暮らす約100人が参加、新庄村の自然や人情味を称えた。参加者のなかには、田舎で泊まるのが初めてという若者もいて、住民との温もりのある交流が続いた。
黛まどかさんが開会のあいさつ

新庄村は、かつては出雲と大和を結ぶ出雲街道の宿場町として繁栄した。多いときには3千人がいたが、今では村民は1千人まで減った。林業と稲作を中心とした小さな村で、もち米の「ヒメノモチ」が特産品だ。全国的に市町村が合併した「平成の大合併」でも村の歴史や文化、暮らしを守ろうと、真庭郡内の他の町村が合併して真庭市になったが、この村だけが単独存続を選択した。村には日露戦争勝利記念の桜並木が「がいせん桜」として残され、桜の季節には多くの観物客でにぎわう。

田んぼの中には可愛らしいかかしが

再発見塾の初日は、地元のお年寄りから村の歴史や生活について紹介があり、村で唯一の畳職人であった藤井篤さん(76)は「家によって畳の寸法は違ってくる。職人は採寸して隙間なく畳をはめ込むことに技がある」と畳職人一筋で生きてきた誇りを語った。その後、村の暮らしを肌で感じてもらおうと「宿場町の営み」、「森と暮らし」、「食のつながり」の3班に分かれ村を散策した。

食のつながりの講師、坂本さん

「食のつながり」で講師を務めた坂本英雄さん(74)は、「今の農業は苗、肥料、機械を買い、自分たちで作ることをしない農業だ。昔は牛を飼い、餌となる草を刈り、牛の糞尿を肥料とし、人は自然の中で生きていた」と農作業の今昔を指摘した。夕食交流会では地元の食材を使った料理が振る舞われ、参加者は村民の家にホームスティし、おしゃべりなどをして秋の夜長を楽しんだ。

昔は牛も家族の一員だった

2日目は俳人で、この催しの呼掛人代表の黛まどかさんと上野誠奈良大学教授が進行役になって「短歌と俳句」で愛を表現する古来の恋愛遊戯である歌垣が行われた。「いつまでも ひかり降り注げ 山里に 村のしあわせ 照らす光と」と新庄村をテーマとした問歌もあり、参加者は村での思いを歌で答えた。この催しについて、秋田県から参加した女性は「不便さ、大変さが人の心を育てるのだと実感した」と村で過ごした2日間を振り返り、宿泊を受け入れた新庄村の男性は「田舎の人は都会に関心を持つが、都会の人が田舎の生活を見ることは少ない」と、交流の大切さを訴えていた。(福田英夫)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:23 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0)
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