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日本人の証求めて16人来日 比残留2世 [2008年07月17日(Thu)]


記者会見にのぞむフィリピン残留2世ら

戦前戦中にフィリピンに移り住んだ日本人男性の子として生まれ、戦後現地に取り残されたフィリピン残留2世ら16人が15日、一時帰国した。フィリピン残留2世の集団帰国は2005年以来3回目。就籍による日本国籍の取得を目指し東京家裁の調査官との面接に臨むほか、上智、早稲田両大学での講演会に出席して残留2世が置かれた厳しい現実を訴える予定だ。

一行はアンティケ州に住むアブラハム・ナカさん(75)=日本名・仲治男=ら男性7人と女性9人。タルラック州のコンチータ・ティンボルさん(82)は日本人1世の妻で障害者の2世の代理として参加した。全員が日本国籍の取得に向け東京家裁に就籍の申し立てをしているが、ダバオ市のグロリア・セキニアさん(64)=同・外薗キク=は「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC、東京)の調査で父親の外薗秀雄さんの出身地である鹿児島県に住む親族が確認されている。(写真:日本語で心境を語るナカさん)

一行は15日午後、成田に到着、衆議院第1議員会館で会見に臨んだ。席上、就籍事業を全面支援する日本財団尾形武寿理事長は「高齢を迎えた残留2世には時間がない」と国会の協力を要請、これを受け、このほど発足したフィリピン残留日本人問題等特別委員会の中山太郎最高顧問は「最大限、力を貸していく」と答えた。

次いで16日には親族との対面のため鹿児島を訪問した外薗さんを除く15人が日本財団を訪問し、笹川陽平会長は「皆日本人の顔だね」と笑わせた後、「引き続き全力で支援する。希望を失わないで頑張ってほしい」と激励。就籍手続きを担当する河合弘之弁護士は、中国政府が発行する孤児証明書を決め手に日本国籍取得手続きが進められた中国残留孤児のケースを紹介しながら「就籍手続きだけでは限界がある。政治の力も必要で協力を求めたい」と語った。(写真:激励する笹川会長)

この後、各2世があいさつに立ち、ラナオデルスル州のアントニオ・キタムラさん(77)は「生きていくうえで一番の困難は差別の存在だった。親戚からも厳しく差別された」と厳しい生活の一端を語り、ダバオ市のイレネア・イッダンさん(73)=同サカガワ・トミコ=は「日本の歌も唄える」と戦前ヒットした「愛国行進曲」を披露し、取材陣からも拍手を浴びた。(写真:日本の歌を唄うイッダンさん)

一行は調査官との面接や講演会のほか都内観光などを交え「父の国」に1週間滞在、21日帰国し、親族の名乗りや就籍の審判を待つ。(宮崎)

*帰国者の詳細なプロフィ−ル(pdfファイル)はコチラからダウンロードできます。

*サカガワさんの歌など記者会見の動画はコチラ(2:31秒)

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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:20 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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