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川勝部長のひとりごと



 社会福祉法人聖隷福祉事業団で法人本部企画開発部長をしています。


 事業団全体にかかわる企画開発関連事業に関わっています。


 日々感じたこと、考えたことを書いていきます。 よろしくお願いします。

気仙沼市(1)

[2011年10月22日(Sat)]

気仙沼市の入ると、ここもすごい光景の連続です。5か月経ってこの情景かと思うと涙が・・・











南三陸町〜気仙沼市(3)

[2011年10月21日(Fri)]



もう言葉にならないくらいいろいろな光景に出合いました。
津波の威力の恐ろしさを実感しました。









南三陸町〜気仙沼市(2)

[2011年10月20日(Thu)]

南三陸町から気仙沼に移動。道沿いにも悲惨な光景が次々と・・・・





陸上(道沿い)にも大小たくさんの船が5カ月間経っても放置されています。





下水が損傷しているのか、少し雨が降ると道路に水があふれます。




南三陸町〜気仙沼市(1)

[2011年10月19日(Wed)]

南三陸町から気仙沼市に向かう道沿いでもいろいろな光景に出合いました。

アパートの屋上まで津波が押し寄せ、車が屋上に放置されています。




鉄道の線路(橋)が途中で分断され、復旧工事中です。



おびただしい車が廃車に・・・・



山の中に船が放置。ここまで津波が・・・・





南三陸町(3)

[2011年10月18日(Tue)]


南三陸町のガソリンスタンドです。
上の写真は屋根もなく、従業員は傘をさして対応されています。
下の写真は、別のガソリンスタンドです。
屋根は残っていますが大きく被災しています。
震災直後は大変だったと思います。







防波堤が壊れ、海岸沿いは未だこんな状況です。海水で入ってきています。



道を進んで行くと、海に突っ込んで行きます・・・・


南三陸町(2)

[2011年10月17日(Mon)]


南三陸町の主要部です。
木造の建物は何も残っていません。
鉄筋の建物も全壊です。
上の写真は南三陸町の町長さんが一晩しがみついて助けられたという建物。
下の写真は公立志津川病院で3階か4階部分まで津波が来て、患者職員が屋上からヘリコプターで救出されたという建物です。
この辺り一面、海水に浸かっていたということです。



   公立志津川病院です。玄関前は瓦礫が山と積まれていました。





              コンビニが仮設で営業していました。


南三陸町(1)

[2011年10月16日(Sun)]

松島から三陸道を通り、南三陸町志津川地区に入ります。
光景は一変します。
海など全く見えない山沿いの景色の中で突然津波によるすごい光景に出合いました。







南三陸町志津川地区にある老人ホーム慈恵園です。
高台にある平屋建てのホームは、津波により全壊していました。
入り口には献花台が供えられ、たくさんの犠牲者が出たことが推察されます。
こんなところまで津波が来たのかと思うと恐ろしいです。
その時ここはどのような光景だったのかと思うと、同じ老人ホームの職員として胸が痛みます。
ゴミとして外に放置されていたベッドや車イスには海からの藻などが絡まっていました。








松島・塩竈

[2011年10月15日(Sat)]

長らくお休みをしてしまい申し訳ありません。
その間も平均25件/日のアクセスがあり(カウント機能がありますので)、こんなに怠慢しているのに・・・と恐縮しております。
忙しい忙しいは言い訳になりませんので、心機一転もう一度がんばってブログを続けたいと思います。
まずは、2か月も前になりましたが、東北3県訪問の報告を何としても仕上げたいと思います。少し時期的に遅くなりましたが、お許しください。よろしくお願いします。 感謝



               ≪ 日本三景  松島 ≫


2日目は、福島県郡山市磐梯熱海ICから磐越道・東北道・仙台東部道路・仙台北部道路と通り、松島に向かいました。

仙台東部道路では震災で大きな被害を受けた仙台空港の近くを通りました。

その辺りの道路は、支障なく走行できるとはいえ、段差があったり、まだ修復されていない壊れたガードレールがあったり、痛々しい状態でした。

日本三大光景と言われる松島は、あまり津波の被害も目立たず、観光客で大いに賑わっていました。

土産物屋さんも元気でしたし、遊覧船も出ていました。

町全体に活気があって、何かホッとしました。

遊覧船で約1時間の松島観光をしました。

でも、ちょうどお盆の時期で、その日は午後から慰霊の行事が催される予定で、その準備が進められていました。

その日の昼食は紹介していただいた隣町の塩竈市にある亀喜寿司というお寿司屋さんに行きました。

塩竈市は津波の被害をかなり受けており、この店も暫く休業を余儀なくされ、先日再開したそうです。

塩竈市には寿司ストリートと呼ばれるほどお寿司屋さんが多いそうです。

お寿司はとても美味しかったですが、まだすべてが地元で水揚げされたものとはいかないようでした。



五色沼と磐梯熱海

[2011年09月19日(Mon)]
(前回からかなり日にちが空いてしまいました。申し訳ありません。すいません)




8月15日(1日目)の午後は、福島県の観光地「五色沼」に行ってきました。

ここは内陸部にあって震災の被害はあまりない様子でたくさんの家族連れが観光に来られていました。

五色沼の水は本当にきれいで透明度もすごくありました。

池(沼?)はコバルトブルーで8月というのに、池の周りには紫陽花が咲いていました。

昔の磐梯山の噴火でできた池で、湖底には木々が沈んでいます。

たくさんの人がボート遊びを楽しんでおられました。










泊まりは郡山市の「磐梯熱海温泉」という所でしたが、熱海という名前通りよい温泉でした。

その晩、宿の近くで盆踊りがあり、飛び入りで地元の人に混じって「磐梯熱海音頭」を踊ってきました。

地元の方と交わるよい機会でした。

福島原発

[2011年08月27日(Sat)]

福島県いわき市から広野町へできる限り、福島第一原子力発電所に近づきたいと北へ車を進めました。

途中、波立海岸やJR末続駅に立ち寄りましたが、それぞれ大きな被害を受けていました。









JR常磐線は不通で、末続駅は休止中でした。(もともと無人駅だそうですが)

R6で広野町に入ると、高い煙突が2本見えてきました。

東京電力広野火力発電所です。

そこに隣接して、Jヴィレッジという大きなスポーツ施設がありました。

ここがいわゆる福島第一原発警戒区域(20q圏内)の境界線になり、R6は通行止めとなりました。

Jヴィレッジは震災以降全面閉鎖し、国が管理する原発事故の対応拠点となっており、警察車両や工事車両がたくさん集結していました。

とことこと何食わぬ顔で入っていきましたが、途中で警察官に「これ以上は許可書のない車は進めません」と止められてしまいました。

周辺道路も通行止めで、完全封鎖されているという印象です。

無断で侵入すると災害対策基本法の規定により罰せられるという立て看板もありました。

通行止めの看板の向こうは、のどかな風景が広がっており、自宅に帰りたくても帰れない警戒区域内の住民の方々の苦悩を少し実感した思いでした。