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ロシア、ウクライナの施設を初訪問 制圧特別大使として笹川会長 [2012年07月25日(Wed)]

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アストラハン研究所

WHO(世界保健機関)のハンセン病制圧特別大使を務める日本財団笹川陽平会長は6月下旬から7月上旬にかけ、ロシア、ウクライナのハンセン病研究所や療養所を訪問した。笹川会長が制圧特別大使として両国のハンセン病関連施設を訪ねるのは初めて。両国とも患者・回復者数は予想以上に少なく、笹川会長は「ロシア、ウクライナを含めた広大な旧ソ連地域で、まだ調査の行われていない地区がないか、引き続き注視する必要がある」と感想を述べた。
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アストラハン研究所内で暮らす回復者夫婦

最初に訪れたアストラハン研究所はロシア最大の国立ハンセン病研究施設。ロシア南部のカスピ海に近いアストラハンの豊かな自然の中にあり1948年の創設。医療施設が併設され、入所、通所を合わせ約50人の回復者が利用しており、ハンセン病による障害のほか加齢に伴う各種疾患についても治療を受けている。ロシア国内のハンセン病の現状についてビクトール・ドュイコ所長は「今年初めの段階で382人の患者が登録されているが、すべて病気が治癒した回復者で、ここ3〜4年、新規患者は見つかっていない」と説明した。

研究所を訪れていた74歳の女性は、10歳の時にハンセン病を発症。アストラハン研究所で治療を受け、現在は研究所と30キロメートルほど離れた小さな村にある自宅を行ったり来たりする生活。今回は1ヶ月ほど研究所に滞在して健康チェックを受け、娘とともに暮らす自宅に戻るという。「ここではお医者さんや看護師さんが非常によくしてくれる」と笑顔を見せる一方で、「研究所の外に出ると差別を感じることもある」と顔を曇らせ、なお根強い偏見が存在することをうかがわせた。

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クチュルガン・ハンセン病療養所

一行は、この後、ウクライナの港町オデッサに移動。黒海に面したこの町から約2時間、視界いっぱいに広がる田園風景の中を車で走ると、クチュルガン国立ハンセン病療養所に着いた。緑豊かな果樹園に囲まれ、周りを住民がペットとして飼う猫たちがのんびりと歩く。静かな所内でユリ・リバック副所長は「療養所が設立された1945年から現在までに約300人が入所してきた。しかし今は12人しかいない」と語った。

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花や果物に囲まれた回復者の家

所内で会った40歳代の男性はカザフスタンの出身。1984年からこの地で暮らすが、それ以前はロシアの療養所にいたことも。「年金を受け取り、衣食住に不足のないここの暮らしに満足している。しかし家族との関係は随分前に途絶えた」と、日本人によく似た顔で言葉少なに語った。

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美しいオデッサの近郊

ハンセン病患者や回復者は旧ソ連邦時代、連邦共和国の国境を越えて都市部から離れた療養所などに集められた。多くが高齢を迎え、今回訪問した両施設のように、自然に恵まれた環境の中で余生を送っている回復者も多いようだ。しかし患者・回復者の実態や新規患者の発生状況は今ひとつはっきりしない、とも指摘されている。(谷優子)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:06 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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