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大けがきっかけにNPOを設立 石巻で若者支援の高橋さん [2013年05月24日(Fri)]

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スイッチセンダイでは若者のさまざまな相談を受けている

「オフロードのバイクで大けがをしなければ、NPOはやっていなかったでしょうね」と、話すのはさまざまな心の相談を行う「NPO Switch」の理事長・高橋由佳さんだ。レーシングカートのライダーとして社会人生活をスタート、その後障害者福祉に目を向けた高橋さんはNPO活動の輪を広げ、東日本大震災の被災地・石巻で若者を対象にした支援活動を始める。
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モータースポーツが大好きだった高橋さん

高橋さんは仙台出身。少女時代からモータースポーツが好きで1982年にヤマハ発動機に入社し、宮城県村田町のサーキット場でレーシングカートのライダーとして8年間勤務した。結婚を機にヤマハをやめた後、人材育成関係の会社や宮城障害者職業センターを経て、2009年からは東北福祉大のせんだんホスピタルで精神障害者支援の業務をしていた。福祉に目を向けたのは、人材育成関連の仕事をしていた時、こころに不安を持つ若者から相談を受けたのがきっかけで、大学の通信教育などで勉強を始め、精神保健福祉士や産業カウンセラー、職場適応援助者(ジョブコーチ)などの資格も得ている。その一方で、ライダーの仕事をやめた後もバイクに乗る趣味は続けていた。

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スイッチセンダイの手書きの案内表示

2010年6月のある日、オフロードを走っていた際バイクが転倒、左足大腿部を骨折する重傷を負った。3カ月の入院生活を送り、退院後もしばらく車いす生活が続いた。不自由な体を抱えた高橋さんは、足が直らなかったら何をやろうかと迷い、パソコンのインターネット画面に見入った。ネットサーフィンをしているうち、さまざまなNPOの存在が気になった。20代の若者が笑顔で活躍している姿を見て「私は何をやっている。悲観している場合ではない」と思った高橋さんは障害者職業センター時代同僚だった小野彩香さん(統括ディレクター)らとともにSwitchを設立する。大震災直前の2011年3月2日のことだ。

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高橋さん(左から3人目)を支えるメンバー

しかし、この直後に大震災が発生し、高橋さんは、この状況下で活動は無理だと思いNPOの解散を考え、被害が甚大だった南三陸町や石巻市でボランティア活動を続けた。この活動の中で、働くことと学ぶことに特化した支援が必要なことを痛感、この年の6月、精神障害者の就労移行支援、自立訓練を目的にした「スイッチセンダイ」を開設した。

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利用者の心を支える人形の数々

ことし6月からは日本財団も支援して石巻市で「こころが不調な若者を対象にした就学・就労支援」、「高校生と企業をつないだインターンシッププログラム」、「中学校、高校でメンタルヘルスについて教えるこころの授業」を柱にした「ユースサポートカレッジ いしのまきNote」を実施する計画だ。高橋さんは「被災地では仮設に引きこもっている人が少なくない。社会的弱者になる前に社会的つながりをつくる支援をしたい」と話している。(石井克則)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:09 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
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