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「物乞いから地主へ」 ハイデラバードのハンセン病コロニー [2008年02月20日(Wed)]


コロニーの子どもたちと笹川会長

インドのIT都市として知られるハイデラバードの郊外、大きな岩が散在した砂ぼこりの舞う荒地の奥に入ると、賑わいのある一つの村がある。パルバティナガールコロニーと呼ばれるその村は、「物乞いから地主へ」を合言葉に、多くのハンセン病回復者が自立して暮らしていることで有名な定着村だ。コロニーには、ハンセン病の患者や回復者約600人を含めた8000人ほどが生活している。日本財団笹川陽平会長一行は、1月31日にこのコロニーを視察し、回復者ら住民を激励した。(写真:パルバティナガールコロニーの路地)

インドではハンセン病回復者の多くが物乞いをしている場合が多いが、ここではそれぞれが仕事をもって生計を立てている。人力車夫や電話貸業、八百屋や肉屋などだ。なかには、複数の家を貸すことで家賃収入を得ている家主もいるそうだ。笹川会長はアイロン屋を営むディ・バイアさん(49)宅やウィ・ラパーさん(50)の駄菓子屋などを訪問した。駄菓子屋では、子どもたちに人気のお菓子や、卵、ミルク、タバコなどを販売し、1日に約300ルピー(日本円で約800円)の売り上げがある。30年前に入植し店を始めたコロニー開拓者の一人で、3人の子どもがいる。(写真:駄菓子屋を営むラパーさん)

一方で、障害を持ち、経済的に自立できていない住民もいる。病気の発見が遅れたことで障害が今も残っているジョラ・ビーさん(80)は、発病と同時にパン屋の職を失って25年前にこのコロニーにたどり着いた。視力を失い病状も悪化、職を得ることができなかったが、コミュニティの支援などを得て暮らしてきた。今は4人の孫がいるが、「孫の将来が心配だ」と盛んに話していた。(写真:ジョラ・ビーさん(左)と笹川会長)

コロニーの中でハンセン病を理由にした差別はないという。外部からは差別を受けることがあったが、患者と健常者が一緒に暮らしても病気がうつらないことが分かるにつれて、それも少なくなってきている。ハンセン病患者と健常者が共生するこのコロニーの存在がハンセン病についての正しい知識を伝えたともいえる。笹川会長は「皆さんは貧しいかもしれないが、尊厳をもって暮らしていらっしゃる。このコロニーが世界のモデルとなることを期待している」と住人たちに語った。(写真:コロニーの子どもたち)

(詳しくはコチラ


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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:25 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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