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「までい」の里で日本再発見塾 福島県飯舘村 [2007年11月07日(Wed)]


飯舘村の夕焼け

「までい」という言葉は、福島県北部で使われる「ていねい」「じっくり」という意味の方言だ。食事、育児、仕事にもよく使われる。この「までい」の心を感じ取り、日本の文化や社会の在り方を見つめ直そうと、福島県相馬郡飯舘村(菅野典雄村長)で11月3、4の両日第3回「日本再発見塾」が開催された。各界で活躍する著名人が呼び掛け人(代表・俳人の黛まどかさん)となり、地元の飯舘村や東京財団加藤秀樹会長)が開催に全面協力、全国からの85人と地元の約200人が様々な形で参加、村内の民家に泊まり込んで交流を楽しんだ。(写真:黛まどかさん)

初日の3日は、村立コミュニティセンター「いちばん舘」で地元産の野菜で作ったハンバーグの給食を食べた後、お年寄りが昭和から平成へと移り変わる村の歴史について「電気のないランプの暮らし」(佐藤文良さん)や「17歳で嫁になった」(高野チヨ子さん)などのエピソードを交えて話をした。続いて村内の神社や古い民家、産品直売所を訪問し、村の暮らしを見た。夕方からは福島県出身の料理人、野崎洋光さんらの指導で参加者が地元に伝わる料理づくりに挑戦。でき上がった23にも及ぶ料理(汁、なべ類だけでもだんご汁、どじょう汁、いのししなべなど4種類)を味わいながら夕食交流会をした。この後、参加者は数人に別れて民家にホームスティし、さらに交流を深めた。(写真:民泊先での交流の様子)

2日目の4日は、朝6時半から参加講師の一人でスポーツジャーナリストの増田明美さんとともに乾いた空気の中で地元の人々とともに早朝のジョギングを楽しんだ。この日は会場を宿泊体験館の「きこり」に移し、午前中は俳人の黛まどかさんと国文学者の上野誠・奈良大学文学部教授が進行役になって「短歌と俳句」で愛を表現する古来の恋愛遊戯である「歌垣」を行った。参加者からユーモアたっぷりな作品や感性の高い作品が多く寄せられ、会場は笑いに包まれた。(写真:増田明美さん)

昼食を挟んで参加した講師たち(黛さん、野崎さん、上野教授のほか建築家・佐川旭氏、国文学者・高橋世織氏、エッセイスト・山村レイコさん、養蜂家・藤原誠太さん、香道志野流家元・蜂谷宗苾さんら)が2日間を振り返り返った。この中で黛さんは「までいとは、運命を受け入れながら一日一日を一生懸命に生きることだと思った」と締めくくり、会場から大きな拍手が送られた。飯舘村は福島県北部の標高約400bの阿武隈高地にあり、9月1日現在の人口は6458人。村民の多くは兼業農家。周辺の市町村と結成した合併協議会から離脱し、自立の道を歩んでいる。(写真:歌垣の模様)(詳しくはコチラ
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Posted by 日本財団 広報チーム at 11:41 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0)
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