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比日系2世の本当の数は? PNLSCが再調査 [2013年05月17日(Fri)]

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2世から聞き取り調査する猪俣典弘・PNLSC事務局長(左)
2012年3月、フィリピン・バラワン島で(PNLSC提供)

太平洋戦争終結直後、フィリピンに取り残された日系人2世はどれくらいの数だったのか―。外務省が半世紀経った1995年に行った初の調査結果として約3000人の数字があるが、実態は把握されていない。そんな中、残留2世の国籍取得を支援する「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)では外務省の要請を受け、あらためて全容調査に乗り出している。3年後には一応の“結論”を出す方針だ。
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11年秋、ダバオ市内で調査する金丸友香研究員(同)

フィリピン残留2世は、日本軍の敗色が強まる中、ゲリラの攻撃を避けるため「日本人の子」であることを隠して山中を逃避する生活を余儀なくされ、日本人の父とのつながりを示す写真や資料を失った。さらに初の調査までに半世紀もの時間が経過したことから、2世の死亡や3世ら親族の移住が進み実態把握を一層、難しくしている。

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訪日調査に参加し記者会見に臨む2世(2008年7月)

1995年調査では「フィリピン日系人連合会」(イネス・ウリアリ会長)から2125人(うち1748人死亡)の数字が寄せられ、連絡が取れていない地域も含め「約3000人」の推計値が出された。その後、連合会から「全体で2世は2972人、3世は約1万人」の数字が寄せられ、推計値が定着する形となっている。

この際、うち845人が身元未判明であることも分かり、PNLSCでは日本財団の支援で、死亡した2世らを除いた約400人を対象に就籍による国籍取得を進め、申し立てを行った169人のうち82人が新たに日本国籍を取得。残る200人余について就籍に必要な資料の発掘を急いでいる。

全体で見れば、フィリピン日系人連合会の資料やPNLSCが独自に発掘した資料が入り混じっている部分もあり、あらためて日系人連合会の11支部に協力を要請して新たな2世の発掘を進める一方、既存の名簿の再点検を進めることになった。目下、第一次分として511人分の名簿の点検作業を進めているが、既に181人は故人となっているほか、約半数は連絡が取れない状態。センターの担当者は「時間も経っており難しい調査になるが、少しでも実態に近づくことができれば・・」と語っている。(宮崎正)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:21 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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