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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


「自分の人生を生きる」という母の叫び [2024年11月05日(Tue)]
先月と先々月と続いて、面談の中で、別々に二人のお母さんから、「私は、私の人生を生きたいと思うようになりました。私の人生を楽しんでいいのでしょうか?」と、訴える様に言葉にされました。

とても大切な発想に出会われたのだと感激して、「勿論です。それが大事です。」と、私も思わず口にしていました。

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ひきこもっている息子さんの為に、何かすることがまだまだあるだろうとおっしゃるのは、お父さんの理屈です。

ここで考えてもらいたいのは、お母さんが関わりを放棄して逃げたいと主張しているわけではありません。
逃げ出したい気持ちだが、逃げ出すことを望んでいるわけではないのです。
そこは百も承知なのです。

お父さんがいう、もっと何かをと言われても、その何かが具体的にわからないし、結果も未来も見えない閉塞感に、家庭で過ごすお母さんは、部屋の奥にいる息子さんの気持ちを想像して、「この重苦しい気持ちを何とかして」と訴えているのです。

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こんな重苦しい気持ちは、息子さんは勿論のこと、お母さんも、お父さんも持っていて、家族みんなで、重苦しい雰囲気を醸し出しているわけです。

誰かが、この重苦しい雰囲気や気持ちを投げ出す挑戦が必要なのではないでしょうか?
その一つが、お母さんの提案していた「私は私の人生を生きたい。私の人生を楽しんでいいでしょ!」なのです。

自分の為より、家族の為を優先して、自分を我慢させてきた、重苦しさを長い間背負ってきたお母さんに、そんな一言の小さな叫びを発せさせたのでしょう。

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健康な生活とは、心の気持ち配分が、自分:家族:社会(仕事)において、3:3:3であることではないでしょうか?
このバランスが崩れていたなら、長く続けることはストレスになり、苦痛でしかありません。
1/3の自分を大切にする時間や労力や気持ちを取り戻すことは、人が健康に過ごし、共に生き、支えることも余裕を持って進めるために、最低限必要な条件なのではないでしょうか。

お母さんたちは、それに気づかれたのです。
だから、お父さんも、他のご家族も、お母さんのその気持ちを認めてあげてほしいのです。
お互いが、自分を優先することを尊重しあえる心の余裕を持たれることが求められているのです。

ご本人と各家族がバランスよくかかわり、各々が無理をし過ぎないやり方の工夫が、家族の重い空気を、1段軽やかになることへとつながると思うからです。

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