生い立ち3 [2008年08月20日(Wed)]
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県立病院の小児科に入院することになった。それまで、ほとんど病気にかかったことがなく、小学生のころは高熱がでても薬を飲んで塾に通っていたような子どもだったので、新しい環境に戸惑っていた。当時中学2年生の僕は、無愛想で、言葉数も少なかった。僕の担当の看護婦さんは、見るからに新米のY口さんという人だった。いつも優しく声をかけてくれるのだが、無愛想に対応していたのを覚えている。
入院し病棟の廊下を歩いていると、ナースステーションで主治医の医師から母親が説明を受けていた。母の表情はこわばり、この世の終わりのような顔をしていた。あの時の母の顔は今でもはっきりと思い出すことができる。 そして、その夜病室で父が僕に「3か月くらい入院しないといけない」とこわばった表情で言った。そのほかにもいろいろと言っていたと思うが、何も覚えていない。ただ、話をする父がこらえきれず涙を流すのを見て、僕の目からもその何倍もの涙があふれ出たことだけは覚えている。 翌日主治医が「君はしっかりしてるから、病気のことも全部話すわな」と言った。「病名はリンパ節炎。まず治療をしてみて、その効果を見てから次の治療を考える」といった趣旨の内容だった。病気なんて治って当たり前で、そんなことより学校を長期休むことで勉強が遅れることが気になった。そのころ勉強への意欲も無くなり、成績もどんどん下がっていたのに、その時は勉強のことが気になった。「ちゃんと勉強しなければ」という気持ちより、「こんな事で他の奴に負けてたまるか」という気持ちでいっぱいだった。その時代は、バブル全盛期で受験戦争真っ只中だった。 s.kusuki |




