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中国ハンセン村が交流の場に 日本人活動家がコーディネート [2009年04月15日(Wed)]


村に住む人々と学生たち

かつて30万人を超すハンセン病患者の存在が指摘された中国。1998年、制圧が宣言されたものの患者の隔離治療施設「ハンセン病村」が現在も全国で600以上残る。春を迎えた3月、広東省仏山市のハンセン病村を訪問すると、回復者と学生が家族のように交わる姿があった。交流を通じて差別を乗り越える新たな動きで、陰には現地で学生のワークキャンプをコーディネートする日本人の活動があった。
この日本人は地元のNGO「家 JIA」の代表を務める原田燎太郎さん。神奈川県平塚市出身で早大在学中、ジャーナリストを志望。「自分の心の内に差別意識があったら記者にはなれない」と卒業後の2003年、中国のハンセン病村に住みつき、地元の中国人学生にワークキャンプへの参加を呼び掛ける一方、JIAを組織した。妻の蔡潔珊さんは学生時代に原田さんの運動に共鳴、中国に住むことなどを条件に両親から結婚を認めてもらったという。長女も生まれ、回復者や学生に原田さんの名を出すと「うーん、彼は本当にいい奴だ」と皆が声をそろえた。(写真:原田さん)

訪問したのは仏山市の高明譚山康復村。1956年に政府が建設、近年、施設は一新され46〜97歳の回復者95人が暮らす。女性は20人。現在は地元・高明区から月280元(約4千円)の生活補助が支給される。村の横にある池で捕れるフナやそう魚、コイは全員の共有。すぐ近くのピーナツやジャガイモ畑を耕し、村外に“出稼ぎ”にも行く元気な回復者もいる。(写真:大象さん(左)と麦引さん)

訪問したのはたまたま土曜日で地元の広東商学院、華南農業大学の学生11人が村を訪れていた。庭に食卓を並べた即席の卓球台で村の“卓球名人”の男性回復者と男子学生が交流試合。周りを囲んだ回復者から盛んに声援が飛ぶ。傍らでは学生と老人が肩を組んで談笑し、集会所では村人がにぎやかにマージャン卓を囲む。一人っ子政策時代の学生には普段、得難い体験や話も多いようで、「大象」の愛称で親しまれる広東商学院の女学生・黄蕾さんは「何かをお手伝いするというより、私たちがいろんなことを教えてもらっている」と語った。(写真:卓球大会)

ハンセン病回復者の世界ネットワーク「IDEA(アイデア)」の中国支部として日本財団の支援も受け、雲南、四川、江西、広東の4省を中心に活動する「漢達康復協会(HANDA)」のマイケル・チェン事務局長は中国では現在も毎年1300人前後の患者の発生があるとしたうえ「隔離政策で根付いた偏見、差別はまだまだ大きい。JIAなどと広く協力して村の中と外の交流をさらに広げたい」と語った。(写真:チェン事務局長)(宮崎正)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:14 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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