立法と調査 2010.10 No.309より抜粋
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2010pdf/20101001014.pdf一橋大学 国際・公共政策大学院 秋山信将
1.はじめに2010 年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議(議長:リブラン・カバクトゥラン比大使)が5月3日から28 日までニューヨークの国連本部で開催された。NPTの運用検討会議は、条約第8条に従い、条約の履行及び運用状況について検討し、さらに条約の目的の達成を促進するための方策について議論・決定することを目的として、5年に一度開催される。
今回の運用検討会議は、失敗に終わった2005 年の会議を受け、その成功が国際社会
から強く望まれていた。しかし、NPTおよび運用検討会議を取り巻く国際情勢は、楽観的な要素と予断を許さない、難しい要素が混在していた。
核軍縮の面においては、キッシンジャーらいわゆる4賢人がウォール・ストリート・ジャーナル紙に2007 年に発表した評論の中で「核なき世界」の概念を打ち上げ、それに共鳴したオバマ大統領は、2009 年4月にプラハにおいて「核なき世界」を目指すことを謳う演説を行った。2010 年4月には、核の役割の低減を盛り込んだ『核態勢見直し(Nuclear Posture Review)』を発表2し、さらに米ロが新START(戦略兵器削減条約)に合意するなど、核軍縮に向けた機運が高まっていた。また米国は2009 年の準備委員会から協調的な姿勢を示すなど4、成功への期待感を高める要素があった。
その一方で、「原子力ルネサンス」という言葉に象徴されるように、逼迫するエネルギー需給の見通しや地球温暖化問題への関心の高まりから、原子力の新規導入や増設を計画する国が増加し、原子力への需要が高まっている。すでに、北朝鮮やイランの核開発問題を抱え、国連安保理決議による制裁などにもかかわらず、国際社会は実際の拡散事案の解決をすることができないでいる。このような中での原子力への関心の高まりは同時に、核拡散に対する懸念がさらに高まることを示唆する。
核拡散の懸念に対しては、2000 年代に入って様々な手法が新たに議論され、あるいは導入されるようになってきた。例えば、エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長が提唱し、米国やロシアなども構想を提唱する核燃料サイクルの国際管理、大量破壊兵器(WMD)や関連資機材の移転を公海上や上空などで阻止することを目的とした国際的な協力の枠組みである拡散に対する安全保障構想(PSI)、非国家主体がWMD拡散に関与することを国内法で禁止する国内法制の充実を義務付ける国連安保理決議15407などである。
また、NPTの枠の中では必ずしも直接扱われては来なかった核テロ(もしくは核セキュリティ)の課題についても、米国が自国の安全保障上の脅威として極めて重要な位置付けをし、4月にはワシントンで47 か国の首脳などを集めて「核セキュリティ・サミット」を主催したことなどから、この核セキュリティがNPTとどのような関係にあるのか、今後どのような関わりが生まれるのかも興味深い点であった。これらの核不拡散、核セキュリティをめぐる論点は、NPT第4条の平和的利用の「奪い得ない権利」との関係において、原子力供給国側と、受領国の多い非同盟諸国(NAM)グループの間で見解の隔たりが存在し、これらの事項については合意が難航することが予想された。
さらに、2007 年に米国がNPT非加盟国であるインドとの間で原子力協力協定の締結で合意したことは、核不拡散をめぐる国際秩序の規範のあり方に波紋を投げかけた。
米印の合意は、NPTの三本柱である「核軍縮」、「核不拡散」、「原子力の平和的利用」
の間に存在すると信じられている「グランド・バーゲン」のバランスを崩壊させかねないインパクトを持っていた。実際に国際秩序にどのように影響が出るのかは今後の評価を待つ必要があるが、後述のように今回の運用検討会議においてはその議論の行方に影響を与えたといえよう。
最終文書の内容を見ていくと、これから核軍縮、核不拡散を進める上で手掛かりとなるような、前向きに評価すべき点と、コンセンサスが得られずに積み残された重要課題が見えてくる。また、最終文書に向けたコンセンサス形成の過程を見ると、「グランド・バーゲン」を構成する諸価値の間の新たなバランスのあり方や、「グランド・バーゲン」をめぐる新たな政治力学が見えてくる。それは、核不拡散・核軍縮をいっそう進め「核なき世界」を実現させることが前途多難であることを予感させる。本稿では、最終文書の核軍縮の分野の分析を中心にこのような問題点について論じる。
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天の欠片さん