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えっ?もう退院?! [2010年10月31日(Sun)]


おはようございます。
台風もなんとかそれて寒い朝です。


手術12日目になりました。チューブもすべて外され、食事も五分粥ですがしております。
そしたら主治医から、火曜日退院ね、と言われました。

えっ?もう退院?!というのが正直な感じですが、外科としては患部摘出、傷口が治り、食事が可能になり、合併症の恐れがなくなった時点で、あとは自宅でやってね、ということになるのでしょう。なるほど体育会系だなあ。

というわけで、月曜日に栄養師から食事指導と主治医からの説明を受け、火曜日には退院いたします。まだまだ体力はなく、食事もちょっと食べ過ぎると非常に苦しいのですが、あとは自宅療養とリハビリトレーニングをしっかり続けることになりました。

仕事への復帰はまだ先のことになりますが、とりあえず退院できることに感謝です。たくさんの皆様に心配かけてすみませんでした。また励ましを頂きまして、ほんとうにありがとうございました。

退院後のこともブログで発信を続けます。また、体力が回復したら、前々から時間が作れず書けなかった本の原稿を書きたいと思っています。
食事はなかなか大変ですね。 [2010年10月30日(Sat)]


筋力リハビリと平行して復食への取り組みが始まりました。手術後三日目から、重湯から始まってただいま五分粥です。

なにしろ胃袋がないわけですから、一度にほんの少ししか食べられません。時間をかけて慣らして行くわけです。味の薄い野菜中心のおかずも少しつきます。次第に慣れて食べる量も増えますね。

とは言え、最初の数年間は食事の回数を増やして対応するしかないようです。父親が食事のたびに、母親からいつも口うるさく食べ過ぎないようにと言われていたのを思い出します。

順調回復しています。
もんぺ活躍! [2010年10月29日(Fri)]


全身チューブだらけで手術室を出てから、リハビリに励んできました。なかなか大変でしたが、合併症も起こさず筋力も向上しつつ回復しています。

チューブのうち、両脇腹から出ているドレインチューブが最後まで痛かったですが、問題は痛みではなく、パジャマにありました。

両脇腹からチューブが出て、脚のつけねのあたりまで固定しています。そうするとパンツやパジャマをちゃんとはくことができないんですね。

ちょうど若い兄ちゃんたちのケツからずり落ちそうなファッションになってしまいます。前も後も上がらない訳ですね。

その格好でひたすら歩け歩けですから、最初の二日は泣くようでした。

そこでムラムラと改善の虫が働きました。パジャマの両脇を切り、紐をつけるという加工をしました。年配の人ならもんぺだとわかるでしょうか。

これで問題解決!その日から歩く距離が格段に伸びましたね。
体育会系リハビリトレーニング [2010年10月29日(Fri)]


あっという間に手術後一週間が経ちました。全身チューブだらけで、動くたびに激痛が走るという状態から、ようやく抜け出しつつあります。

入院したのが猛暑の8月ですから、激痛のトンネルを抜けるとそこは冬だった、みたいです。寒いですね。昨日は仙台も1月の気温だったみたいです。

順調に回復していますが、大きな役割を果たしているのがリハビリです。手術の翌日、ICUの中から、寝ていないで起き上がるようにと指示が来ます。気絶しそうにならながら、そして看護師さんの助けを借りて起き上がるところからリハビリは始まります。

リハビリは合併症の予防に効果があるというので、どんどん運動をさせるのです。とにかく全身にチューブが5本もついているまま、点滴スタンドを押してひたすら歩きます。病棟の廊下には、写真のような距離票が貼ってあり、往復すると100mになります。これを「20本頑張って!」などと叱咤されるのです。

とにかく痛いのと苦しいのとで大変なのですが、手術傷が癒えてくるとその効果が見えてきます。身体はやはり動いてなんぼのところがあり、足の筋肉トレーニング効果から内臓の活性化などいろいろあります。何より、今日は何往復したなあという満足感と自信につながりますね。

そんなわけで、ひたすら歩いています。
入院二ヶ月になりました。 [2010年10月26日(Tue)]


昨日で入院二ヶ月になりました。今日26日から三ヶ月目に突入します。私の最初の予測でも、ここまでてこずるとは思いませんでしたね。

さて、いよいよ手術というところで、このブログの更新が出来ないことになるため、しばらく更新をお休みさせていただきました。心配かけましたが、無事手術は終わりました。まずは医師や看護師、家族、留守を守るセンターの皆さん、応援いただいたたくさんの皆さんに感謝したいと思います。ありがとうございます。

手術後はまだ正式には執刀医から詳しい説明を聞いていないのですが、簡単に説明しておきますね。

もともとかなり難易度の高い手術で、不確定要素も多い手術でした。プランとして用意されたのは、手術で開腹したら嚢胞の中を取り出して洗い、また縫って戻し、嚢胞から小腸に溜まったものを流すために通路をつくるというものだったのですが、いざ開腹して嚢胞を見てみると、恐れていた腫瘍が見つかりました。そのため急遽プランは変更されました。

その結果、執刀された内容は、嚢胞全体の除去の他、癒着していた他の臓器にも及びました。胃袋の全部、膵臓の5分の4、脾臓、大腸の一部約20cm程度でした。そもそもの嚢胞自体直径10cm×15cmもの大きなものでしたから、取った臓器と合わせると結構な重さです。体重測定で手術後は更に2キロ痩せましたから、その分でしょうか。

そんなわけで、手術は成功しましたが、腫瘍の転移や再発問題は今後に残された課題です。焦らずに、生き延びる生活術を確立して行きます。

胃袋のない生活は、父親が50歳前に胃潰瘍で胃袋を取る手術をしており、身近に見本がいましたから大丈夫です。ちなみに父は、職場から自分で手術に向かったという話を今回母から聞きました。まったく親子して何をしているんだか!

手術については以上ですが、手術後のリハビリについて一言。この頃の考え方は、安静ではなく、手術の翌日から痛みを堪えてリハビリに励むというものです。いやあ、やってみると大変です。悲鳴を上げながらリハビリに取り組んでいます。地獄の特訓さながらですね。そのためもあり更新もついつい後回しになりました。というか、書く体力自体がなかったというのが正しいですがね。

とりあえず手術の報告です。また、リハビリや今後について書いて行きます。

写真は母が庭で摘んできた花です。
いよいよ手術です。 [2010年10月17日(Sun)]


ずいぶん紆余曲折がありましたが、とうとう手術になりました。水曜日になります。

これからまだ月曜日の朝一番には胃カメラ検査がありますが、手術の方針が変わることはないでしょう。

手術になったので、いままでお世話になった内科病棟から外科病棟に転科になり、月曜日には引っ越しします。看護師さんたちも素晴らしく快適な闘病生活でした。感謝!


手術ですが、詳しいことは外科医から説明を受けないとわかりませんが、やはり簡単に嚢胞を取り出すというわけにはいかないようです。癒着部位が腫瘍化しているなど最悪の場合はすい臓も一緒に取るという可能性もゼロではありません。

まあ、それは極端としてもなかなか難しい手術だということです。外科医がウルトラCを考えてくれたらしいので、一番負担の少ない方法でやってもらう予定です。ただ、やはり開けて見ないとわからないことがありそうですね。

ということで、この入院日記は中断します。手術後は、ICUというところで見守られ、数日後に一般病室に移されて初めて携帯も握れます。だから、ご心配いただいている皆様に、「無事だよ〜!!」と第一報を発するのは週末か来週はじめでしょうね。

それまでご心配かけるのはどうも気が引けるので、このページのコメント欄をご覧くださいね。家人からセンターに連絡をして、ミンポー管理人さんが最新情報を書き込んでくれると思います。

それでは頑張ってきます!

あっ、写真は、ひつじくんとプロレスごっこをして負けているカエルくんです。

手術日決定!(*_*) [2010年10月14日(Thu)]


「カエルくん、何を考えているの?」
「あっ、ケロちゃん。お久しぶり(゜▽゜)/」
「何を言ってんだか、毎日会っているでしょ!」
「あっ、ゴメンゴメン。チリの鉱山事故で閉じ込められた33人の労働者たちが救出されたねえ。よかったなあ、と思っていたの。」
「ふうん、長期間地下で頑張っていた人たちはすごかったね。」
「哲夫さんが退院するのと、どちらが早いかなあ、と思っていたら、チリ鉱山労働者救出が早かったねえ。」

「哲夫さんも来週水曜日にとうとう手術が決定したんだね。」
「うん、救出日が決定したようなものかな。手術うまく行くといいね。」
「きっとうまく行くよ。」

「うん、そう思ってるよ。それよりね。チリの鉱山事故はいままでもたくさんあったんだろうね。リーダーが救出された直後に大統領を前に、こういうことは二度と起こさないで下さいと言っていたからね。中国では、昨年一年間に鉱山事故で二千数百人が亡くなっているというよ。昔の日本でも鉱山事故はしばしばあってたくさんの労働者が亡くなっているんだよ。でも生きるためには男らしくそういう現場でリスクを知りながら(あるいは知らされないまま)働く男や女がいる。そういう犠牲の上にわたしたちの暮らしがあるということにはなかなか慣れにくいと哲夫さんはいつも言っているね。」
「ふうん、わたしたちはそもそもそういうことを知らないものね。日本の炭鉱の歴史でも読むかなあ。」

「財政学の神野直彦さんが書いていたと思うけど、1972年9月11日は、チリで民主的な選挙で選ばれたアジェンデ政権が、アメリカのCIAの後押しを受けたピノチェトによるクーデターによって倒された日なんだよ。チリと言ったら真っ先に、その日のことを思い出すなあ、と哲夫さんはさっき言っていたね。」
「ヘエー、そんな因縁があるんだ。」


すみません。話がそれまくりですが、来週水曜日に手術です。嚢胞を取ります。胃袋やすい臓に癒着しているところがなかなか難しい手術になりそうです。ただ、このままでは炎症リスクを抱えたまま退院させられないということでの判断です。
とりあえず頑張って手術を受けます。
高熱が出てしまいました! [2010年10月12日(Tue)]


昨夜から高熱が出てしまい、抗生剤と栄養剤の点滴に戻ってしまいました。
嚢胞が炎症を起こしているようで、食事は絶食になり、水だけです。

熱が、38.7度もあり、座薬のお世話になっています。

炎症のせいで、腹痛が続き、苦しいです。検査検査になり、間もなく結果がわかるはずですが、採血や注射が痛いです。

全身、体力が落ちているので、ちょっとした動きも大仕事です。入院したばかりは、大変だったけど、筋力はあったから動けたわけですが、今では寝たきり老人ですから、筋力がないことがこんなに大変と実感しています。
二転三転 [2010年10月11日(Mon)]


退院に向けたリハビリ風の記事を書いていたのですが、どうも胃の調子が思わしくない、という現実もあり、主治医と相談しました。

腹部左側にぽっこり固いものが浮き出ているのですが、やはりこれは嚢胞だろうと。その結果、胃袋は圧迫されて、痛みを感じることも多く、正常な動きができません。

最悪、嚢胞が炎症などの事態になっていないからいいが、このままでは、普通に食事をして復帰することは難しい。やはり外科手術の可能性を、外科医と再検討しましょうかね。

という話し合いになりました。なかなか一筋縄ではいきませんね。話が二転三転しているみたいですが、主治医も悩んでいます。外科手術になると、またそれなりのリスクを覚悟しなければならず、悩ましいものが増えますが、このままでは復帰が進みませんから仕方ないかも。

いずれにせよ、明日からの検査と外科医次第です。

最近、カエルくんにはお友達ができました。ケロちゃんと言います。
カエルくん、モミモミ [2010年10月10日(Sun)]



一昨日、床屋に行きたくて外出許可を取って半日街を歩きました。

昨日から足がイタタタ・・・・結構疲れました。

考えてみたのですが、6週間もベッドで寝たきり老人になっていたわけですから、全身の筋肉が落ちているのは当然ですね。ほんとに筋肉がないんだと痛感させられました。

まあ、もともとないでしょうという声もあるでしょうが、骨と皮ばかりに見えて結構あったのですよ。事務所のある4階まで階段を駆け上がったり、一日中研修で立ちっぱなしだったり、意外と筋肉はあったのです。

前回入院は二週間程度でしたから、筋肉の衰えを感じることもなく復帰しましたが、今回の入院では、これが大きな課題ですね。

もし退院と言われても、これではリハビリにかなりの労力と時間がかかります。甘く見ていたら、違いましたね。

病院の中でも歩くよいにはしているのですが、足りませんね。トレーナーがいるリハビリ室でもあると嬉しいです。
胃袋の不調も、嚢胞くんがまだ大きいから圧迫しているのですが、腹筋や背筋などの衰えも響いているかも知れません。携帯でメールを打つ力も衰えています。

しばらくは筋肉トレーニングですね。
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