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放火事件でコロニーの少年死亡 現地インド・ビハール州を訪問 [2010年05月10日(Mon)]


ピプラ・ハンセン病コロニーの住人

日本財団の笹川陽平会長は4月13日インド北部のビハール州を訪問、今年1月に放火事件でハンセン病回復者の子供が死亡したとされるピプラ・ハンセン病コロニーを視察した。
これに先立ち同州のヤダヴ保健大臣とも面談、州内のハンセン病コロニーに住む回復者への年金支払いについて前向きの回答が示され、5月10日に再度ビハール州を訪れ、州政府と回復者の交渉に立ち会うことになった。
問題の火災は昼過ぎに発生、13世帯22人が住むコロニーの家屋4棟が全焼し、焼け跡から少年の焼死体が見つかった。少年はコロニーに住むパーンディットさんの長男で、夫妻と弟は出火当時、屋外におり無事だった。40度を超す昼下がりの強い日差しの下、コロニーを訪れると、道路脇に茅葺屋根の家がぽつぽつと並び、火災後、建て直されたパーンディットさんの家の8畳一間ほどの狭いたたきには焦げた跡が残り、家のすぐ後ろの木も黒く焦げていた。
茅葺屋根の家が並ぶ

「火はあっという間に広がり、ここで昼寝をしていた息子は逃げ遅れた」。パーンディットさんは家族4人が写った写真を握り締めながら語り、一行を案内した回復者組織ナショナル・フォーラムのメンバーであるダッタさんは「火をつけたのはこのあたりの地主ではないか」と語った。
 
火災の焦げ跡                       ダッタさん

ダッタさんは「近隣の地主が土地を売却するためコロニーの住人に立ち退きを強要し、応じない住人を殴ったこともある」、「この土地は20年前に政府がハンセン病の回復者に与えた土地で、われわれは違法に住んでいるわけではない」と声を震わせながら付け加えた。事件後、ダッタさんらナショナル・フォーラムのメンバーが道路を封鎖して州政府に犯人逮捕と少年の家族への補償金を求め、犯人逮捕に至っていないものの家族には補償金として10万ルピー(約20万円)が支払われた。
笹川会長と懇談するコロニーの住人ら


ナショナル・フォーラムは2005年に日本財団の支援で発足した。強い差別と偏見の中でコロニーの子供は学校にも行けず、今回のような悲しい事件も起きているが、その一方で補償金の支払いは、回復者組織の運動が着実に力を付けていることを意味し、偏見や差別に耐えるのがすべてだった以前とは様変わりしつつある。

また、ヤダヴ保健大臣が笹川会長との面談で示した年金に対する回答は、ビハール州に52あるとされるハンセン病コロニーの全住人約4000人への支払いが可能との内容。年金額やその支払い方法などについてナショナル・フォーラムと州政府が笹川会長の立会いで5月10日に話し合うことになった。(富永夏子)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:44 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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