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あたりまえ [2007年05月07日(Mon)]

剛直さんの記事、HANAさんのコメント、まさみさまの記事を読んで、私の母が闘病中に 井村 和清 氏の詩を日記に書いていたことを思い出しました。

あたりまえであることを幸せと感じつつ、あたりまえを失くしている子ども達と家族のことを知ってほしい、そして集まって下さった方にも楽しんでもらいたい、5月12日のイベントにはスタッフやボランティアのそんな想いがあります。

できるだけたくさんの方とチャイケモウォークでお会いできるのを楽しみにしています!


「あたりまえ」作:井村 和清氏

あたりまえ、こんな素晴らしい事を皆は何故喜ばないのでしょう。
あたりまえで、あることを。
お父さんがいる、お母さんがいる、手が二本あって、足が二本ある。
行きたい所へ自分で歩いてゆける、手を伸ばせば、何でもとれる。
音が聞こえて、声が出る。こんな幸せはあるのでしょうか。
しかし、誰もそれを喜ばない、あたりまえだと、笑ってすます。
食事が食べられる、夜になるとちゃんと眠れ、そして朝がくる。
空気を胸一杯にすえる。
笑える、泣ける、叫ぶ事も出来る。走りまわれる、
みんなあたりまえのこと。
こんな素晴らしい事を、皆は決して喜ばない
そのありがたさを知っているのは、
それを失くした人たちだけ。
なぜでしょう、あたりまえ。
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コメント
Y母さん、HANAさんコメントありがとうございます。お返事が遅くなってごめんなさい。お二人のコメント、涙が出る程嬉しかったです。私にとってはこの詩は母の字で書かれた、母の声のきこえる詩です。人は亡くなってからも、こうして何かメッセージをもたらすことができるのですね。母も喜んでいます。ありがとうございました。
Posted by: 田村亜紀子  at 2007年05月18日(Fri) 22:21

ありがとうございます。
ココロに響くメッセージでした。
人は失ってから気づくことが多すぎます。
失うたびに「無常」を感じ、その時にやっと気づく。
遅くても気づくことが大事なのですが、
早く気づける方がずっと幸せです。
それでも気づいてから「ああしたかった」「こうしたかった」
では遅い場合が多いです。
少しでも早く、大切なことに気づき、
日々感謝し、目を向けてすごすことを心がけようと
思いました。気づきました。ありがとうございます。

私もブログで明日、紹介させていただきます。
Posted by: HANA  at 2007年05月13日(Sun) 15:33

ケモハウス事務局様
「あたりまえ」
この詩を拝見して頭がぐわーーーんとしました。わたしがたまーーーに頭によぎり、自分のブログに綴っている事、そのものずばりだったからです。
わたしのムスコは悪性リンパ腫で去年2月に天使になりました。それ以来「なぜ自分は普通の生活さえも出来ないのか??」と自問自答をたまにしています。
失ってから気がついても遅いんですよね。
チャイケモでができることで、失う悲しみが少しでも少なくなるように・・・と思います。「あたりまえ」の生活がずーーっと続きますように・・・

自分のブログにも「あたりまえ」を紹介させていただきました。
ありがとうございました。
Posted by: Y母  at 2007年05月10日(Thu) 20:05