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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


講演; 反抗期の卒業で、親がメンターになる [2020年10月27日(Tue)]

最後に大きな挑戦があります。
これは本人にとっても、親にとっても、つらい厳しい挑戦であります。
反抗期の卒業です。

これは風月庵に通っているときに卒業した者、風月庵を離れてから直面し、今も取り組んでいる者、親共々に反抗期を模索し続けている家族と様々です。

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親の価値観、世間の常識、家のしきたり等を大切にしすぎ、自分を犠牲にし、自分のことを決められなかった若者でした。

その子が、親にわがままも、情けないことも出せる様になり、親子で助け助けられる相互関係が出来ることで、社会参加の一歩へと進みます。
そんな関係が出来て反抗期の卒業といえます。

力の足りない状態で社会参加へと急ぐと、
1年以内で元のひきこもり状態に戻ることも多いのです。

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その後も安心して成長する為には、独り歩き出した若者が職場や仲間の中で、メンター(心を支える人)として見守ってくれる人に出会うことが求められます。

20歳を過ぎていても子どもには、まず親がメンターとして、人生の先輩として、味方として応援し続けてほしいのです。
その意味では、親のメンターとしての卒業はないのです。 

だからこそ、風月庵では、ひきこもりの始めから終わりまで、家族支援を中心に、今も活動しているのです。       
講演; 目標はダメ! 後押しに徹する [2020年10月27日(Tue)]

「経験の後から言葉にする」を、とても大切にしています。
ひきこもり支援で最も大事なところが出てきました。
「後押し」ということです。

目標を持たせて、一緒に努力し、達成感を共有するというやり方は、「ひきこもり」系人間には適しません。
どちらかというと、拒否反応が出ます。

「目標」「努力」「頑張れ」は大嫌いです。
どれだけ、その言葉に苦しめられ、裏切られてきたことでしょう。

何も言わないのに、出来たところをできた分だけ、後から認める(評価する)ことです。

この「後から」という点が肝心です。

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先に目標や目的を設定されると、先々考えすぎて出来なくなります。
そのことがプレッシャーで、押しつぶされ、やる気もなくなり、足がすくんでしまいます。
自分の思い通りの結果等出るはずがないと、自分で自分を苦しめ始めるからです。

自分で決め、自分のやり方と自分のペースでやってみて、自分が出来た分だけを評価してくれたら、失敗したことだって認められるのです。

先ずは、出来たこと、うまくいったことを評価していくことが望まれますが、うまく出来たねと褒めてあげても、自分に出きるはずがないとの信念を持っていますから、出来ていないところを無理にでも探し出します。
これだから駄目ですという言い方で、出来なかったことを強調してきます。

そこで、「いやあ、君は立派に出来ている」と強く主張したら、逆にひるんで、動けなくなるのが「ひきこもり」気質なのです。

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「まあ、出来たところもあるし、できなかったところもあるでいいんじゃない」
「そういや、去年同じ様なことをしてこうだったよね、今年はこういう風になったということがすごいんじゃない」と過去の自分との比較で変化したところに視点を当てて、言葉にして説明します。

言葉にすることで記憶に残してもらいます。

ここが本人の自信を育て、勇気を育てることに繋がっていきます。
講演; 仲間との共有体験を言葉にする [2020年10月27日(Tue)]

「経験の後から言葉にする」を、とても
大切にしています。

長年ひきこもっていると会話が出来ません。人と会うことが緊張です。
頭の中が真っ白に、胸はドキドキで、全身に汗が流れます。

B君は小学校5年頃不登校となり、中学は一日も行っていません。
親との会話はなくなり、会話らしきものは首を縦に振るか横に振るかのやり取りでした。

家族内でも会話のない家庭でしたので、私が本人の了解を得て、本人とメールをしながら、親御さんとだけ訪問面談を続けていました。
その半年後にご本人と面会が始まり、毎回絵本2冊持ちこみ、聞いてもらっていました。
同時に、ずっとメールで伝えてきたのと同じような私の近況を言葉にして伝え、帰っていました。

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その内に彼とお父さんと私とで囲碁をするようになり、そこに和んだ空気と共に、彼の笑顔やゆったりとした表情が浮かぶようになりました。
そこにもう既に風月庵に馴染んでいる若者にも一人参加してもらうことにしました。
ゲームも、外出も、スポーツも、風月庵の全てのプログラムの目的は、コミュニケーション力の向上です。
その変化・成長したところを、雑談の中で、後から言葉にして話し合っていきます。
彼の場合も様々な工夫を試しながら、今も体験と共に、振り返る雑談の時間を大切にしています。

多くの若者には友達がいません。
友達とは一緒に積み上げた色んな体験を共有した者同士の無言の意思疎通が、信頼を育んでいきます。
そしてその体験が仲間感覚を育て、社会で生きる力となっていきます。

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雑談が出来る能力、
NO!が言える関係、
何気ない会話が面白い、
飲み会(食事会)が楽しい等、

日常の生活が気楽にこなせるようになることを身につけてもらいます。

その何気ない会話がゆっくりと、ご本人の生きる力と自信になると信じています。

講演; ピアサポーターの存在感 [2020年10月24日(Sat)]

ピアサポーターとは、ひきこもりや不登校経験があり、ひきこもり気質を持っていることで社会の中で苦労してきた仲間・先輩が支援に携わっていることを言います。

もちろん、私もピアサポーターです。
ピアサポーターは指導者として、牽引していくようなことは避けます。
どちらかというと一緒に失敗経験をして、笑い合える存在と言えます。
同じような経験をしているので、雰囲気で本人の気持ちや考えが伝わってきますし、伝わることもあるのです。
それを言葉にしながら「ご本人の言葉で話せるように」後押しをしていきます。

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      風月庵のマスコット「カッペイ君」

自分がピアサポーターであって、ありがたかったと思うことがあります。

M君宅に初訪問した私は、うつむいたままで反応の少ない彼の表情に、何処まで私の言っていることが届いているのだろうかと、心配になりつつも、自分の出きる実際を伝えるしかないと話し続け、話し終えました。

そして席を立とうとした時に、黙って聞いてくださっていた彼が、口を開いて「かぜさん、僕ももう少しだけ生きてみます。」といってくださったのです。
彼にとってはそこまで深刻な状態だったのかと、私のほうが驚きました。

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それから時々「かぜさんは、いわなくてもわかってくれているから。」といってくれることが何度かありました。
 
A君は、母に連れてこられて面談に来ておられました。
黙ったままで、ポツリポツリと一言二言話して帰られます。
2ヶ月後面談を打ち切るということになりました。

その時無口だったA君が、必死に、懸命に、多弁に、ここに通いたいと母に抗議していましたが、母の応えは変わるはずもありませんでした。
その時のA君の言葉も「かぜさんはわかってくれるんよ。言葉にしなくても、わかってくれるんよ。」といってくれました。
この「かぜさんはわかってくれる」ということが、いいことに動くことばかりではありません。

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親御さんの面談で良く起こる現象です。

お子さんの気持ちを説明することに一生懸命になりすぎた私は、お母さんやお父さんの気持ちに配慮が届かず、私が親御さんを責めてしまっているようになる時があります。
先程のA君母の様に、叱られることもありました。

「かぜさんは、ひきこもりの子の気持ちは理解できても、ひきこもりの子供を持つ親の気持ちは分からない」と指摘されました。
ピアサポーターとして、最も注意すべきところと、今も気に留めながら、親御さんとの面談に望んでいます。

 私のピアサポーターとしての特性も、いい面に働くこともあれば、悪い面となって現れることもあるのです。

講演; 「自立支援」という立場 [2020年10月24日(Sat)]

「自立支援」とは、ご本人の可能性を引き出し自覚していただく為に、体験と実感を持って、自分で決めて進んでいくことを応援する関わりです。

まずは、何事もご本人に決めてもらうことから始めます。
自分で決める体験を身近なところから計画し、一緒に実践することで、ご本人から周りと相談しながら進めるやり方を身につけてもらうことを目指します。

具体的な指図や教えることは一切せず、ご本人のやり方で一緒に進めていき、困った点、違った結果を見つけたら、次のやり方も本人に見直してもらい、本人がどういう風に物事を捉えて進んでいかれるのかを、共有体験することで進めます。

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間違い、失敗することも経て、話し合いを重ねながら、ご本人のやり方をご本人と同じ様な視点で見つめ直し、応援していくことが「自立支援」といえます。

スタッフの考えや視点や進め方は全く外において、ご本人の価値基準で物事を進めていくことを尊重するやり方です。
失敗しても、やっていく内に、双方が楽になったか、解り合えて来たかどうかがポイントです。
双方がしんどくなり、信頼をなくしてきたなら、方法を別なステップに考え直すべきなのです。

生活を進める内で自然に出きるようになるには、1年2年という単位がかかります。 
考えてみれば、5年、10年、20年のひきこもりの生活に馴染んだ若者が社会に出て行くことは恐怖でしかありません。

社会生活や人間関係を想像できる人はまだ進めやすいのですが、学校も不登校で、仕事の経験も一切ない若者では、未来は想像出来ず、不安でしかないのです。

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出発点の自分のやり方から始めて、除々に誰かと一緒に成長させていき、周りに納得してもらえるやり方迄たどり着いた時、お互いが自信を実感できることでしょう。

その挑戦の具体的な提案は容易ではありません。
経験のない若者に「自立」といっても実感が湧きませんから誰かモデルになる人の存在が大きく影響してきます。
少し先を行く先輩(メンター)の行動や考え方はとても支えになるものです。そういった存在が必要です。

ご本人の生き方で共に歩むことが、「自立支援」にこだわる関わり方、見守り方といえるのではないでしょうか。
 講演; 相談しながら、自分で決める [2020年10月24日(Sat)]

ひきこもり時代には、全てのことを自分一人で、あれこれと考え、自信がもてずに、あらゆることが決められず、決めた後も迷い続けていました。

それは自分ひとりで決めたことで、自分ひとりの責任と思い込み、だから失敗することを避け、行動することを避け、決めないでいいなら、決めないという生き方をしてきました。

いろんな提案を自分だけで決めず、色々な人と、頼れる人と一緒に考え、話し合い、決めたやり方を一緒に体験し、そこからもう一度話し合い、再挑戦することで、自分だけの責任ではなく、失敗も一緒に受け止めてくれ、次の提案も一緒に考えてくれると、失敗してもやっていける自信ができます。

そんな、徐々に自分で決める体験を増やしてもらいます。

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仲間の意見を参考にしながら、いろんな人に相談しながら、自分で決めることは、とても重要なことです。
その為には、相談できる人が周りに沢山居ることが望まれます。

それは親であり、スタッフであり、仲間であり、医師であり、保健師であり、兄弟であり、経験者であり、支援の専門家等と、多種多様に居ることを知ってもらうことです。

訪問や外出を進めながら、そういう役割の方との繋がりを周りに増やしていくこと、準備することが求められます。

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そういう意味で、本人が動き始めたら、
身近な市町村単位で、活用しやすいネットワークに出会えればと願っています。

そして、その自分で決める体験を増やしていくことが「自立支援」の一番肝心なところではないかと考えています。
講演; 訪問活動の手順 [2020年10月19日(Mon)]

訪問活動の前に、3ヶ月間は家族会や学習会に勉強に来てもらい、家族の雰囲気の変化を伺っていきます。
その内に、その家庭の動きが見えてきます。
家族内の関係が緩んできた頃を見計らい、家族への訪問を本人の了解を取り付けて始めます。

始め訪問は家族への訪問ですから、
本人には会わない、本人に話しを聴くことはしない。
家族の学習の為の訪問と約束します。

家族の様子が、風月庵に通い出して何かが変わります。
ひきこもり青年は、その変化をキッチリと感じ取っておられます。
その本人と家族との一本の信頼関係が、社会へと繋げていく最初の一歩になります。

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そうして、家族への訪問が始まります。

ご本人は何か起こるのではないかと心配しているのですが、心配していたことは何も起こらず、毎週、人が尋ねて、話をして帰っていきます。
「なんだ、本当に自分に会いに来たわけではないのだ。」と安心されていきます。

その内に、家族の笑い声が聞こえ、ゲームをしていると解ってきて、本人からのぞきに来る場合もありました。

 そんな動きが感じられた時に、「かぜさんが会って、話を聞いてもらいたいと言ってるけど、どうする? 10分でいいんだって。あなたは一切話さなくていいらしいわよ。」
ご本人の不安を抑え、少しの好奇心に期待を掛けます。

そうなると、大概が会って下さいます。

本当に10分で切り上げます。
私の自己紹介と、家族の雰囲気を変える為に来ているが、その効果があったかをお尋ねします。
大概、返事はありません。
黙々と聞いて下さっています。

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そうして、20分、その次は30分と増やします。
私は緊張してうまく話せないので、絵本を読みますので聞いて下さい、一緒にゲームをして下さいとお願いします。
ほとんどはそれをして終わりにします。
ご本人とは30分お会いして、後半の30分はご家族とお話しして、帰ってきます。

何ヶ月かして、ご本人と話しが出きるようになってきますと、風月庵での活動の様子、どんな子が居るのか、前情報を徐々にお話します。勿論、風月庵の若者達に彼の情報を話します。

その仲間の一人を連れてきてもいいか?一緒にゲームをしないかと提案し、ご本人がはっきり会ってもいいと返事を下さると、その一人を連れてきて、一緒に遊びます。

この頃はまだ、基本的には無言です。
遊んでいる内に声が出て、表情も緩やかになってきます。
声が出始めたら、時々話しをし始めます。
話しが弾む様になると、一緒に外へ出かける相談をします。

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話の中から、興味の持てる場所や体験を一緒に始めます。
よければ風月庵に来て一緒に学ぶことを提案します。
今迄の状況の違いで、ここまでが数ヶ月〜3年かかります。
講演; 親がかわると、子が動く [2020年10月19日(Mon)]

風月庵では高校迄の子どもに直接的な学習やトレーニングを求めません。
「親がかわる」学習と、家族の雰囲気を変えるトレーニングを、学習会、支援講座、家族会、父親の会で学ぶことで、子どもは動き始めると考えています。Eさん宅(親がかわる)

E宅は両親と姉妹の4人家族で、妹さんが、さみだれ登校でしたが、クラブ活動には必ず参加されていました。
クラブ活動のトラブルがあり全く学校に行けなくなりました。
摂食障害があり、母親が気にすればする程に隠れて過食を続けていました。
又精神的な症状(自分を応援してくれる青年との交際中)も現れて、実態があるようには思えないのでした。

そこで県外の姉の帰省時に、両親と姉と私とで、お互いに役割の代替と、関わり方の工夫を話し合いました。

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父は週1日早く帰宅し、ストレス解消の為にゲームやテレビを妹に付き合ってもらいました。
母は、身の回りのことを出きるだけ本人に任せ、過食をそのまま受け入れる態度を心がけました。
姉は友達や彼との相談を、妹さんに携帯でしました。

それぞれが関わりを分担して心のベクトルを妹さんに向けるようになると、徐々に妹さんが気持ちを各々の人に向き始めました。
やがて症状も緩和され、期末試験を期に、登校が再開されました。

任せること(親がかわる)

親がかわるということをお話しすると、これ以上は出来ませんとお母さんは訴えてこられます。
自分一人が何とかしなければと思い込み、頑張ってこられた母に、これ以上何かをしてもらいたい訳ではないのです。

どちらかというと、これ迄の母の関わりをドンドン減らし、他の家族の新たな関わりを一つ増やしてもらう提案です。

P宅は、ひきこもっている息子さんの世話は、共働きの母が一手に引き受けていました。
ある日父が怪我をして手術をし、いつも家に居る状態になりました。
父を嫌って家出した息子も、今は父と少し話が出きるようになっていました。
父も自分のことが出来ませんから、息子に頼みます。
息子も、下手に言ってくる父の依頼を機嫌よく引き受けていました。それで、言葉を交わすことが増えました。

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丁度そんな時、母の昇格の話しが出ましたが、母は断ろうと決めていました。
いい機会なので、息子に相談してみますと、食事や家のことは僕が引き受けると自分から決めてくれて、本人が積極的にやってくれるようになりました。

お互いが支え支えられる関係が生まれ、家族間の心の動きが均等になってきてことが解ります。
徐々に家族内の雰囲気は変わり、思い切って買い物に出かけた息子は、外に出かけるようになっていきました。

話しとしては解っても、具体的にその家族に応じたやり方を見つけ、工夫することの方が難しいものです。
別な家庭で同じことをしたらうまくいくとは限りません。
でも、ヒントは必ずそこにあり、見つけることは出きるのです。

講演; 父親の会 [2020年10月19日(Mon)]

大阪の老舗のひきこもり支援団体に、何度か見学に行かせて貰っていましたが、ある時、そこの「父親の会」に参加させてもらい、ピンッと来るものがありました。
活動し始めて早い時期から家族会とは別に、「父親の会」を月一回開催してきました。
途中からは、年1回12月に、皆で忘年会を持つようにもなって行きました。

ある時期から、ひきこもりからの脱出に、父親の役割が大きいことに気付いてきました。

初めて相談に来て下ったのはY父さんで、息子さんのことをとても心配されていました。
早々に家族訪問(本人抜き)を始めることになり、お父さんお母さん私の3人で話をしていました。
その後、ご本人も会いたいと言って下さり、数ヶ月かかりましたが、家の中では明るく、会話もゆっくり始まりました。

ご両親の提案から、そろそろ精神科の病院に行くか、風月庵に行くかという提案がされました。

少しはなれたクリニックに行き順番を待っていましたが、不安が大きくなり飛び出してきました。

次は風月庵に行こうとなり、わたしも一緒に立ち会い、風月庵を案内しました。
落ち着いて座り、周りを見渡します。
部屋の壁には、メンバー制作のコラージュ作品が飾られていました。
それが目に入ったとたんに、彼はぶるぶると震えだし、風月庵を飛び出していました。

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家の中では役割分担として、料理を毎日作る様になっていた彼も、一歩外へ出ることが難しく、大きな壁となっていました。

「父親の会」でも、お父さんが弱みを見せてください。
息子さんにとっては、お父さんの姿が大きすぎるんです。
息子さんにとって、身近なお父さんになってあげてくださいと、お話していました。

お父さんは、ある仕事を任され、夜中12時頃帰宅です。
ある夜、帰宅しますとお母さんが悲痛な顔でお父さんをみつめながらメモを渡されました。

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そこには「死にたい」の文字が?
疲れ果てていたお父さんはどうしてよいかわかりません。
気持ちとして死にたかったのはお父さんも一緒でした。
今お父さんは逃げ出したい。つらい。
自分のことが情けない。
正直に今の気持ちを話しました。

翌日息子さんは、挑戦したかった資格試験を受けに行くと言い出し、震えながら受け終えました。

次に、今度は一番近くの精神科クリニックを受診し、通院することを決めました。
そして風月庵にも通い、仲間との交流が始まったのです。

父親が弱音を正直に見せることで、息子さんが勇気を持ち、自分で決断したのでした。

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「父親の会」をしていなかったら、その辺の意味合いがわからなかったと思います。

自分の子どもの不登校を前にして、何をすればわからなかった父が、子どもとやり取りしながら、一緒に父親の役割を作っていくことが求められていると、徐々にわかってきたのでした。

そこで、心を、気持ちを、考え方を、行動を変えていくお父さんたちの工夫と努力が始まり、それが実り、子どもは動き出していったのでした。
講演; 訪問支援活動の実際 [2020年10月09日(Fri)]

活動当初は、本人と会って話す、一緒に出かけるが必要と考えて、本人への訪問活動から始めました。

伺っても、話にはなりません。
一方的に話すしかありません。
とにかく一緒に話す、一緒に行動することを心がけました。本人の興味に沿って状況を進めていきます。
一緒に旅行にも出かけました。
話しのやり取りは傾聴を基本としていますが、こちらから話しかけて、ポツリポツリと応えてくださるのはまだいい方で、無言や、理解に苦しむ表現や、何か拒否された態度で接し続けられると、訪問している方も辛くなってきます。

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W君→「こんにちは」と玄関に入ると「何しにきた?お前みたいな人間に用事はない」と拒否されます。
それでも傾聴が基本ですから、うんうんと聞いていきます。
暫く話して「そろそろ帰ります?」と切り出すと、「せっかくだから、部屋に上がっていけ!」と自分の部屋で、山積みの本の解説を次々と話して下さるのでした。

T君→頑として喋らないという若者も居ました。
訪問前に電話をします。「これから伺ってもいいですか?」といいますと、「・・はい!」と遅れて返事をしてくれます。
玄関で、ブザーを鳴らすと、部屋に案内してくださり、私の前に正座で座り、黙っています。
色々と声掛けしても、頑なに拒まれている感じでした。

そこで当時の風月庵仲間に頼み、一人ずつ一緒に訪問し、彼の前で、いつもの調子でお喋りを続けていました。
訪問は3ヶ月で、あっさりと終わりました。
それから3ヶ月後、彼から電話を貰い、風月庵に通う様になったのです。
 
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S君→中学不登校のまま高校も不登校が続きました。
風月庵では18歳未満のお子さんには、不登校になると最低3ヶ月はゆっくりと休ませて、心の力を蓄えることを優先させてあげてくださいとお願いしています。
3ヶ月後の9月頃、「つまらないなあ!」という言葉を連発するようになり、本人の了解を貰い訪問に行きました。

初対面なのに、不登校状態なのに、S君は流暢に私に話しかけてくれ、1時間の面談はあっという間に終わりました。
しかし、私はどうしたものかと頭を抱えていました。
というのも、後半30分は姉が憎くて殺したいから、どんな殺し方がいいのかという相談?でした。

1週間後に2度目の訪問で話を始めると、
お姉さん殺人計画は全くありません。
私も殺人計画の話は一切しませんでした。
一緒にゲームをして、飼い犬との付き合い方や、どんなことをしたいのか等、色々楽しい話題ばかりでした。

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この頃の様に直接本人に訪問はせず、途中からは、先ず家族のみを対象に家族訪問をし、後に本人も参加する訪問に、それから本人を対象の訪問へと段階で進める様になりました。


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