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「やちむんの里」でも技術研修 カンボジアの陶工4人 [2012年08月02日(Thu)]

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指導にあたったホソカワさん(後列左)と記念撮影

日本財団が2009年から支援しているカンボジア伝統陶器復興事業の一環として6月16日から一か月間、4人のカンボジア人陶工が来日、窯業の町・栃木県益子町や「やちむん(焼きもの)の里」として知られる沖縄県読谷村で技術研修を受けた。事業開始当初から指導に当たっている益子町の陶芸家・岩見晋介さんは「4人は益子で一人一人の作家からしっかりとした技術を教わり、沖縄では陶工の人となり、生活環境、風土を肌で感じ取ったようだ」と研修成果に期待を寄せた。
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真剣な眼差しで作業する研修生たち

来日したのは良質な土が取れる陶器の産地、コンポンチュナン州オンドンルッセイ村のソッキーさん(29)、ソカさん(27)、ナラーさん(27)とメイッさん(25)の4人。伝統陶器復興事業ではカンボジアに伝わる陶器作りの技法に日本の技術を取り込み、新たな陶器文化の構築を目指しており、益子町では陶芸家ホソカワカオリさんの陶房で筆を使った絵付けの技術指導を受けた。カンボジアには筆を使う慣習がなく初めての体験。研修生のナラーさんは「国に帰ってもデザインに活かせそう」と手応えを語った。

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読谷山焼北窯のメンバーと一堂に

読谷山焼北窯での研修は一週間。伝統陶器復興事業で沖縄研修が行われるのは初めて。読谷山焼北窯には50を超す窯元があり若い陶工も多数働く。最終日には研修生がオンドンルッセイ村で盛んな土鍋作りの成形を披露。ろくろを使う代わりに陶工が自ら台の周りを回って大型の土鍋を完成させると、北窯のメンバーからも盛んな拍手が起こった。

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ろくろを使わず、自分が回って成形

カンボジア伝統陶器復興事業は2009年10月にスタート。同国の伝統的釉薬陶器であるクメール焼は9世紀末に初めて作られ、12~13世紀にアンコール王朝(クメール王国)の繁栄とともに最盛期を迎えた。しかし、王朝が衰退するにつれ釉薬陶器作りの文化は途絶え、現在は釉薬を使わない素焼きの陶器が作られている。

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出来上がった土鍋。さらに微調整する

カンボジア伝統陶器復興事業ではコンポンチュナン村に日本人陶器専門家を派遣、陶工らを技術指導する一方、今回のような訪日研修も行っている。岩見さんは研修の全日程に同行し「自分たちの力で焼き物の産地を作る目標に向け、今回の研修で学んだことを活かしてほしい」と語っている。(立石大二)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:02 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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