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「ライバルには負けないぞ」 競艇新人選手の岡村君 [2009年03月30日(Mon)]


競艇選手としての抱負を語る岡村君

「先に競艇選手になった幼友達には負けたくない」と、友人にライバル心を燃やす若者が今月20日、福岡県柳川市の日本モーターボート競走会やまと競艇学校を卒業した。福岡県出身の岡村慶太君(21)で、22人(うち女性3人)の第104期の同期生とともに1年間の訓練期間を終えた。岡村君は5月の若松競艇場(北九州市)のレースでデビューする。
岡村君には、2008年5月に引退した元競艇選手の伯父がいる。さらに、幼稚園から小学校、中学校まで仲良しだった友人の西山貴浩君(97期)が競艇選手になったことで自分も同じ道を歩みたいと思うようになった。だが、親に反対されることを恐れ、なかなか言い出せないまま高校を卒業し、医療関係の専門学校に進んだ。競艇学校は入学時21歳未満という年齢制限があるため、専門学校を出た後では間に合わないと、思い悩んだ末競艇への思いを親に打ち明けたところ、あっさりと賛成してくれた。伯父も甥が同じ道を進むことに喜んだという。(写真:104期の訓練生たち(やまと競艇学校提供))

高校まで野球をやっていたという岡村君。競艇学校での生活はどうだったのだろうか。「肉体的にはついていくことができたが、精神的にはきつかった」という答えが返ってきた。しかし卒業後、競艇選手として1人立ちすることには「どこまでできるか試したい。自信はあります」と言い切った。競艇学校では両親たちが見守る中で卒業記念レースを行うのが恒例だ。岡村君も自信を持って19日のレースに臨んだが、決勝には残れず、勝負の厳しさを味わった。(写真:チャレンジ賞をもらった訓練生)

競艇で神経を使うのはスタートだ。フライングをすれば1発で失格となるが、スタートの善し悪しがレースを大きく左右するからだ。岡村君も学校生活で一番うれしかったのは、訓練生のリーグ戦でようやく7回目で全員のスタートがうまくできたことだという。だから、現在在籍する105期生やこれから競艇選手を目指す後輩たちに「スタート練習を1本1本集中してやった方がいい」とアドバイスする。それは、自分への戒めでもあるようだ。現在105期生もスタート訓練を始めており、学校では難しいスタートをこなした訓練生に「チャレンジ賞」を与えて励ましている。(写真:岡村君と同期の竹井奈美さん、大野係長(真ん中))

岡村君のデビュー戦は5月6日から11日までの若松競艇だ。競艇学校養成課で104期生の担当の大野伸一係長は「無事故で走ってもらいたい」と、教え子のデビューを心待ちにしている。闘志を内に秘めたタイプの岡村君がライバルに対抗できる日はそう遠くはない。(写真:「礼と節」の額がある食堂での食事風景)(石井克則)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:16 | 総合 | この記事のURL | コメント(0)
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