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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


人生最高の贈り物にするために [2022年01月06日(Thu)]

この正月は、コロナのことともありましたが、近しい人がなくなり喪中ということもあり、新年のご挨拶も控えるようにしていました。

加えて、母親が高齢ゆえの病で、入院観察を余儀なくされ、12月末までの入院が、経過が思っていた程ではなく、もう少し経過観察入院を継続しましょうとなりました。

そのことを聞いて、母親が気にしているだろう墓の掃除と玄関周りを整えました。70歳にして初めてのことです。

墓の掃除はやらされたことは、子どものときにあった様にも思いますが、とにかく、家事一切から逃げていましたから、記憶としてはないので、初めてということにしておきます。

2年前の春に母親が膝を痛めて3週間入院したのをキッカケで、敷地内の草抜きを、初めて、し始めました。
あるお母さんからは、「69年間、したことないんですか!」と、驚きの声で返されました。

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さて、私達ひきこもり気質の人間は、親から言われたことは意地でもしないという信念を持って生きていますから、基本家のことは何かと理由をつけて避け続けています。

逆に言えば、家のことを自ら手伝ったり、自分の決意(意志)でやりはじめたなら、社会に向かっても動き出すといってもいいくらいです。

何やかやで、大晦日から3日まで、家の中でテレビばかりを見ては、御節で日本酒とビールを交互に頂いていました。

その中で、再放送の映画「人生最高の贈り物」を観ながら涙し、終わってジンワリと感じるものがありました。

翻訳家の父(寺尾聡)の元へ娘(石原さとみ)が帰ってきます。「何かあったのか?」と尋ねても「べつにっ!何もないよ」と、素っ気無く返されます。
 
理由も言わず実家で居座る娘を案じて、元教え子の娘婿(向井理)をこっそり訪ねます。
訳を知っても、変わらぬ態度で生活することを条件に、聞いた話は、「娘の余命が短いことと、父と娘との時間をやり直したいので、余命の半分を父と過ごす時間としてくださいと頼まれて、認めたこと」を継げ、日常生活が出来なくなる前には戻ってくるからと、約束の内容を告げられます。

そこから、娘が手がけたかった翻訳の仕事を父娘でやり遂げて、最後まで理由は言わず、聞かずの内に、父も娘も「またね」「またな」といって見送るラストシーンでした。

その間の近状のおばちゃん、担当編集者を巻き込んだ新たな家族劇は、お互いの気持ちを大切にするからこその、しぐさ、行動、その一言が、涙をそそるのでした。

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皆、誰もが子育ては失敗しているように思われます。
私もそうですし、風月庵に来られる親御さんからも、よくこの言葉をお聞きします。

風月庵の活動は、自分の人生の、子どもとの人生の、やり直しをされていて、そのお手伝いさせてもらいながら、私自身の育て直しをしているように思われてきたのでした。

やり直した時間が「人生最高の贈り物」になりますように。
ドタキャンしてはいけないでしょ! [2022年01月06日(Thu)]

支援学習会はスタッフと親御さんが参加し、お互いの意見を出しながら、支援(関わり方)について意見交換の場です。

今回から、皆さんに配布させてもらった支援テキスト「不登校・ひきこもりに出会ったら」から、テーマを取り上げることにしました。

このテキストは、風月庵20周年記念事業として制作したもので、20年の活動から生まれた視点を大切にしています。

加えて、ピアサポーター(経験のある支援者)からみつめる思いを、親御さんに、支援者の方に、もちろんご本人に、伝えたいとの願を込めて編集したものです。

先日手にとって読んでくださった方から、「『ドタキャン』の話が印象に残りましたね」との感想を頂きました。

彼は、躁鬱傾向があって、躁の状態の時にドンドンと予定を入れていき、実際に当面する時には欝状態に入っていて、自分にとって辛い局面に迫られる羽目になるそうです。

その話から、彼は私の気持ちが分かってくださったと勘違いしたのでしょうか?
欝で人と会うのが辛くなった時にはドタキャンを安心してできる社会であればいいのに。
平気でドタキャンできる自分であればいいのにと願って下さったのではないかと解釈しました。

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学習会でスタッフAさんは、風月庵ではドタキャンが出来るのは大事だと思いますよ。
でも一般社会ではそうは行かないじゃないですか。

ひきこもりの若者がドタキャンをできるように訓練して、その壁を越えることで、少しずつ安心して風月庵に通えるようになる事が大事なんですよね。
社会への中間施設としての役割がそこにあることは、とても大きな意義があると思います。

いや、ちょっと待って!
私は中間施設、社会に出るための訓練の場だから許されるといいたいのではないのです。

今の社会が、ドタキャンを許せる社会になって欲しいし、その感性を持つ人が当たり前と思える社会であってこそ、障害がなくなるバリヤフリーの社会といえるのではないでしょうか?

また、かぜさんの理想論だと非難されそうですが、単純に私はドタキャンをさらりと許せる人間になりたいと思うのです。

まず、親御さんが、支援者が、ドタキャンを許せる生き方を始めてみて欲しいと思うのです。

かくいう私も、まだ修業中かもしれませんが。

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支援テキストの矛盾 [2021年02月27日(Sat)]

今回、支援テキストを制作するに当たり、不登校・ひきこもりの状態を初期(3カ月〜1年)・中期(6ヶ月〜3年)・長期(3年以上)に分けて、総論・本人・家族(親)・支援者別に、支援に関する提案を紹介していこうと考えています。

不登校・ひきこもりの状態、それぞれの時期により捉え方や支援のポイントが変わってくると考えています。
個人の性格特性や、環境、時代や社会に対する認識の違いにより、本人の気持ちに届く伝え方と、本人が少し努力して挑戦できる方法は、各々で違っていて当然なのです。

それを大枠で捉えて、支援の参考にしていただこうということに抵抗と矛盾を感じています。
出来るだけ、各々の状況や時期や環境によって幅広く活用出来る切り口で表現し、現場で応用いただけることに気を配りながら編集するつもりです。
しかしながら、実際には現場の方々の創意工夫に頼り、何よりご本人の勇気によるところが大きいと思われます。

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そういう観点からみれば、初期(3カ月〜1年)・中期(6ヶ月〜3年)・長期(3年以上)という分け方は納得いかない方も多いと思われますが、

・初期(3カ月〜1年)は、生きる力を蓄える時期で、ご本人の味方になり、見守り、安心を保障する。

・中期(6ヶ月〜3年)は、現状から発展させる時期で、ご本人を信頼し、経験の一つ一つを大切に成長する。

・長期(3年以上)は、ご本人の力だけでは困難な時期で、重複した支援の協力を得て、社会への信頼を育てる。

どんな時期であっても、見守りながら、ご本人を信頼して任せ、後押ししながら気持ちを合わせて、共に成長を喜び、みんなで支え合う関わり方を作っていってくださることで、ご本人と家族が、支援者と共に新しい生き方を育ててくださることを願っています。

Posted by 林 at 17:12 | 総論 | この記事のURL | コメント(0)
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