命 [2008年02月27日(Wed)]
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話が前後しますが、阪大へ転院し、1ヶ月くらいたったころに向かいの部屋のお子さんが息を引き取られました。
その少し前くらいから、そのお母さんとは少しお話をするようになりました。「付き添いベッドはあそこに売ってるよ」など、闘病生活については何もかも知り尽くしているような方でした。闘病が始まり間もない私に色々と親切に教えてくださいました。 その日の朝はなにか病棟がそわそわしているような、何か違うものを感じました。 向かいの方が廊下にでて、涙を流しながら何人かの方とお話をしていました。 「今朝亡くなった」ということでした。 「いい顔してるねん、、、」「ほんまによく頑張ってくれたわ、、」「大好きな音楽聴きながら逝ってんで」 などというお話がドア越しに聞こえてきました。 当時私はまだ「子どもが亡くなる」ということを理解しきれていませんでした。 娘が入院しているこの病院で、この病棟で、子どもが大人より先に亡くなる。娘と同じ小児がんで亡くなる。私たちが寝ている間に向かいの部屋で亡くなる。というこの事実を受け止めることができなかったのです。「死」を認識しているつもりでも、現実に突きつけられると、やはり心が受け付けませんでした。 体中が震えだし娘を抱きしめつづけました。 今もあの時の衝撃は忘れることができません。 私も挨拶にうかがうと、いつも険しいお顔をされていたのですが、その日のお母さんはとてもリラックスし、きれいな顔色のいいお顔をされていました。たくさんの涙を流しながらでも、何とも言えない笑顔で、私を抱きしめ、背中をたたきながら「がんばるんやで。あんたの子は大丈夫やからな。負けたらあかんねんで」と言葉をくださいました。 やり遂げた。長い間闘ってくれた子どもがやっと楽になった。悲しみより先に病気から、そして闘病生活から解放されたというホッとしたような気持ちがにじみ出ていました。 それから、今日まで何人もの尊い、かわいい命を見送りました。 みんな安らかなお顔で、とても誇らしげなお顔で、立派で、尊敬の念が沸きあがり、今にもスッと起き上がりそうな、でも、もう起きないで!起きないで!もういいよ。。と何がなんだかわからない気持ちが入りみだり、涙がとまらなくて、とまらなくて。 お別れを言うときには「いい顔してくれててよかった。。。ありがとう。ありがとう。本当におつかれさま。」といつも思いました。いつも自然とそのような言葉がでてきました。いつもたくさん教えられた気になるのです。言葉では言い表せないとても貴重で大切な何かです。そして「おばちゃんもがんばるんやで!」といわれているような気になります。 小児科病棟にはとても頑張りやさんで、強くて、優しい子どもがたくさん頑張っています。 その尊い命の火を消してたまるか!!と必死に闘う大人たちもたくさんいます。 「命」の大切さ、尊さ。 恐ろしい殺人事件や自殺のニュースを流すより、こんなに頑張っている子ども達のニュースを流してほしいと思います。 ニュースを見るみんなが、個々に必要としている部分を教えられるのではないでしょうか? チャイルドケモハウスでは現在応援メッセージを募集しております。 http://www.kemohouse.jp/cgi-bin/regist_members/regist.html 詳しくはこちら https://blog.canpan.info/kemohouse/archive/341 |




