教会消火器投げ込み事件
今日の朝刊に、教会消火器投げ込み事件の容疑者が逮捕されたという記事が載りました。
関西地区外の方はあまりご存じないかもしれませんが、約2年にわたり関西地区のプロテスタント教会に消火器を投げ込むという事件が、72件も発生しました。
単に消火器をガラスを割って投げ込むだけでなく、栓を抜いて薬剤を噴霧させるものですから、後の掃除が大変です。日曜の朝に投げ込まれて礼拝が通常通りできなくなった教会もありました。
私の所属している宝塚栄光教会も今年4月に被害に会いました。
容疑者は教会の元信者だったようです。やっぱりという気もしますが、残念です。
私も教会に行っていますが、教会に来られるすべての人が喜んで教会に通い続けられるわけではありません。いろいろな理由で来られなくなる人も大勢おられます。
今は、人の心がカラカラに渇いている時代です。「愛」という言葉が氾濫していますが、人間はますます自己中心的になっています。
そのような時代にあって、教会は求めてくる人たちの心の渇きをいやすオアシスのような存在であってほしいと思います。
人は一人では生きていけない。
『人』という漢字は人間が人間を支えあうところから生まれたと聞きました。
関西地区外の方はあまりご存じないかもしれませんが、約2年にわたり関西地区のプロテスタント教会に消火器を投げ込むという事件が、72件も発生しました。
単に消火器をガラスを割って投げ込むだけでなく、栓を抜いて薬剤を噴霧させるものですから、後の掃除が大変です。日曜の朝に投げ込まれて礼拝が通常通りできなくなった教会もありました。
私の所属している宝塚栄光教会も今年4月に被害に会いました。
容疑者は教会の元信者だったようです。やっぱりという気もしますが、残念です。
私も教会に行っていますが、教会に来られるすべての人が喜んで教会に通い続けられるわけではありません。いろいろな理由で来られなくなる人も大勢おられます。
今は、人の心がカラカラに渇いている時代です。「愛」という言葉が氾濫していますが、人間はますます自己中心的になっています。
そのような時代にあって、教会は求めてくる人たちの心の渇きをいやすオアシスのような存在であってほしいと思います。
人は一人では生きていけない。
『人』という漢字は人間が人間を支えあうところから生まれたと聞きました。
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