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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


 季節の旅に出掛けよう [2025年12月15日(Mon)]
この秋から、風月庵のクラス企画で、「季節の旅」に出掛けようとの提案があり、N君の提案に皆が乗って、JRで、紅葉の栗林公園に行こうとなりました。

11月28日、快晴の秋日和となり、JR徳島駅に集合した。当初は5人の旅になるはずだったが、集まったのは2人、
後の2人は体調不良でキャンセルとなった。
 ドタキャンOKの風月庵ではよくあることだが、行くのも、行かないのも、その朝に起きた時、決めればいいという判断だ。
切符を買って列車に乗ることが久しぶりで、新鮮だ。

栗林 紅葉.jpg

結局メンバーの3人が不参加となり、香川のメンバー1人と
公園前で合流し、2時間の庭園散策を楽しんだ。
平日なのに沢山の人が散策されており、我々も風の吹くまま
気の向くままに、一応地図と観比べながら、あっち、こっちと、足を進めていきました。

 若いグループ、年寄りの二人連れ、アジアの家族組、目立ったのは新婚さんの写真撮りを、紅葉の前で、山肌錦をバックに撮影をしていたことです。

栗林 橋.jpg

 驚いたのは大きな池があり、船に揺られながら、秋の風情を味わえるようで、池の中心部に大きな茶室があり、抹茶を堪能できるのでした。
 私達は、途中で団子を1本ずついただき、昼をとうに過ぎてから、園外近くの「ガスト」で、食事をしたのでした。

 さて引き続き12月12日には、丸亀城夜景と、満濃公園のイルミネーションを見に行こうとなりました。
これは、「丸亀城」のY君企画に、H君が、それなら「満濃公園」も是非に寄ってみたいということになった。

 昼過ぎに徳島を出て、高速で丸亀まで2時間、丸亀では超有名な「骨付鳥一鶴」開店と同時に入り、ジューシーで濃いタレの熱々もも肉を、かぶりついていただきました。

丸亀城.jpg

 丸亀城は、改築20周年記念で、天守閣までの各櫓や登り道がライトアップされていました。そこから眺める丸亀の夜景も寒さを忘れて、堪能するには十分でした。

 丸亀から30〜40分ほど、まっすぐに走り続けて山の料金所に到着。一人450円の入園料と、車1台320円の駐車料を求められ、しぶしぶ払って園内に向かいました。

入口の門をくぐったところで、私たちはイルミネーションの世界を前に、料金のことなど忘れていました。
長いイルミネーションのトンネルを潜り抜けると、色とりどりのイルミネーションが、地を這い、天を仰ぎ、見渡す限りに、どこまでも広がっているのです。

満濃 イルミネーション.jpg

園内を軽く2周しましたが、飽きることがありませんでした。
人出が多いのに驚き、夜道がわかりにくく、足元に気を付け、仲間とも離れないように声掛け合いながら回りました。

帰路は残りのガソリンを気にしながら、高速を避けて、脇町まで下道を行き、脇町の24時間ガソリンスタンドで給油して、高速に乗り、予定の22:30には風月庵に到着していました。
運転担当のH君、お疲れ様でした。無事で何より!
天国はここにある [2025年12月13日(Sat)]
前回の「天国はどこにある」の続編です。
クリスチャンとしての私が、ひきこもり支援活動で、「天国」は、死後の世界ではなく、現世で作ることを目指しましょう。と考えるようになったのは、K牧師と色々なことを語り合っていた時に芽生えてきた発想でありました。

20代の私では、「天国」など、この世で作れるはずもなく、そんな感覚が味わえるはずもないと、確信じみた感覚に、自分で自分を縛り付けていました。

何かしなければならないという強迫観念の中から、新しい仕事に、ボランティア活動にと、次々と挑戦しては長続きせず、半ば無責任に放り出しては、家出を繰り返していました。

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世間に認められない自分を呪い、情けなさに自分は死ぬしかないと思い込んで、鬱状態に落ち込むのですが、そんな姿は誰にも見せることはありませんでした。
自分の弱みを見せるどころか、他者に対しては120%で動き回っている姿しか見せることはなかったので、周りの人間は、そんな私の姿も、ましてや心の内は知らなかったと思います。

行き詰っては、自責の念に、さらに自分を縛り付けます。
じりじりと首を締め付けていることが少し快感の様な感覚で、自分の存在感を緩く感じながら、「生きてるのかなあ?」と、ふっとそんな言葉が心の奥から浮かんでくるのです。

「こんな地獄のこの世を捨てて、あの世に行けば楽に暮らせるのかなぁ!」「首を吊って、そのまま記憶がなくなり、痛みがないのなら、それでもいいのになぁ」とつぶやいていた若者は、1か月後に、その言葉通り、先に行ってしまいました。

皆、「天国」はあの世で待っているという言葉を簡単に信じすぎているのではないのか?
K牧師が語っていたような、あの世に「天国」があるということは、世の中の支配者のまやかしに他ならない。
ただ、そんな想像をする心の余裕は、先に行った彼と同じに20歳代の私には感じられない、想像すらできないことだったので、「天国」は、あの世にあると信じていたのでした。

40歳代から人生の後半を今までよりかは「少し楽に、少し自分らしく生きよう」と準備してきた私は、50歳を過ぎて初めて、K牧師のこの世に「天国」を創ろうという発想が想像できるようになっていったのでした。

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「この世に天国を創ろうとすることを諦めることはない」

私達ひきこもり経験者だからこそ、人生の前半を苦しみ、自分の孤独を心の底で味わってきたからこそ、人生の後半では、楽しく、自分らしく生きる生き方を作り出すことができるのではないのか?と、自分に問いかけ続けてきた活動でした。

そんな発想の転換を求めてきた私が、その年齢と研鑽の末にたどり着いたからこそ、K牧師の「この世に天国を創ろう」の言葉が、他の人とは違った響きと輝きを放ち、私の心に、種をみつけ、芽生えさせ、育むことができたのではないか。

「天国はあの世にあるのだから、この世で望むことは苦しみでしかない」という、のうのうと支配する権力者の構造的な発想支配に呑まれることはないのだと言いたい。。

私達の「天国」は私たちの手で、私たちのやり方で、私たちのテンポで、じっくりと味わいつつ、自分のものにしていこうと、いま改めて、K牧師に語りたい。

自分らしい生き方ができる楽園は、私達ひきこもり経験者だからこそ、今ここから、種を見つけて育てていけば、芽生える時が来ると、同じ生き方で苦しんできた仲間として信じつつ、これからも、そんな出会いを祈り続けたいのです。
                       かぜ
天国はどこにある [2025年12月11日(Thu)]
私はクリスチャンで、毎週日曜には礼拝という名の集会:話し合い?に参加している。
プログラムの進行表通りに、前奏で始まり→教会の祈りを唱和し→讃美歌を歌い→聖書の一部を読み→その内容の説き明かしを聞き→皆で感想などを話し合い→各自の祈り→献金を捧げ→牧師が社会への祈りをし→後奏で終わる。
この一連の進行をもって、礼拝という儀式なのだ。

28年間、毎週日曜にはこの日程をこなしている。
途中、なぜこんなことを毎週続けているのかと自問自答した年もあった。
そんな時も、いやそんな時ほど、礼拝に参加すると、次の週も何とか頑張ろうという気持ちがわいたものだ。
ある種の自己洗脳していたのか?
それほどは戒めをもってこだわっていたとも、今は思えない。

ある時から、この儀式を含めた信仰活動と、私が求めているひきこもり支援活動との接点が見えるようになってからは、出席することにストレスを感じることはなくなっていった。

自分の中に基本的な視点が、元々の自分が育ててきた視点に、46歳から信仰活動の視点が入ってきて、同時に私の場合は心理的視点がブレンドされ、50歳からは、ひきこもり支援活動の視点が付加されてきて、3つ以上の視点で自分や周りを観るようになったことが、自分を安定させてきたと思われる。

そういう意味で、人生の後半では楽に生きられるようになっていたいと願った想いは、今現実に実現できているということで、とても幸せなことと実感している。

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私が信仰活動で得た奇抜な視点が与えられたのは、今の教会にやってきた当時のK担任牧師との出会いが大きかった。
私達は、孤独に世間(社会)と戦い、差別される苦しみに耐えながら、自分の天国を求めて、果敢な戦いを続けてきた同志として出会うことになった。

その孤独な戦いの姿勢(ライフスタイル)は、お互いにどこかで感じ合い、存在を認め合うように成長できたと、私には思えた。
そのK牧師が説き明かしの中で、「天国」という来世の平和を求めることで、差別されている自分を容認させられている。そんな差別者達の言いなりになることはない。と切り込んだ。

イエスは、今のこの世に「天国」を作る為に、現世にやってきた、差別と闘い続けた、とても弱いが神の荷姿の様に生きた、静かに戦った戦士なのだというのです。

「クリスチャン」とは、イエス・キリストのように生きる人という意味であり、イエス・キリストは、平和なる神のように生きた人という意味だと、私は解釈している。(クリスチャンにも様々な考えの方がいらっしゃいますので、ここはあくまで私個人の勝手な見解としてご理解ください)

K牧師は、「天国」が死後の世界にあり、死後の世界では天国が待っていると思わせている発想は、当時の社会を支配する人間が、支配しやすいように、世相をコントロールするための都合の良い発想の押し付けではなかったかというのです。

ちがう!
「天国」は、今住んでいる、生きている、現世で、今の社会の生活で、「天国」と感じられる生活を求めるのだと、その為に一緒に戦おうと言いたいのだった。

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11月23日に、私たちの教会では、教会活動に連なる先人たちに対して祈念する集会がもたれました。
K牧師もその中の一人です。
言葉では、「天国で、安らかに安息の時を楽しんで下さい」とつぶやきつつ、私は内心、「あなたと共に蒔いた種を、私は今も『天国』という場を求めて育てています。しっかりと気を緩めずに、私達を見守っていてください」と祈りました。
                       かぜ
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