積年の宿題 2
[2023年03月22日(Wed)]

喜界島の北半分にある
通称 シュガーロード。
南から北への画像です。
直線部6km だそうです。
昭和20年当時にはこんな道はなく、
推測では、
農水省あたりの補助事業(***基盤整備**)で
出来たものと思われます。
観たかったものは画像海側上空からの景色です。
数年?前、「永遠の0」という映画があり、
準主人公が特攻機に乗りながら生還した場面があり
直感的にこの島だと感じました。
現実には海軍よりも陸軍の出撃が回数も機体数も
多かったはずです。
0戦(零式艦上戦闘機)の方が知名度が高かったので
映画でも0戦が使われたようです。
旧陸軍操縦士だった亡義父は
飛行時間2千2〜300時間という熟練で、
飛行時間の短い操縦士を
誘導・護衛する役目だったようです。
1番辛かった任務がこの任務だったと聞きました。
殆どが目的を果たせず、
近寄りも出来なかったのではと想像しています。
亡義父がとりわけ辛かったのは、
「死ぬのが嫌で逃げる奴は撃ち落とせ」
と言われていたことでした。
暫らく後に、
出撃前に、
「嫌な奴は申し出ろ。
発動機不調でもなんでも
適当な理由をつけて
戻らせてやる」
と言っていたが誰も申し出なかった
と言っていました。
亡義父はこの島あたりで引き返し、
上空からこの島を見て
沖縄を目指して飛んだ方々と別れたそうです。
聞いた私は25〜6歳の頃でしたので
複雑な気持ちでした。