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小児科医坂井聖二先生 親子のSOSに向き合う [2013年02月18日(Mon)]
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私たちは、その時持ち合わせている『フィルター』を通してしかケースを見ることはできない。生の現実というのは幻想である。現実とは常に『現実の解釈』に他ならない。
(坂井聖二先生)

ケースの見方が、私たち自身の成長によって成熟したものになり、思考の後退によっていくらでも貧弱になる危険性を帯びている、というのは、あらゆるコトに当てはまる。

大きな地震が来る、とか、放射性廃棄物の処理を早急に検討しないと、とか言っても、多くの人たちにとって、考えても直ぐには答えが出ないし、自分のキャパを完全に超えている。すると途端に思考停止…。ヒトの無意識な思考停止が1番くせ者だと思う。

小児科医でありながら、向き合うのが病気だけで無く、子ども自身であることを常に意識し、他機関と連携して子どもの救済にあたった坂井先生。その想いを受け継ぎ、今生きている先生たちが活動を続けている。

時代を越えて、伝えるべき思想は、きちんと受け継がれて行くのだ。
何を目指して生きるのか [2013年02月17日(Sun)]
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最近、強く想うのは何のためにそれをするのか、が1番大事なんじゃないかなと言うこと。
私は、財団の仕事上、他人のために活動しようとしている人たちと繋がって社会を変えたいと思っている。

今は特に、社会の中で声なき声を必死に抱いている人たちの思いを言語化して、外に拡声器のように伝えるのが、私の仕事のような気がしている。

なかなか数値にし辛くそれを客観的に誰にでも解るカタチで評価するなんて難しい話なんだけど、だからこそ取り組む必要があると思っている。

なんと無くこんなコトを書いたのは、他者の評価をモチベーションにしているヒトと、自らの志をモチベーションにしているヒトが居るということに気付いたから。

日本が開国からこれまで経済成長をして来た中では、学歴、社名、肩書き、資格が重要視され、今なおその傾向がある。だからこそ、小さい頃からのお受験も盛んで、最近では多くのNPOが資金集めの手法として、資格ビジネスをやっている。これに乗じて、講師ビジネスも盛んだ。問題解決の本質的な答えなど提供しない講義も多いはずなんだけど、何故か流行っている。

アメリカ式の成果指標も一律導入されて、文化的土壌が全く違うにも拘らず、目標数値を達成するコトが重要だとされるようにもなった。本質は、なんの為にそれを実施しているのかと言うことなのに、いつの間にか数値を上げることが本当の目標にすり替わってしまっている。

最近、とみに色んなコトを不思議に思うようになった。外の現場で働く人たちの話を聞くにつけ、内側の世界で当たり前だと思っていたことが、たちまち不思議なモノに見えてくる。
もしかして私が宇宙人化しているからだろうか…。

写真は目黒区大橋の“花一輪”。
真理とは何か [2013年02月16日(Sat)]
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真理とは、金とか地位とか名誉とかに関わらず、いつの時代に生きようと人として求めなくてはならないもの。

これ、映画レミゼラブルを見て思ったこと。

人は時に罪も犯すし、人助けもする。
飢えれば人のものを盗んででも
生き延びようとする。
妹のためにパンを盗んだ少年は
19年間も牢獄で暮らし、
生きる術が分からなくなる。
しかし彼にひとりの人間としての尊厳を神父さまが与える…。

怒りが鬱積すれば暴力に繋がる。
殺し合いもする。
騙し合いもする。
かつての、約200年前のフランスを舞台に描かれた人たちが、今の私たちの何ら変わらないコトに驚く。

でも再認識したのは、今目の前にある仕組みや制度、法律なんてものは、あれば便利だからと長年の歴史の中から生まれて来たもので、改めて思ったのはそんなもの真理にはかなわんと言うことだ。

仏教の世界では全てをあるがままに受け入れるけど、映画に描かれたキリスト教世界では、時に人は善人にも悪人にもなるという話で、全く同じ世界を描いていたに過ぎない。

併せて、昨日まで正義だったものが、今日から悪になる…そんな価値観のシフトが70年毎に起きるというけど、正に描かれた革命の時代は、現行の制度からこぼれ落ちた人たちが自分達の権利のために政府に対して立ち上がる状況な訳で、改めてこの映画が流行っている今の日本の先行きが少し心配になる。

私は真理を求めたいと思う。
与えられた使命を果たしたいとも思っている。
真理に向かう時に色々と障害になるものは、一切、気にしないことにした。
やはり、私は、次世代の子どもたちのために出来るコトを精一杯やらなきゃならない。

もしこの映画を友人と一緒に見に行っていたら、ルビコン河を共に渡れただろうか…。
結果、見に行くこと無く賽は投げられたのだ。

Alea jacta est.

私は感覚を研ぎ澄まし、また全力で頑張って行かなきゃと決意した。
明日も勉強会に参加。努力、努力…。
ブーケのその後 [2013年02月15日(Fri)]
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思いがけずに手にしたブーケは
今も綺麗に咲いている
誰かが側を通るたびに
“キレイね〜”と言うから
多分、どのお花も喜んで綺麗に咲いている

花の色は予想通りに
毎日変化を遂げていて
背まで伸びたりするから
一晩経つと全く違う花束みたいに見えてくる

花もヒトも生き物なんだから
誉められれば嬉しくなって
もっと輝く
綺麗になる
そしてまた次の表情で輝く

今日はある意味、卒業の日
多分、ずっと忘れない
ますます綺麗になって行く日
カンナムスタイルと韓流ドラマ [2013年02月08日(Fri)]
先日のカラオケで世界中で大ヒットのカンナムスタイルをエントリー…しかし撃沈。たまたま同席の誰ひとりも知らなかったの

最近、渡辺直美さんを始め世界中の人々がこんなに熱狂し、みんなつい一緒に踊ってしまうのを見て、あ、コレも韓流だ!と思った。
韓国語の歌詞は分からずとも、馬に乗ってる踊りやオトコがオンナを追っかけるという分かりやすい歌だから、世界中でみんなが真似して歌って踊ってる。


…コレ、人間の性なんやな。


正月に実家で見ていた韓流ドラマも、まさに愛憎劇。相手が実は敵なんじゃないかと思ったら、恨みつらみが積もって大変なコトになる。
ココで思い出したのは、パレスチナ難民のドキュメンタリー。
あちらも、いつか敵を倒せるように闘志と共に身体を鍛えよ、と子どもを教育していた。


…コレもまた、人間の性なんやな。
だからみんな共感してしまうのだろう。


人間はどの土地に産まれても、中身はさほど変わらないので、あぁ、わかる、と思える普遍的なコンテンツが、韓流ビジネスの根本にあるに違いない。その見せ方がうまい。
さすがはカンナムスタイルの国やなぁとあらためて思った。



http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%AB#image3


森啓子*・゜゚・*:.。..。.:*・
日本財団.。.:*・゜゚・*
CSR企画推進チーム.。. .。.:*・゜゚・*
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建築は詩 [2013年02月01日(Fri)]
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建築家吉村順三さんの言葉と出会う。
各地の建築スタイルは、その地、その気候、その思想的背景に合うものなので、日本の建築は、何でも西洋風に華美なのが良いのでは無く、簡素の美が適している、というのには頷く。

近代化や商業主義に押されて、本来守るべきものが壊されて行くのを危惧し、何を後世に伝えて行くべきか、自らの勘を養い、後輩建築家達を育てていた。

これまで建築という仕事は、遠くの誰かがやっているような気がしていたけれど、時代の先を見据えて、人々の生き方に地味だけど非常に影響を与える器をデザインする仕事だと知り、今の私たちが職は違えど、やっていることは同じだと認識出来たのはとても嬉しい。

唯一残念なのは、彼自身はもういないということ。彼の生きた背景を想像し、彼の遺した言葉に時代を超えて共感し、その想いを受け継がなくてはならないと思った。