そこに座っていただけの「存在感」
[2024年10月01日(Tue)]
何もしないから、存在感がある
多くの若者が、スポーツクラスで、壁にもたれていて、何もしなくて、ただ座っているだけではいけないと思っている。
一生懸命、練習に参加し、試合に参加して、出きるだけ勝ちたいと願って参加することが当たり前と思いこんでいます。
Y君も、そうだったようだ。
Y君は、スポーツは参加し、試合に出て競い、勝ち負けがあって面白いのであり、参加しないと、何の意味もない、下手な自分が参加すると、それだけで、周りの人に迷惑をかけているだけと思っていました。

いつものところに座っているだけで
「Y君が参加して、皆がスポーツしているところを観てくれているだけで、君の存在価値はあり、Y君がいつものところに座っているだけで、いつもの様に、Y君がそこにいることが、私達、参加者を安心させてくれていると、説明した。
Y君が、そこに座っていないと、「今日は、Y君はお休み?」と、誰かから声がかかる。
お母さんから「今日は、体調が悪いから、休むそうです」と、聞かされると、(大丈夫なのか?)と、心配してしまう。
座っているY君に「試合に参加する?」と、誰かが声をかけても、驚いたように首を横に振り、戸惑った表情を見せる。
(ごめん!声をかけるのには、早かったのかな?)と心の中で反省しつつ、今度は、いつ声をかけようと想像してしまう。
Y君は、ある時、黙って立ち上がり、点数版の前に来て、点数を付けてくれるようになった。
それからというもの、毎回してくれるわけではないが、本人の気持ちが向いたら、気持ちと行動が一致したら、むっくりと立ち上がり、点数版の点数をめくってくれている。

Y君の気持ちと行動が、いつ一致するかはY君にしか分からないことだが、点数を付けてくれる時には、「お願いします」と声掛けと一礼をします。
試合が終わると、「ありがとうございました」と、試合に参加した人と共に、点数付けのY君に向かい、一礼と声掛けを、心がけている。
何もしなくても、存在感は残っている
風月庵でのスポーツはうまくなりたいから、上手になりたいから、技能を高めたいから、スポーツをしている訳ではありません。
社会の中で、仲間の中で、一緒に何かを楽しめる雰囲気を、自分が身につける為に、スポーツクラスに参加してその感覚を掴んで貰いたいと願っているのです。

だから、極端な言い方をすれば、何もしなくて、眺めていて試合を見守り、その応援をすることが、参加の1スタイルと考えてもいいのです。
いつもの所に、Y君が、いつものように居てくれることの安心感を、参加者全員が感じているものなので、その「自分の存在感」をY君にも知ってもらいたいのです。
そんなY君も、「ちょっと、やってみようかな」と、気心の知れた人と練習を始めています。
「試合はもう少し上手くなってきてから」の言葉を、私達は温かく受け止めながら、一緒に試合を楽しむ日が来ることを、ゆっくりと待っています。
多くの若者が、スポーツクラスで、壁にもたれていて、何もしなくて、ただ座っているだけではいけないと思っている。
一生懸命、練習に参加し、試合に参加して、出きるだけ勝ちたいと願って参加することが当たり前と思いこんでいます。
Y君も、そうだったようだ。
Y君は、スポーツは参加し、試合に出て競い、勝ち負けがあって面白いのであり、参加しないと、何の意味もない、下手な自分が参加すると、それだけで、周りの人に迷惑をかけているだけと思っていました。
いつものところに座っているだけで
「Y君が参加して、皆がスポーツしているところを観てくれているだけで、君の存在価値はあり、Y君がいつものところに座っているだけで、いつもの様に、Y君がそこにいることが、私達、参加者を安心させてくれていると、説明した。
Y君が、そこに座っていないと、「今日は、Y君はお休み?」と、誰かから声がかかる。
お母さんから「今日は、体調が悪いから、休むそうです」と、聞かされると、(大丈夫なのか?)と、心配してしまう。
座っているY君に「試合に参加する?」と、誰かが声をかけても、驚いたように首を横に振り、戸惑った表情を見せる。
(ごめん!声をかけるのには、早かったのかな?)と心の中で反省しつつ、今度は、いつ声をかけようと想像してしまう。
Y君は、ある時、黙って立ち上がり、点数版の前に来て、点数を付けてくれるようになった。
それからというもの、毎回してくれるわけではないが、本人の気持ちが向いたら、気持ちと行動が一致したら、むっくりと立ち上がり、点数版の点数をめくってくれている。
Y君の気持ちと行動が、いつ一致するかはY君にしか分からないことだが、点数を付けてくれる時には、「お願いします」と声掛けと一礼をします。
試合が終わると、「ありがとうございました」と、試合に参加した人と共に、点数付けのY君に向かい、一礼と声掛けを、心がけている。
何もしなくても、存在感は残っている
風月庵でのスポーツはうまくなりたいから、上手になりたいから、技能を高めたいから、スポーツをしている訳ではありません。
社会の中で、仲間の中で、一緒に何かを楽しめる雰囲気を、自分が身につける為に、スポーツクラスに参加してその感覚を掴んで貰いたいと願っているのです。
だから、極端な言い方をすれば、何もしなくて、眺めていて試合を見守り、その応援をすることが、参加の1スタイルと考えてもいいのです。
いつもの所に、Y君が、いつものように居てくれることの安心感を、参加者全員が感じているものなので、その「自分の存在感」をY君にも知ってもらいたいのです。
そんなY君も、「ちょっと、やってみようかな」と、気心の知れた人と練習を始めています。
「試合はもう少し上手くなってきてから」の言葉を、私達は温かく受け止めながら、一緒に試合を楽しむ日が来ることを、ゆっくりと待っています。
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