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不連続な歩き

似て非なる俳句 気まぐれなカメラ つぶやきなど 
とつとつとですが書けたらと 思っています。


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黄昏 [2013年04月18日(Thu)]
テクスチャDSC_0220.jpg

                    01/30(水) 
DSC_0203.JPG

                   01/30(水)
                   古都の杜
DSC_0210.JPG
                  
                   03/08(金)
                  田道のたそがれ
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                  節分の日の薄暮
 自分では根暗ではないと思っています、が、
黄昏、夜道、あけぐれなど、陽気の反対側にも
関心をしめす、不良の老人です。

沈む陽の径が大きく変わって来ましたので新しく
カメラポイントを探さなくては !!
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裸木 [2013年02月13日(Wed)]
DSC_0240.jpg


   健康のために歩くことにしています。

   平地ばかり歩いていると、ビルなどの階段が
   脚にきつくなって来たので、団地の外周を歩く
   事にしました。

   20数年見なれた団地の夕景色もまた捨てた
   ものではないと気付き、切り取ってみました。


夕景色.jpg

  
   時間は日没前後で、歩いて戻ってから夕食を
   食べていましたが、テレビを見ていたら、空腹
   時に歩くのはいちばん良くないと言っていまし
   たので、なにか少し胃に入れてから歩いていま
   す。

   沈んで行く日輪も左の木の下方に見えています。
冬雲 [2013年01月23日(Wed)]
DSC_0159.JPG


小鳥の森を久しぶりに散策しました。

総合グランドのはづれから東に向いて撮った
一枚です。

画面の一番奥に霊山くまやまが遠くに見え、
打ちっ放しのゴルフ場のネットが淡い景色に
さらに淡い網を空の裾にかけていました。

総合グランドは平日の午後人影はなく雲の祭典
のような美しい空がでていた。

私は、煙草なく米なく出でて冬空美し、と詠った
薄幸の俳人のこの句を思い出していた。


DSC_0176.JPG
注連 [2013年01月16日(Wed)]
ブログアップ.jpg


団地には夏祭りや地域の秋祭りはあるが、
とんどの行事は無い

誰もその事については何も云いません。

私も何も聞きません。

しかし正月の注連は各戸飾ってあるし
近年は色々新しい注連が氾濫してきて
いるが。

とんどの行事がないと、注連の後始末が
できない。

可燃ゴミの日にゴミと一緒に出すのには
抵抗があるので、我が家ではうちはの
とんどをしています。

少しの注連はそのままでは燃えてくれません。

よくよく解してから燃やします。

今年は素焼きの植木鉢の一番大きいサイズ
の物を使って焚きました。

私の生まれた地方ではとんどの灰を家の周り
に撒いてをくと火難を免れるといいます。

燃えた藁灰を今年も家の周りに撒いた。

藁の形が残ったままの炭化した灰はふんわりと
して、灰になっても艶ややかだった。

観劇 [2012年12月05日(Wed)]
 −説教節山椒太夫より−

 前進座不朽の名作が市民劇場11月公演でやってきた。

劇団前進座とは1931年5月22日に、中村翫右衛門、河原崎長十郎、河原崎国太郎らを中心に創立。
「その収入によって座員の生活を保障しつつ、広汎な民衆の進歩的要求に適合する演劇の創造」をめざし、歌舞伎から時代劇、現代劇など幅広いレパートリーを上演し続けている。

 2011年に創立80周年の節目をむかえた。

少し長くなったが前進座とはの紹介文をそのまま引用しました。

交流会

出演の小林祥子さん・柳生啓介さんを迎えて10月18日に西大寺
市民劇場事務所でお話をききました。

私は歌はうたいませんと、前置きして、歌手の小林祥子さんと,同姓同
名である事や、生い立ち、前進座での現在に至るまでの自己紹介の
あと、説経節 さんしょう太夫が前進座の代表作品になるまでの話し
などされた。

能の舞台に登場して舞台の端を三角に歩くのは、歩いてきたことをを
表現していますと言われる。

子さんの口から話しが固くならないように柳生さんとジョークを交え、
皆んなを笑わせながら解説や、観劇のつぼを素養のないものにも判る
ように随所に気を遣うかたわら,舞台が育てた哲学のようなきびしい説
得力がある、いい話を聞きました。

柳生啓介さんは岡山出身、ゆたかな声量でいきなり説教節をうたいな
がら登場。

自己紹介やさんしょう太夫の作品の価値が非常に高いこと、日本の宝
でもあると評価し、演劇の現状が今日のきびしい時代にあること、我々
が絶やしてはならないことなど、市民劇場の応援をねぎらい、継承につ
いて所信を始終熱ぽく語ったあと、皆んなで交流会をもった。

観劇

11月15日に西大寺市民劇場で観劇しました、席も前の方で、ラッキ
ーでした。

入って行くと偶然従兄弟の従兄弟に声をかけられ驚きましたが、挨拶
を交わしただけで人の流れに従って行きちがひました。

開演と同時に舞台一杯に広がる、説教節の、毛筆の行が、晴夜の色
とでも言うか、うすいコバルトの照明に白抜きで文字がくっきりと浮か
び出て、異形の説教師達が大勢うたいながら登場し、二手に分かれ
消えたり現れたり文字の行間をたどるのが見える。

毛筆のそれぞれの行は開いたり閉じたり、揺らぎ、透けして、漂白の
説教師たちの来た道を舞台の上で目に見えるように演出されている
ことがわかり、小林さんの解説の声が耳によみがえった。

ゆたかな声量と抑揚で満ちて来るような声が説教節の主律をなし、
少し声を落とした、大勢がそれに唱和してうたう。

高い声の主は先日聞いた柳生さんの声と思って聞いた。

観劇の経験の浅い者が劇については語れませんが、創作にしろきわ
めて早い時代の貴主流離譚ではないでしょうか。

今回出演されたお二人を迎え前もって、聞いた話しはこれからの私
のなかの観劇の肥やしにきっとなることでしょう。


さぎ草 [2012年12月05日(Wed)]
サギソウ−6.jpg




さぎ草

     さぎ草は相性のよき手を育て

さぎ草の句を毎年作りますが、感性も実相を観照する眼に
もほど遠くただ花を楽しんでいます。

写真は、夜部屋の中で撮ったもの。

俳句も、写真も捨てがたいものになる、魔法の呪文があれ
ばよいのに!!


尉鶲 (じょうびたき) [2012年11月23日(Fri)]

今年も屋後に尉鶲がやって来て、山の団地に
冬の到来です。

鶲の胸のあたりの焦げ茶色のせいか、亡くなっ
た俳優の藤田誠の晩年の当たり役を、つい思
い出してしまう。

昨日も向き合って二メートルも離れないで、む
らさきしきぶの実をついばむ、

私が体を動かしてもおどろかない、周りを枝移
りしながら飛ぶさまは、まるで人懐かしげにさ
え見える。

買い物など負の面も多いが、それだけ自然に
取り巻かれ、備前の里山は確かに小鳥が多い
、鶯など北部では考えられないほどたくさんい
る。

いくら三名鳥の声でも過ぎたるは及ばざるが如
しになって、私には他の小鳥の方が好ましい。


作者名を失念しましたが心に残る小鳥の歌を
紹介します。

  山に住み山の小鳥の名も知らず
           何に忙しく生ききし我か

何年も前に読んだ歌で頭のなかで文字化けして
いたらお許しください。

書写山円教寺 [2012年11月21日(Wed)]
 
  
書写.jpg



朝からあっちこっち歩いて午後の
日も大分傾いてから、書写にのぼった。
計画してもその都度いろんな事情で、
果たせなかったので、書写は今回初めて
でした。

杉間の木洩れ日が紅葉に射していたり、
尾根の黄葉が夕日を孕んでいたり、
そこだけ研ぎ出されたようなもみじ、
など。

場所、時、所がら秋の三彩を存分に楽しめ
ました。

   稜線のもみじの中の夕日かな


淡路洲本温泉 [2012年11月14日(Wed)]


洲本温泉三階のロビーのワイドな窓は海に向かって
展らけ、いあわせた人々と天井のいくつもの燈が海と
空の間に映っていた。

秋の日暮れの風景とロビーの幻影が創世記の神話を
背景に窓の外で手を携えていた。
 
夜遅くロビーに下りて陳列品を見て回った。
対の淡路人形が大きなガラスケースに飾られていた、
実際に使われた物ではないようで、人形の頭も衣装
も美しかった。

洲本の海ー.jpg
韮餃子 [2012年11月10日(Sat)]

かゝる日のありとも知らず韮餃子
           妻に教わり妻に作れり


私がニンニクが苦手のため、我が家の餃子は
韮餃子だった、妻を手伝っているうちに、餃子
はひとりでも出来るようになっていた。 

息子と親子3人で餃子を作るのが、習慣しに
なつて、団欒のときでもあった。

胃の検診で再検に行った病院で潰瘍の薬を
もらって飲んでいた妻の症状が変わらないの
で、

「これから連れて行くので胃カメラをやって
ください」と言ったら、担当医を飛び越してお受けす
ることはできませんと断られた。

当然の応対だが、このままにはしておけない、
私の中の不安が、「馬鹿なことを言ふな、これ
から連れて行く」と言わせた。

病院に着いたら、診察、胃カメラと直ぐにやつて
くれたが、結果は至急に手術するように勧めら
れた。

なんのために潰瘍の薬を飲み続けたのかと思い
医師への不信から病院を移った。

変わっていつた病院で、奥さんの癌は胃の粘液
の下で広がる癌で胃カメラの検体に捕まりにくい
ので症状があらはれて判る例で、

内の病院でもありますと言われて、前の病院へ
の不信は解け、大人げないことをしたとも思った。

妻の手術は胃の全切手術だった。

術後の小康のときをみて、今をおいては家へ帰す
機会は無いので退院させる、と言はれて家えつれて
帰った。

その晩私の作った餃子を美味しいと言って3つたべた。

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