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NPO法人 京都子育てネットワーク   !!情報発信部!!

子育て中のみなさんも、そうでないみなさんも、一緒になって育ちあいましょう!



ギュッ [2010年02月05日(Fri)]
小四の次女は朝一番、私にギュッと抱きついてくる。
いつの頃からか忘れたけれど毎日の習慣になっている。
バタバタしていて出来なかった日は、忘れ物をした気分で一日を過ごす。
四人兄弟の末っ子の彼女は反抗期真っ盛りの上の子達の中で、
決して穏やかではない日々を過ごしてきた。
けれどいつも笑顔を絶やさずにいるのはこのお陰かなと思う。

明日から三日間臨海学校に行く彼女に、
小さいお子さんをおいていかれる担任の先生をギュッしてあげてな
と声を掛けた。
あなたに抱きしめてもらって私はいつも元気になれるんだよ。



           2009年7.8月号 No,73より 
姑の気持ち!? [2010年02月05日(Fri)]
 小学3年生の下の息子には,1年生の時から気になっている女の子がいる。
少し前のことだが,息子が左腕を骨折してしまい,登下校の時,子どもの荷物を持って
送り迎えをしていた。

 そんなある日の放課後,息子の好きな女の子が微妙な距離で話しかけてきた。
・・・しばらくの沈黙の後,息子の口から出た言葉は「お母さん帰り。」だった。
「わざわざ,迎えに来てるのに!」「家では,まだまだベッタリなくせに!」
ランリュックだけを持って家に向いながら,義母の気持ちがちょっぴり分かった気がした。


          2009年5.6月号 No.72より
文字は教えるもの? [2010年01月08日(Fri)]
 最近は幼稚園を選ぶ基準に「文字をしっかり教えてもらえるかどうか」という項目が目立つようになってきていると感じています。そこで、我が家の子どもたち(長女中2、長男小5、二男小1)はどうやって文字を覚えたのか、幼児期を振り返ってみると・・・
 子ども達は朝から晩まで遊ぶ毎日でした。座って学習する幼稚園へは行かず、遊びを通して一人一人の成長に合わせてカリキュラムを作ってかかわってもらえる園だったので、当然、文字を大人から教えられるということなく育ちました。でも、長女は友達との手紙交換や、先生の手紙配布の手伝いを通して文字を覚え、入学時には大方読み書きができ、6年の時には感動体験の作文が学校の代表に選ばれて、大きなホールで発表をする体験をしました。二男は親が知らないうちに文字に興味を持ち、知っている文字をいっぱい並べて書いていてびっくりしたこともあります。最近は逆さ字、鏡字もなくなりました。
 さて、長男は全く字に興味がなく、遊んでばっかりだったのですが、年長のバレンタインにもらったラブレターの「す」「き」だけを覚え、自分の名前も全部は書けずに入学しました。でも、6月の終わりには数字もひらがなも全部覚えていました。最近は学級で壁新聞を作ったり、クイズを作ったりしています。
 文字は成長と興味に応じてすぐに獲得できることを三人を見てきて実感できました。そして幼児期にいっぱい遊んで身につけた集中力や豊かな想像力と、今もたくさんの友達と元気に遊ぶパワーに感動しています。

        通信 2007年7.8月号 No.61より
子どもの成長を祝う [2009年12月30日(Wed)]
末っ子は今年12歳。十三参りをした。
嵐山にある法輪寺へお参りに行って厄払いをし、知恵を授けてもらうのである。長女二女のお参りを見てきた末っ子は、その日をとても楽しみにしていて、髪を伸ばし、着物を選び、何より食事会のメニュー選びに余念がない。
そして当日、夫が髪を結い上げ、夫の母が着物を着せ、私が化粧をして、両家の祖父母も揃ってお参りの後は食事会。
慣れない着物は辛くないだろうか、乗り物酔いは大丈夫だろうか・・・
そんな心配をよそに、総勢9人の思い出に残る一日は無事に終わった。

末っ子が小さい頃の夫は忙しく、特に3〜4歳の頃は仕事の都合で東京やら海外に行っていて、週に1度帰れたら良い方だった。そのせいなのか性格なのか、末っ子はあまり父親と関わらない、仲が悪いわけでも嫌いなわけでもない。関わり方がよくわからないのではないかと心配もした。
それが十三参りの後、末っ子が夫に直接頼みごとをしていたり、二人でジュースを作って大騒ぎをしていたりと、普段あまり見ない光景をよく目にするようになった。
確かに十三参りの後、末っ子の笑顔はいつもより多く見られ、いつもよりよくしゃべっていたので、家族みんなにお祝いしてもらったことをとても喜んでいるとは感じていた。節目節目のお祝いは大切だなぁと改めて思っていたのが、それだけに留まらず、小さい頃にあまり経験できなかった父親との関わり方をも、今回のお祝いによって取り戻してくれたのだろうか。それとも、末っ子の納得のいく形で愛情が伝わり、変な遠慮や恥ずかしさがなくなったのだろうか。どちらにしても思わぬ嬉しい出来事である。

      2007年5.6月号 NO.60 より抜粋