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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


「絵本」に、文字はいらない [2024年08月28日(Wed)]

言葉じゃないコミュニケーション
今日は、4ヶ月ぶりの絵本クラスを再開しました。
表現は「文字」「言葉」に関係ないことを知ってもらいたいのです。

ですから、絵だけで、メッセージになる本が絵本だと考えます。

言葉じゃないコミュニケーション学習です。

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今日、風月庵にやってきた絵本の1冊目は、「もじのないはがき」向田邦子・原作/角田光化:文/西加奈子・絵です。

戦争中に疎開していた子どもからのはがきですが、文字がまだ書けないのですね。そこで、暗号を教えて、それを描いて送ってもらっていたのですが、その内容に変化が現れるのです。
その変化は悲しい変化ですが、想像するしかありませんね。文字で書かれていないのですから。

次は、岩手の昔話の遠野物語シリーズ(柳田國男/京極夏彦・文)でも、死を扱った「てらてらの」はたこうしろう・絵は、人の老後をどのように捉え、現世と来世とのつなぎ目としての居場所を描いています。
どの絵本も、シリアスな大和絵の雰囲気で、遠野物語の暗い世界感を深く表現されていました。

「やまびと」中川学・絵/「おまく」羽尻利門・絵も、聞いているだけでは、そらおそろしい遠野物語を、豊かな色彩とデザインで、観る人の心に、この世界へと誘ってくれます。

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印象に残り、皆に伝えたかったのは、韓国絵本(僕もあまり知らない)「かたつむり」キム・ミヌ作/わたなべなおこ訳です。
漫画かもしれない画面展開です。小さな男の子とお兄ちゃんの物語で、ジンワリ温まる絵本でした。

自転車で追っかけるのですが、お兄ちゃん達に追いつけない小さな少年の密かな頑張りが描かれています。
ところが、自転車から転げて、体ごと投げだされ、片方の靴と一緒に、草原に寝転がってしまいました。もう駄目だと諦めかけた時に、ゆっくりと、ゆっくりと木を登り続けているカタツムリに出会います。

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小さな少年は、ついて行こうとする事をやめて、今の自分を楽しみながら、ゆっくりと自転車をこいで帰っていきます。

私が紹介させてもらった絵本は、写真集ですが、私は絵本だと思っているものです。

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大地から命を貰っている植物や花の美しさを伝えた写真詩集「To Honor The Earth」(大地の天使たち)ドロシー・マクリーン/山川紘矢・亜希子;訳/キャサリン・トーモッド・カー;写真なのです。

同じように大地の命を賛美する映像に一句を添えた写真句集「幻花曼陀羅」夢枕獏が、もう一冊なのです。

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「この螺旋の中には、宇宙が閉じ込められている」

絵本クラスでは、大人の感性にも響く絵本を持ち寄り、紹介しているのです。
会話は、言葉でしているのではありません [2024年08月28日(Wed)]

1段階を試み→検討し→再実施したら、
次の1段階が、見えてくるのか?

「ひきこもり」支援を、当事者と支援者(親も)一緒に進めていくには、難しい課題があります。
一段ずつ、ゆっくりと歩んで行くことが、細やかに、厳密に問われるのです。

急いでは、いけません!

急いで、碌なことはありません。

なぜなら、時間をかけて、ゆっくりと、「ひきこもり」状態のここまでやってきたのですから、それまでの多種多様な挫折・失敗(取り組み・試み)に対して、一段一段と確かめながら進めることに、当事者も、支援者も、注意を払い、尊重することが肝心なのです。

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その一段一段を、お互いに伝え合い、
確かめ合ってきましたか? 

当事者の考える一段と、支援者が提案する一段には、必ず、もしかすると基本的な違いがあります。
その違いをお互いに伝え合い・尊重し、個性を認め合いながら、その経過と次の可能性を見つめなければなりません。

いや、うまく一段ずつ進んでいる時は、これが不思議に、次の一段が見えてくるものなのです。

一段が、一段とは思えい程に難儀していたり、これは自分が今やれる一段ではないと思われたりしている時は、スッキリしませんし、当然の様に、次の一段も現れては来ないのです。

私の1段階(ステップ)を、「会話をする」ことを例にとり、紹介させてもらいます

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屈託なく笑える→雰囲気で会話している
→一人でテレビを観て、楽しめる(嫌じゃない)
→誰かと一緒にテレビを観ても、楽しめる(嫌じゃなくなる)
→お笑い番組で、屈託なく笑える
→テレビで声を聞いて、話や会話の流れを掴むこと
(誰かの話を横で聴いているだけでもいい、会話の流れや進み具合を自分で取り入れ、感覚を身につけることです
 どんな「言葉」を使うのかは全く関係ありません)
→会話は、言葉でしているのではありません。雰囲気で会話していることを感じ取りましょう
一方で
→新聞の文字を読み、ゆっくりと時間をかけて、文章をつかみながら感じていきましょう
→見出しの大文字だけを読む→小見出しの中文字だけを読む→内容の小文字だけを読むと、内容を理解しようとはせずに、どんな文脈で流れているか、そのリズム(抑揚・強弱)をものにしましょう

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→ニュースを見て、外の世界が移り行く様に、自分が何に興味があるのかを探りながら、自分の興味(心に正直に、意外な気付きも・発見も)を見つけましょう
→アンテナに引っかかることは、どんなことでも情報として収集(置いておく)していきましょう
会話を自分にあったやり方で進める
→これらの一段を何日位で、次の一段に進むのでしょうか? それは人や・場面や・その時の調子によって違ってきます。無理をしないで、知らない内に身に着いていた速さを見つけながら、進めていきましょう

→会話を自分にあったやり方で進めて行く場合、その人その人で、全部違うのですが、変化する場面に共通性が見えることも多いのです。その共通性を、私は見守ります。

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これは、私が提案する1段階・1段階の進め方です

→会話を始める前に、会話を始めてから、さらにステップアップするためにと、自然にゆっくりとステップが進むのであれば続ければいいのですが、躓いたり、気分が乗らなくなってきたら、その一段そのものを再点検し直すことが、求められているのです。 
               
 「場」は、生きる力を育てる [2024年08月01日(Thu)]
既に、動き出しているはず
時期がずれている様に思うのですが、新しい相談者が続けて来られました。
14歳の息子さんのお母さん、20歳の息子さんのお母さんで、不登校状態の中で、どう接したらよいかのご相談でした。
ひきこもり状態が続いていること、親子でゆったりと信頼のおける雰囲気がまだ整わず、対話が出来ていないことで、ひきこもり状態がストップしていて、今の状態から動き始めるには、まだ困難な要因が残ると思われました。

親御さんなりに努力され、工夫されてこられたのは、お話を聞いていると、とても伝わってきました。

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家族の役割は「場」を作ることに始まり、安心の「場」を守ることに尽きます。
気持ちは通じ合っている様に聞こえる今回の話も、どこか「場」になっていないのではないかと思われました。
本当の意味で「場」が整っているのなら、本人が既に動き出している筈だという判断からです。

本人が動き出すとは、親が本人の決断に任せ、本人のやり方で、失敗や、経験を繰り返しながら、本人のペースで進み、自分のやり方に自信を持ち、それを親に、(他者に)認められる体験あ進んでいるということです。

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「場」とは、本人と親(家族)の間に生まれ育ってきた安心感と信頼感が安全に保たれている事を、本人が実感できていることです。

まずは1対1の関係作りを始めるのですが、多くの場合、お子さんとお母さんの関係です。
まずは、お子さんのわがままな行動や言動を、本人の気持ちの奥から出てきた表現(訴え:メッセージ)として受け止め、どんな気持ち、こんな感情、その時どう感じたの、どんな風に思ったの? と、そのままに聞いてあげて欲しいのです。

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コメントやアドバイスは
一切しないことが鉄則です

今、新しくそのことに挑戦し始めているお母さんがいらっしゃいます。

お母さんは、子どもの筋違いの言動に出会った時、「そんな事を言われて『そうなの』と、聞き流す事はできません」と、内容に気持ちを動かされて、心配の種が増えるばかりで、そのまま聴くことが出来ないというのです。

しかし、「そのまま聴く」ことに挑戦し続けられました。
1ヶ月が過ぎた頃から、随分、行動や言動が乱暴になり、わがままにもなってきました。

こんな事もするし、あんな事も言うしと、収拾がつかなくなるのではと感じて、先々心配され、さらに不安になるそうです。

お母さんに甘えてもいいのか? 
どこまで甘えさせてもらえるのか? 
確かめているので、ドンドンとわがままに、甘えさせてあげてください。と、お返事しました。

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しかし、お母さんが我慢を重ねて、これ以上は駄目と感じた時には「ごめん! それはお母さんには、きつすぎるわ」と、謝りながら、制止してあげて下さい。
やりすぎだから、やめさせるという理屈的な理由ではなく、ただ、お母さんが限界なので、「止めて」とストップをかけるのです。

「ストップ」が「安心感」になる

このストップは、安心感を生みます。
お互いが安全で居られる境目を、相手に、お互いで理解してもらう作業(アクション)です。
この感覚は、人間関係の安全・安心を保つ、大きな役割を果たしています。
ここから、「生きる力」の安心な歩みが始まります。
2024/07/31

「巨木」「大木」を訪ねて [2024年08月01日(Thu)]

神木は、土地を見守る神

例年、風月庵の外出クラスでは、県内の色んな施設やイベントを訪ねていました。
今年の外出先として、メンバーのYさんから、徳島県内の「巨木」「大木」を訪ねたいとの提案がありました。
そこで、1月より、6地域、17樹を訪ねました。

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彼が、「徳島の巨樹」で検索し、一覧表を印刷して、持ってきてくれました。県内・141樹あり、その表から、幹囲(幹の周囲)5m以上が「大木」と呼ばれ、10m以上が「巨木」なのかと、勝手に区分をしています。

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その分類でいくと、「巨木」は19樹、準「巨木」は9m台が11樹であり、「大木」は111樹となります。

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樹の種類で分けると、楠木が66樹、銀杏が28樹、杉が18樹、無垢の木が8樹、欅が4樹、榎木が3樹、小楢、桂、スダジイ、ホルトの木、栴檀、アカガシ、江戸彼岸、ツブラジイ、タブの木、樅の木、籠の木、栃の木、櫟、檜、タブノキ、等があります。

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5m以上の高さの枝はばっさりと切られ、道路の真ん中に見捨てられた様に立つ楠木は、大切に扱われている気配もなく、居たたまれない姿に絶句しました。


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多くの巨木は、神社の一角に大切に扱われ、2本の大木に挟まれた様に社が建てられています。特には奥の院の位置に巨木はそびえ立っていました。

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巨木は鳥居をくぐってお参りする位置に扱われ、鳥居と社と杜と巨木が、一つの神格を形成している神社が多いのです。

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 天と地を結ぶ巨木は、地域の神社の護り主として、天と地と現世をつなぐ存在(役割)として、礼拝し、敬われています。

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注意;大木(巨木)を、本で数えるのは違うと思い、1樹、2樹と数えました。
2024/07/31
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