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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


不登校から学ぶ生き方 [2020年03月22日(Sun)]

今は日本中、世界中?が不登校状態社会になっている。

学校・教育行政・文部科学省は、子どもの一日も早い登校可能な状態を取り戻し、学力の遅れを取り戻そうと、世の中の不安をあおっているように、私には見える。

子どもが学校に行かない生活を、どう楽しむかを、すでに不登校な生活をしている家族から学んでもらいたいと思う。

親と子が同じ空間と時間が共有できる貴重な機会を得られたのだから、この時にこそ、奪われていた家族の生活の楽しさ、面白さ、力強さを発揮し、日常生活の中で見落としていた温かさを再発見してほしい。

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私が活動の中で、学んだことをひとつ紹介したい。

不登校・ひきこもり状態の子どもや家族が、元の生活や状態に戻りたいと望んでいる内は次のステップに進むことが困難であるという事実です。

今の不登校生活を受け入れ、その生活から楽しめることを見つけた本人・家族は、ゆっくりと今までとは違う生活スタイルを創り、育てることが出きるようになる。

元の生活に早く戻りたいという捉え方は、ここに至った生き方、今の生き方をどこかで否定している捉え方です。
前の生活に戻りたいと今の生活を全面否定している内は、心にゆとりをもてる新しい生き方に出会うことは無いのです。

長年親しんできた、登校生活に戻りたいという気持ちは否定することはありません。だからといって、不登校な今の生活が全てマイナス、よくないことばかりでしょうか?
子どもが昼居るからこそ、親も昼一緒だからこその生活の楽しみ、おもしろさを探し見つけてください。

色んな境遇に出会う長い人生です。
この不登校時代にこそできる家族生活の楽しみ(あり方)を、家族みんなで作ってもらいたいと願っています。
Posted by 林 at 17:04 | 中期対応 | この記事のURL | コメント(0)
自殺予防の相互協力による協定 [2020年03月15日(Sun)]

 3月30日に、徳島県庁において、「徳島県における自殺予防の取り組みの相互協力に関する協定」締結式が、県内の活動団体と自殺予防活動機関と徳島県との間で行われる。

今回は不登校・ひきこもり支援団体との協定で、県内で活動するNPO法人が名を連ねている。
行政や他の活動機関や団体との連携は、確かに必要であり、協力関係が常日頃からあるのと無いのでは違うとは思う。
しかし、今までのいくつかの連携をみても、本当に温かな、心の通い合った支援につながるとは云いがたい。

不登校対策に県教育委員会が協議会を設置した時も、不登校の予防に関する調査研究とされていた。
不登校はよくない、修正すべき状態であり、一日も早く学校に通えることが目標と設定されている。
不登校にならない為の予防という発想が、不登校という生き方を認めず、否定しているように受け取れる。

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私は、「不登校」という就学スタイルを行政も認める取り組みをお願いしたい。どんな学び方を本人が望むスタイルなのかを、スクールカウンセラー・担任教師・親・本人・フルースクールで模索しながら、本人に合った学び方や学業の取得方法を決めてもらいたいものだ。

何が言いたいかというと「自殺」はしてはいけないという前提で、それを止める為に様々な工夫を実践しようとしているが、「自死」という生き方がどういうことで行われるのかを肯定的視点で捉えることもしてもらいたいのだ。

現在、「終活」と称して、自分の死と、死に向かう生き方を考える人が増えている。終末医療の有り方も地域で様々な取り組みが始まっている。
人の死は、人が命を、自分のライフスタイルを考える上で、大きな人生的なテーマとも言えるものです。どんな死も、尊いものだという「尊厳死」の考えも広がろうとしています。

フリースクールとして活動している私は、「不登校・ひきこもり」を予防する視点から、次世代的な新しい生き方の提案として見つめ直しながら考えていきたいのです。
Posted by 林 at 09:32 | 活動 | この記事のURL | コメント(0)
 19年目の記念日に(死なないでくれ!) [2020年03月04日(Wed)]

2001年3月1日が、風月庵の誕生日だ。 19年になる。

何事も続けることが出来ない私が、20年近く活動を続けてきたのは奇跡に近い。
父は天国で笑っているだろう。

仕事が嫌で職業を転々としていた20代、家出を繰り返していた私を、両親はどんな思いで見ていたのだろう。
将来を期待し、家業や家計を継ぐ長男として、生きることが決まっていた。それが苦痛だったとは、当時の自分も解ってはいなかった。
覚悟していた筈が、かなりの重荷に耐えかねて家出を繰り返していたと思う。

仕事をしながら、ボランティア活動をして、結婚もして、子育てもして、保育士になる夢もあった。
したいことはいっぱいあったし、次々と挑戦しているかに周りにも見えて、自分はそれ以上に情熱的に生きていたつもりだった。

ボランティア活動も私的生活も、金銭的にも行き詰った。

徳島で死ねなかったな私は、子ども二人を連れて大阪生活を始める。一生懸命生活を続けたがやはり続かなかった。

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徳島に帰り、1年後再び大阪へ。

この時は二度と徳島の地で生活することはないと誓った。
ところが、子育てが終わると、1年間日本一周をして、徳島にて風月庵を始めた。

10年でやめるつもりが、もう少しで20年になる。
俗に言えば、我ながら情けない人生だったと思う。
自画自賛とは決していえない筈だが、近頃、そう60歳を過ぎる頃から・・・、
まんざら悪くない。46歳からは自分のままで生き様としてきた。風月庵をやってきて皆に出会って、今は、そこそこ幸せだと感じている。

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どうしてか、みんなバカで、みんな苦しんでいる奴ばかりだと実感できたからだ。
自分だけが辛いわけじゃなかった。と、実感できたからだ。

みんな、死なないでくれ。自分を苦しめ続けないでくれ!
甘やかしてもいいんだ。
60歳まで生きることは耐えがたいかもしれん。
それでも、人生の後半には幸せになろう。
若いときは死にたくなるくらいバカをして、後悔をしよう。

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その分、辛い思いを重ねてきた分、幸せを感じ始めると、じっくりと味わい深くなってくる。
ダラダラでいい、グズグズでいい、だらしなく生きよう。
そして、老いて、親が死んでしまった後こそ、幸せをゆったりと味わおう! かぜ
Posted by 林 at 11:51 | かぜ | この記事のURL | コメント(0)
心が風邪をひく [2020年03月02日(Mon)]

お子さんが不登校(ひきこもり)となり、相談に来られる親御さんは、皆さん同じことを尋ねられる様に思います。

いつになったら、学校(仕事)に行けるようになりますか?

では、お聞きしたいのですが、
いつから、どうして、学校に(仕事に)行けなくなりましたか?
それは、親も、本人も、我々支援者もわからないのです。
しかし、行ける様になるための方法は、
我々支援者は、いくつも知っています。

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 不登校になり始めた時の状態は、心が風邪をひいたようなものです。
特効薬はありません。抵抗力を養う為の免疫力=生きる力を養うことしかないのです。
 この免疫力というのは体力のことも当然ですが、どちらかというと精神的な免疫力(ホメオスタシス)を指しています。

 では、どうすれば、本人に免疫力をつけることが出きるのでしょうか?
 本来免疫力は生まれたての赤ちゃんは備わっている筈なのですが、子育ての中で発育の中で、失われてしまった様です。

 その免疫力を育て直すことが目的といえます。
免疫力を取り戻した子ども(若者)は、自分から学校(社会)に歩き始めるものなのです。
 私達は、そう信じています。

 親が、家族が、先ず出きることは、本人の免疫力を育て直すことなのです。

 そのために、家族会、支援学習会、個別面談、訪問、スクーリングの各活動を展開しているわけです。
 各個人、各家庭によって違います。
みんなで知恵を出し合いながら、気持ちを支え合いながら、心の目が出てくるところを私たちと一緒に待ってみませんか?
Posted by 林 at 17:14 | 初期対応 | この記事のURL | コメント(0)
非言語のメッセージ「働きたくない!」 [2020年03月02日(Mon)]

2月22日の支援学習会でのこと。
参加者のお母さんが、「あっ、そりゃ駄目だわ!」と大きな声で思わず言葉にしてしまった。

この学習課題は「働いた経験のない若者に、働く気持ちになってもらいためには?」ということで、3人の若者を頭に浮かべて5人で話し合っていた。
本人も、「働きたいけど、どうしていいのかわからない。何がしたいのかもわからない。」というので、「本当に働きたいのかなあ?」というところから考えようとなった。

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昔の会員:父のSさんが、「働きたくない!」といった息子を諭した結果、息子は家出をしてしまった。
家族と住むのも嫌というので、風月庵に寄宿していた。

その父さんと「父親の会」で、自分の少年時代や青年時代、世の中の愚痴や家族のこと色んな話をしていました。何回目かに、「私も、実は、働きたくなかった」に気づいたとおっしゃったのです。
本当に自分がしたい仕事ではなかったということなのです。「自分は家族のために」と自分に言い聞かせて、辛い仕事の愚痴ばかりを家族にこぼしていたというのです。

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その話しの直後に出た、あるお母さんの一言が
「あっ、そりゃ駄目だわ!」でした。
息子には「働かないと駄目だよ」と、諭しながら、息子も何となく「働かないといけない」と納得したかに見えて、よくわからない。気持ちも意見もないのが正直なところ。

お母さんはいつも仕事に行く時「しんどいけど、嫌だけど、しょうがないわ。仕事に行ってくるわ!」といいながら出かけているらしい。

「仕事の経験の全くない息子が、仕事をしたいと思うはずがないですよね。」との一言に、私たちも納得でした。
Posted by 林 at 17:06 | 家族・親 | この記事のURL | コメント(0)
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