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病院の価値 [2009年01月22日(Thu)]

入院中、私が信用していた看護婦さんは2人でした。
その看護婦さんに、「医学部にいくことにするわ」と報告したときの第一声は「看護婦と喧嘩せんといてや」でした。

私が看護婦さんを嫌っていた理由は、点滴が漏れているにもかかわらが腕がパンパンになるまで長時間ほっておかれたことや、申し送りがちゃんとされていないことや、ナースコールで返事をしたのに来なかったことがあったり、薬の配薬間違いなどがあり、どれも今から思えば大きなミスではないのですが、当時反抗期の私が信用を失くすには十分なエピソードがたくさんあったからです。

髄注という処置をした後「さっきの処置って検査なん?それとも何か薬入れてんの?」と聞くと、私の担当看護婦さんは「わからへん」と答えました(担当の看護婦さんはまだまだ若い方でした) 。その後、怖いもの知らずの当時の私は中堅の看護婦さんに「看護婦って何も知らんねんなあ」と言って、かなり怒らせました。
病名告知をされていなかったので説明できなかったのだろうと思いますが、当時の私にはただの「逆切れ」 にしか見えませんでした。

すべてのエピソードに対して、納得できる説明をしてもらえれば少しは違ったと思います。
例えば、点滴は漏れても吸収されるから大丈夫だよとか、配薬をいつもと違う時間に配ってごめん、でも治療上は問題ないから、とか。
謝っている時の態度にしても、「早くこの場を立ち去りたい」と思っているだけだろうと、当時の私には感じられました。

私が信用していた看護婦さんの1人は主任さんでした。
話し方や、立ち振るまい(手の消毒を毎回丁寧にするなど)が信用できましたし、何よりも「私のことを知ろう」としてくれていたと思います。
「この人に言ったら、ちゃんと対応してくれる」という安心感がありました。

もう一人はKさんという若手から中堅の看護婦さんでした。
Kさんは、とにかくよく部屋に来てくれました。そしてよく雑談に付き合ってくれました。「Kさんいる?」と私の部屋に他の看護婦さんが尋ねてくることがあったくらいです。仕事もよくできました。この方の一番すばらしかったのは、さりげなくケアをしてくれことです。決して「してあげている」という雰囲気を出しませんでした。だから私も気を使うことなく、いろんなことを頼めました。

治療の最後のほうになると私も少しは態度を改め、他の看護婦さんとも少しずつ話をするようになりました。そうなることができたのも、この2人の看護婦さんのおかげだと思っています。

私は医療の要は看護師だと思います。「病院の価値は看護師が決める」と言っても過言ではないと思っています。
例えば医師の指示が間違っていても、実際に投与する看護師が気付けばミスは防げます。
医師不足も問題ですが、それよりも現場の優秀な看護師を正当に評価し、そのような看護師の地位を向上させることのほうが重要だと考えます。

s.kusuki
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