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想いでの俳句:1 [2012年01月18日(Wed)]
俳句を思い出しましたということで、手元に残っている俳句誌を読み返しています。


昭和34年6月発行の俳句誌です

表紙に雑な字が見えるのは、就職してから浮かんだ俳句を書き留めた跡ですね。
当時はこの雑誌を読み返していたものと思います。

この雑誌に載せていただいたのが、次の句です。

字の多き 遍路のかさに 時雨降る

でした

なぜか、その後

多き字の 遍路のかさや 時雨受く

と、自分で添削しています

いま読み返すと、やはり添削後のほうが、感触がいいかなと感じています。
この句は、1.14  第50回となっていますので1月の句会で発表した句でしょう。

2.14 第52回句会では

春浅き 港にひびく 汽笛かな

2.25 第53回句会では

乳牛の よけてとうりし 蕗の薹

という句が選ばれていますが
これは

乳牛の 避けて通りし 蕗の薹

と漢字表記が、まだ、ましかなと思うところです。

70歳にして思い出した青春の感性・・・・
若返りの秘薬になるや否や????

もう少し続けてみますか ?

Posted by 森 勝利 at 16:33
俳句を思い出しました [2012年01月14日(Sat)]


ちょっと月日がたっちゃいましたが、以前書きかけていたデーターを引っ越してきました。

まずは、昨年書き始めた資料から

昨年末NHKドラマ"坂の上の雲"で正岡子規の晩年を見ることができた。

忘れかけていたけれども、宮原に句碑が建てられているのを思い出した。

なんで呉に句碑があるのか不思議であったが、

先週だったかヤマトミュウジアムの学芸員の方がテレビで、

日清戦争のとき従軍記者として、呉に滞在したということを話されていたいたのを聞き、

そういった関係なのかと、少しは理解できた。



そんなことがあって

自分も俳句を習っていたことを思い出した。

もう50年も前のこと・・昔むかしのこと、、、、、

わが青春、高校時代 "変わった高校だったかもしれない"

文芸部があったが、教師と生徒が同レベルで俳句を勉強する部であった。

正岡子規に俳句を習った一人に、高浜虚子がいるが虚子に俳句を習った方が

高校の近くに住んでいた方で、俳号を"十雨"といって

勾玉会を主催されていた。

この方に教えを乞うていた。

上の写真は、高校3年間で私が作った俳句が記載されている機関誌である。



最初に選んでいただい句



薄氷の その間に見ゆる 金魚かな

傘一つ 親子寄り添い 春の雨

こんな拙い句からの始まりであった。



ノートは昭和33年から作った俳句を記録しているもの。



20年くらい前にはRCCの煙石さんが担当するラジオ番組で

俳句のコーナーがあり、時々投稿しては取り上げてもらっていた。



思い出したのを機会に、昔の俳句をひもといたり

新しく作ったりと、再開してみようかな!!



コモの中 輝きて咲く 寒牡丹



つい先日テレビで見た光景、雪のちらつく寒い中、

コモで雪除けをしてもらった牡丹がなんとも輝いて見えた。

というところで終わっていた、
今年は、ぼつぼつでも続けよう・・・・・・・
Posted by 森 勝利 at 16:55
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