ギリギリまで出来ない
[2022年09月05日(Mon)]
今年は奥さんが本を出版する予定で原稿仕上げに熱を入れていた。その原稿が仕上がったのだが、字数が決められている数より2割ほど超えているという。
そこで、私に校正の役割が廻ってきた。去年は、私が支援テキストの制作を進めていて、奥さんに最終校正をお願いしたのが丁度一年前でした。
これは本気を入れて取り組まなければと、気持ちで急かしながら進めていると、他の作業が手につかなくなっているという悪い癖が顔を出していた。
ということで、ブログが配信できず、HPコラムの追加配信もなかったのでした。そういう言い訳をよくするのですが、この癖は「ひきこもり特性」かもしれません。
どうも気持ちの中に二つ以上のことを同時進行することに抵抗があるのです。どっちからどう進めたらと考えていると、二つ共が手につかない。二つなのに、あれもこれもしなければならないような妙な焦りが自分をジンワリと責めてきます。
ギリギリまで決心がつきにくいというのも似たような癖です。どうしよう、どうしようと、気持ちを揉み解しながらも、完成(成功)予想図が見えてこないと着手できないのです。ギリギリになって頭の中で組み立てていた予想図に気持ちを引かれながら、やり始めると早いし、無理してでも一気にやってしまう。
時間で区切ることが苦手で、時間が過ぎても予定していたところまではし終えたいと頑張ってしまう。これも似たような癖で、頭の中の予定設計図に囚われていて、現実の進み具合で途中修正する、中断するが出来ないのです。
思考優先型というのでしょうか。自分の予定や順番どおりに進まないことが、大きなトラブルで、天地が引っくり返るほどの不安がムクムクと膨れ上がってくるのです。
毎日の仕事(やるべき日課)をあれこれ思い悩まずに、淡々と進めながら、途中で遅れたなら、遅れた様に修正して、何とか仕上げて、上司や相手に見てもらい判断を仰ぐ。それで相手や上司がOKなら、それでよし。やり直せといわれれば、そこから打ち合わせて進行方法を相談して決める。
要するに相談しながら決める。分からない時、困った時は、わかる人に相談し、自分だけで決めずに物事を進めていくことです。様はコミュニケーションを活かすと言うことですが、ここの経験が浅く、苦手意識があるので、極力自分だけで考えて、自分が想像する完成度の高いところを目指さねばと、自分を追い込み、追及するようになるのです。
甘えること、頼ることが気楽に出来るようにならなければ、社会でぼちぼちやっていくことは、これまた出来ないことなので、まだまだ苦手意識の高いままの私だと感じています。