蝸牛試論
「いわてNPOセンター破綻の教訓〜情報公開・会員制度・危機管理〜」その1
いわてNPOセンターは、昨年10月、グリーンツーリズム関連事業(岩手県委託)
で、旅行業の外務員証を資格がない職員に持たせていたことや申請書類の偽造な
どが発覚、その後、さらに受託管理施設での自主事業であったコピー機収入の裏
金化や財団からの助成金の不正受給(領収書偽装)などが明るみに出て、理事全
員が辞任、代わりに現理事長以下、新理事体制で再生を図ったが、県をはじめと
する受託先から三行半を突きつけられ、本年12月10日、盛岡地裁に破産手続きの
開始を申し立てた、という報道があった。負債総額は3210万円。
いわてNPOセンターHP
http://www.iwate-npo.org/center/いわてNPOセンター 団体基本情報
https://canpan.info/open/dantai/00002984/dantai_detail.html不祥事について
http://www.iwate-npo.org/center/fusyouji.html岩手県で最大のNPO法人、しかも中間支援の仕事をしている組織の不祥事によ
る崩壊は、私どものような「同業者」にとっても大きなショックを与えた。しか
も、不祥事はひとつではなく、複数の不祥事が継続または平行して起きているこ
とも驚きであった。そして、規模が大きくなってくると、どんなに組織でも、コ
ンプライアンス対策を講じたり、理念を浸透させようとしたりするのだが、それ
だけでは防ぎきれないものがあることも事実であり、その原因を正しく認識し対
策を立てておかないとならない。
■河北新報、3つの原因を指摘
この問題を当初から追及してきた河北新報は、12月15日から17日にかけて3回連
続の検証記事「問われる「協働」いわてNPOセンター破綻」を掲載した。その
記事に沿って考えていこう。
記事の(上)では、簡単に破綻の経緯を述べたあと、その原因を「センターの破
綻は、2003年の設立時からトップを務めた前理事長の組織マネジメントの欠如と、
県の業務委託の在り方などが複雑に絡み合った結果と言われる。海野理事長は加
えて「法人の自浄作用も、それを促す市民監視の機能もうまく働かなかった」と
みる。」と指摘している。
つまり、
1)トップのマネジメント能力の欠如
2)県の業務委託の在り方
3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全
の3つが原因として挙げられている。
(上)の後半では、このうち3)の市民監視の機能不全について、「情報公開の
理念が実体化していない」という藤井敦史立教大学教授の言葉をひき、事業報告
書の記載についても触れる。透明性・公開性を高めるべきとの議論が紹介され、
しかし一方では県の監視が強化される方向で動くことに危惧も表明され、「市民
監視による自浄作用を発揮する態勢づくりを急がなければ、何より独立した自由
な運営というNPOの根幹が揺るぎかねない。」とされる。
(中)では、いわてNPOセンターが受託していた「NPO活動交流センター」
の業務委託費に触れ、現受託団体からの火の車と持ち出しの現状が報告される。
後半では、愛知県のフルコストリカバリーの考え方に基づくルール作りの紹介が
あり、適切な労働対価を支払うべきとの声と財政難からそれは無理との自治体の
声との両論併記がなされている。
(下)では、「新しい風」と題して、「いわてNPO職員ネットワーク」と「い
わて中間支援NPOネットワーク」の動きを紹介、ガリバーが消えて中小の法人
が盛岡市との協働事業に手を挙げ始めたり、各団体が活動を広げたりしていると
の声を紹介している。後半は、国の「新しい公共」の動きを紹介、優遇税制の導
入に岩手が取り残される危険があるとの山岡義典日本NPOセンター代表理事の
言葉の紹介があり、新しい風に期待する結びとなっている。
■情報公開による市民監視だけでは、事件は防げない。
さて、(上)で指摘された原因は、1)トップのマネジメント能力の欠如、2)
県の業務委託の在り方、3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全の3つだが、
一般読者向けの記事としては簡単に触れているだけなので、これをもう少し深め
て考えてみよう。
まず、3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全だが、情報公開の機能について
の力点が市民監視に傾き過ぎていると思われる。私たちも、もう何年も繰り返し
法人の情報開示を推進する取り組みを続けてきたからわかるが、事業報告書や決
算書公開の不備や不十分さは、本当に市民に支持されようとするNPOならば目
に余るものがある。しかし、多くの団体は、そんなことを努力しても市民の支持
が増えるという見込みはないと、寄付税制の不備もあいまって諦めてきたのが実
態であろう。だからこそ、適切な情報開示支援を進めれば、社会の支持も得られ
ることが次第に明らかになりつつあり(当センターが進めるNPO情報ライブラ
リーとポータルサイトによる発信支援の取り組み)、優遇税制も改善されてきて
いる現在、NPOにとって情報開示は待ったなしの課題であることは言うまでも
ない。
しかし、一般的な情報開示では、不正の発見や法人の自浄作用を担保するだけの
力はない。いわてNPOセンターで行われたと言われている不祥事は、職員の申
請書偽造、助成金報告書の領収書偽造(理事長の関与があったかどうか不明)、
理事長の関与した裏金などであって、法人には、監事という理事と理事会=執行
部を監視する役目の役員がおり、前理事長の時代には税理士か公認会計士がその
役目についていたはずだが、彼らにしても、不正を発見することはできなかった
のである。ましてや一般市民に、これらの不正を発見することを期待するのは無
理というものである。だからと言って、適切な情報開示に意味がないのではない。
情報開示は、まともなNPOにとって、信頼の創造という大きな役割があり、社
会にとっても、より良いNPOを選択するための手立てという意味がある。
■市民一般だけではなく、会員という存在を問題にしなければならない。
幅広い市民に対する情報公開の前に、市民監視というなら、NPO法人には会員
という制度がある。自発的な市民の意思に依拠するNPO法人は、自発的な意思
によって団体の主旨に賛同する市民が集まり(会員)、「幅広い市民の公益の代
理人として」執行部や監事を選び(場合によっては自らがその職務につき)、そ
の業務を支援し監視する(事業報告書や決算書の承認など)という構造になって
いる。つまり、理事や監事だけではなく、議決権を行使する立場(正会員)に自
発的になること自体が、公共的な振る舞いを要請されることであり、団体のミッ
ションに照らして、執行部が行う事業計画や行った事業の報告について審査をす
る立場に立つことを志願した者(正会員)という位置づけになる。その機能は正
しく働いたのか?
日本の団体は、集まった人々の利益の増進のための団体が多く、会員になったら
メリットは何?特典は?という感覚で会員という制度を見てしまうために、「幅
広い市民の公益の代理人」としての会員という視点がほとんど自覚されていない
ことが問題である。この「会員とは何か?」を考えることが、法人運営の自浄作
用と結びつくことになる。
特定非営利活動促進法の制定は、日本の市民活動の社会的な認知の進展と共にあ
り、もともと市民による自発的な参加型の組織を前提に、公益型(自分たちだけ
の利益ではなく、広く社会全体の利益に資することを目的とする)の組織構造が
設定されている。(ただし、法の範囲内での運用次第で、理事会優先型の法人を
設立することは可能である。)(註1)
このような視点で、多くの法人の会員制度や総会のあり方を考えると、自浄作用
の拠って来たる所以が見えてくるのではないだろうか。
いわてNPOセンターの事業報告書(2008年度)を読むと、平成18年、平成19年
共に、個人正会員11人、法人正会員3社、正会員総数14人・社である。特定非営
利活動法人の設立と維持には、最低10人の社員、つまり正会員が必要とされてい
るから、これではいかにも少ない。私どもせんだい・みやぎNPOセンターは、
約100の団体と個人の正会員(議決権を持った社員)によって運営されている
社団型の組織である。定款を読む限り、いわてNPOセンターも普通の社団型の法
人である。これではほんの数人が欠けても、法人は維持できず解散に追い込まれ
る危険性がある。しかも、平成19年度の執行理事(現場で仕事をしている理事)
が6人と報告されているから、外部理事も加われば、総会などでほぼ過半数を理
事が占めることが予測され、執行部の報告や決算は必ず通るわけだ。もちろん社
団型の法人といえども、一般的に総会は信任投票であって、簡単に執行部が取り
替わるわけではないが、いざ危機の時期には、その法人の行方を左右する権限を
持っているのは、議決権を持つ正会員であり、その数の異様な少なさは、執行部
の緊張感を失わせ、独走を許す温床になるであろう。団体自治の原則に基づく民
主主義の実験場としてのNPOが成り立たないのである。
一般市民に対してアカウンタビリティ(註2)を負っていると考えることは理念的
には正しいが、実践的には緊張感を欠くことになりやすい。その課題を乗り越え
るものとしての会員制度と考え、市民の代理人である目の前の会員に対してアカ
ウンタビリティを負っていると考えることが、緊張感のある透明性の高い組織経
営上有効である。それがいわてNPOセンターに欠けていたものである。
註1:昔、米国のNPOを訪ね歩いたときに、会員制度と理事会の位置づけについ
て質問を繰り返してきたが、意外と議決権を持つ会員制度型(社団型)の団体が
少ないことに驚いた経験がある。つまり、理事会や評議員会のみでの設立と運営
という財団型の団体が多く、多くの人々の総意で運営される社団型の団体にはな
かなか出会わなかったのである。もちろん、草の根の市民グループの多くは、米
国でも社団型の運営をしているとのことだが、ある程度の規模の機能主義的な団
体には、社団型が少なく財団型が多いというのが印象的であった。欧米型のNPO
の多くは、会員との緊張関係ではなく、外部の理事会と現場のトップ(CEO、事
務局長)との緊張関係によって、アカウンタビリティや透明性を担保している。
英国でも、理事や理事長は無給であり、報酬を取ってはならないと法律で決まっ
ている。日本の場合、理事会と現場が分離していないケースが多く、別の緊張関
係をつくらないとアカウンタビリティも透明性も確保できない。
註2:アカウンタビリティとは、日本語で説明責任と訳されているが、単なる説明
する責任のことではない。「負託された者の委託者に対する全面的な実行責任」
を意味しており、さらには、accountability and transparency(透明性)とセッ
トで使われる。NPOの場合、直接的にアカウンタビリティを負っている対象は、
会員であり、その背後に、取り組むテーマによって関係している幅広い市民がい
ることになる。
その2に続く