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いわてNPOセンター破綻の教訓 その3 [2010年12月24日(Fri)]
蝸牛試論
「いわてNPOセンター破綻の教訓〜情報公開・会員制度・危機管理〜」その3


ここまでに、河北新報の検証記事に指摘されている3つの原因、
1)トップのマネジメント能力の欠如
2)県の業務委託の在り方
3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全
について、3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全から考察をし、情報公開
(開示)の本来の機能と、自浄作用の間には、組織構造の理解と媒介としての会
員による市民参加と職員参加の促進が必要であることを明確にした。その上で、
1)のトップのマネジメント能力のひとつとして、危機管理マネジメントのため
の具体策と会員や職員の関係の整理と参加について、あまり今まで指摘されてい
ない視点から述べた。

後半は、2)県の業務委託の在り方と、受託団体側の1)トップのマネジメント
(の欠如)について述べる。


■団体の事業構造を分析すると見えてくるものがある。

当該団体の事業構造について、事業報告書から見えるものを押さえておこう。最
新のデータが公開されておらず、平成19年度は決算期の変更があり、半年単位に
なっているため、平成18年10月1日から平成19年9月30日の平成18年度決算と事業
内容を分析する。その中で部門別の収入を見ると、以下の通りである。

・地域振興部(グリーンツーリズム、地産地消、食育など) 約2100万円
・中間支援部(活動交流センター受託他)         約3300万円
・事業開発部(道路管理、大学キャンパス、指定管理評価) 約3100万円
・就業支援部(雇用対策他)               約1300万円
・公会堂                        約5800万円
・県民の森                       −−−−−
・事務局経費                      −−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  総収入額                     約1億6000万円

記載のないところは不明だが、さまざまな分野に事業を拡大したNPO法人であ
ることは間違いがない。河北新報の12月11日の記事によると、「2008年度に県と
結んだ一般業務委託事業の契約総額が7861万円に上り、NPO法人全体の3割以
上を占めた。」とある。他の委託事業の受託金額がわからないのでなんとも言え
ないが、平成20年度(2008年度)の事業総額は、記事から逆算しておよそ2億
6200万円になり、平成18年度と比較すると、二倍近い成長率である。その結果、
一気に職員が増え(六十数人)、不祥事につながったと言うこともできる。

ただし、3割という数字が行政依存であり、その結果不祥事が起きたとするには、
少し飛躍がありすぎると思う。依存かどうかは、団体の意志決定の自律性と自主
事業の力によるが、3割程度の受託が行政依存なら、一部の団体を除いて、大き
な団体はほとんどが行政依存になってしまう。英国のNPO界の考え方では、行
政からの事業の受託は、ビジネスつまり対等の取引の結果と捉えられていて、行
政資金(補助金)の割合には参入されないし、そのことを行政依存という習慣は
ない。むしろ団体の仕事をする能力の証明と考えられている。

それにしても、施設系の指定管理や受託による規模の拡大はわかりやすいし、あ
る程度の安定性があるが、他の事務事業の受託による規模の拡大は大きなリスク
を伴うものである。なぜなら行政の事務事業の受託は、一年限りであり、かつ入
札や企画コンペによるものであるから、次年度の受託はまったく保障されない。
職員の大半は毎年のように解雇され、また雇用される臨時職員にならざるを得な
い。そのような仕事を、しかも安い単価で引き受け続けることは、結果、事業の
遂行に支障を来たし、報告書や領収書の偽造に行き着いたのではないか、と推察
される。(もっとも、これだって民間企業なら常識の範囲であり、そのせいでと
いういいわけにはならないことは言うまでもない。)

また、一年間の岩手県との一般業務委託事業の契約金額が7861万円というのは、
なかなかに大きな金額であり、さまざまな事業部門を持ついわてNPOセンター
だからこそ起きたことであるかも知れない。ちなみに、当センターも、それなり
の規模だが、収入の3分の2は施設管理系の収入であり、それ以外の受託事業は年
間1000万円からせいぜい2000万円である。さらに言えば、宮城県からの受託金額
は、この13年間で総額1000万円程度である。(意外と少ないことに驚かれること
が多いが事実である。当センターは、中間支援に限定・特化して仕事を選択して
いるので、行政からの受託にも限界があり、特に県の姿勢によって中間支援団体
に落ちている資金には大きな多寡があり、宮城県は全国的に見ても少ない方であ
る。)

その視点からみると、岩手県の発注は、やはりかなりの問題があると言われても
仕方がないところである。たとえ、手続き的には適正に行われたとしても、さま
ざまな分野の事業が一ヶ所の法人に集中してしまうのは、他の団体の発展を考え
たときにも問題がある。なぜなら、本来は他の団体の支援をミッションとする中
間支援団体が、他の団体の受託を妨害するような仕事の仕方をすること自体が問
題なのだ。しかし、いわてNPOセンターにとって中間支援は、事業拡大の方便
または一事業部門に過ぎなかったのではないかと思われる。

もちろん当該団体からすれば、受託は公正な競争の結果であり、県も手続きに瑕
疵はないということになろうが、一番釈然としないのは、支援の仕事をする団体
が、個別テーマに取り組むNPOの前に立ちふさがっているという思いを、多く
の団体に抱かせたことであろう。それが、不祥事に対する冷ややかな反応につな
がっていると思われる。

この団体の場合、本来のミッション-事業構造自体に、他の団体の支援を行うに
は無理があると言わざるを得ない。また、地方に行けば行くほど、中間支援事業
単体では食べられないという声も耳にするが、それでも県の単位の支援センター
がそれを言ってしまってはおしまいではないか。個別テーマに取り組む団体の分
野に進出するのではなく、それらの団体との連携と協働の上にある、中間支援の
可能性や多様性をもっと開発すべきと思うところである。


■委託費積算の問題もあるが、団体側の提案力、判断力も問われている。

フルコストリカバリー、つまり適正な単価での契約を推進することに異議はない。
当センターも、2年前の夏にはフルコストリカバリーのセミナーを開催し、行政
職員にも参加いただいたことがある。ただし、記事でも、いわてNPO−NET
サポートの高橋敏彦顧問の言葉として、「事業ごとに法人側から適正な対価を県
に示すことが必要。NPOと行政が対等な立場で話し合い、共通のルールづくり
をしなければならない」と述べられているように、NPO側の力量が求められて
いる。いわてNPOセンターは、自らコンペを勝ち抜く力量を持ちながら、それ
を意欲ある地域の団体と共有することを疎かにしていたと言われても仕方がない。
当センターも問われるところである。(もちろん相談対応などで、これらの問題
についてはノウハウの提供を含めてそれなりに対応している。)

もうひとつ気になるのが、赤字なのに受託しているという声が紹介されているこ
とである。ここは難しいことだが、場合によっては、赤字なら受託しないという
選択をもっとNPO側はすべきだろう。当センターでは、国(厚生労働省)の委
託事業に応募した際、人件費が認められないという条件に抗議し、人件費をまと
もに積算した見積書で応募、敢えて落選した上で、厚生労働省に抗議をするとい
うことをしたこともあった。詳しくは、『NPOマネジメント』連載(第45回)
の「蝸牛点晴」に書いた「コンペ落選」に譲るが、行政側がこのような発注をし
ている限り、受託団体側が外注費などの名目で、その団体の理事などが経営する
別法人に仕事をトンネルし、人件費を確保するといった便法が常態化してしまい、
単なる受託のための法人設立など、しばしば不正の温床にもなることがある。

反対に赤字覚悟で受託した場合は、愚痴はこぼすべきではない。その金額でいい
と応募しているんだから、それで文句を言われては行政もたまらない。行政から
すると、その金額でできることをやってくださいということなので、それ以上の
ことをしなくてもいいですよ、と言っているのでもある。NPOの人は私を含めて、
それでは自分の気持ちが治まらない、ニーズに応えられないと仕事を増やす傾向
があり、自分の首を自分で締める結果になっていることも多い。自戒の念をこめ
て書いておきたい。


以上
いわてNPOセンター破綻の教訓 その2 [2010年12月24日(Fri)]
蝸牛試論
「いわてNPOセンター破綻の教訓〜情報公開・会員制度・危機管理〜」その2


■危機管理の正しい対策はある。理事・職員問題も見逃せない。

もうひとつ、いわてNPOセンターで気になることがあった。正会員14人・社と
いう構成の中で、執行理事6人という数の問題は指摘したが、理事長以外の執行
理事は実質的には職員であろう。外部理事(執行理事以外の理事)が何人いたの
か知らないが、理事会の中での執行理事の割合自体がかなり高いことが想像でき
よう。これでは、理事会自体が形骸化するし、職員会議や職員の幹部会議と変わ
らなくなってしまう。何より、雇用された理事という存在は、職安などからの紹
介で雇用された職員が理事になっている場合など、ますます理事長の権限が大き
く独裁的になり、内部チェック機能が働かなくなることは火を見るより明らかで
ある。これはいわてNPOセンターだけではなく、そのような団体のコンサルティ
ングをいくつかした経験からも推定できる。

翻って、自組織を含む現状の規模の大きなNPOのことを考えてみたい。職員の
多くは、必ずしもミッションに強く賛同している人とは限らず、場合によっては
職安からの紹介によって雇用されている。そのような職員にとっては、理事長
(当センターでは代表理事)である私などは、雇用主そのものだ。雲の上の人の
ようである。私にはそのような意識はないが、相手には間違いなくある。そして、
自身の雇用の継続こそが重要な関心ごととなっている職員を、この情勢下で誰に
も責められることではない。このような組織では、いわてNPOセンターのよう
な申請書の担当者とその上司による偽造、助成金報告書の領収書偽装などが誰か
によって起きた場合、そこに上司の意思が入っていればいるほど発覚しにくいと
思う。被雇用者としては、その問題を自身の雇用の継続を担保しながら、誰に相
談すればいいのか、前もって組織が明示しているとは限らないからだ。しかも、
理事長は雲の上の人。そういう環境では、人々の多くは告発者とはならないもの
だ。

このような場合、組織の理念の共有や経験の伝承などの取り組みだけでは不十分
で、より具体的な組織的な対策が必要であり、それは、2つある。

ひとつは、さまざまな書類の保管や決裁のシステムを見直し、複数の人の目を必
ず通るようにすることである。単純な部門別経理や担当者任せや丸投げは危険で
ある。

ふたつ目は、前もって、コンプライアンス問題やその他気にかかることを、直属
の上司ではダメな場合に誰に伝えれば良いのかについて、その人の身分の保障の
確約と共に、内部にしっかりと告知しておくことである。上司の上司、執行理事
(常勤理事)、外部理事、そして監事のそれぞれに職員が直接連絡を取れるよう、
連絡先は職員に周知されていなければならない。ここが今回の問題に関する危機
管理マネジメントの要点であろう。外部に告発される前に、きちんとした対応が
なされる体制があればと思うところである。

一方、職員の側ではどうだろうか。どんな組織でも、上司に言われたからと不正
行為に手を貸す職員もいないとは言いがたい。その問題を少しでも解決するため
には、職員がNPO法人の会員になることを提案したい。しかし、多くの場合、
NPOという参加型組織で禄を食んでいるにもかかわらず、法人の会員になろう
という職員が極めて少ないという残念な現実がある。そもそも、組織のミッショ
ンに賛同していない者に、ミッション達成の仕事ができるのか?という原理的な
問いかけもある。もちろん職員になるためには、法人の会員にならなければなら
ないという規則を持つ法人もあり、それはそれでひとつの方法である。しかし、
それでは「市民の自由意志による」という法人の原理に抵触するところでもあり、
当センターでは職員の自由意志に任せてきた。私は、法人職員が自由意志でぜひ
法人会員になるように、理論的に整理した上で、改めて法人として積極的に働き
かけるべきだと考えている。その理由は前述してきたように何か問題があったと
き、「雇用者−被雇用者」としての上下関係でしかないという互いのあり方では、
正しい行動は生み出されにくく、真のNPOの方向性は出てこないと思うからだ。

「雇用者−被雇用者」であることは、現在のしくみの中では避けがたいし、その
利点(労働者保護)もあるが、それと平行して互いの関係を規定するものの複線
化があるといい。それが「正会員−総会−執行部」という関係である。そうなれ
ば、組織としての危機管理マネジメントに、職員としてだけではなく、市民に負
託された者としての正会員としての関わりが生じ、より積極的な参加が可能にな
る。場合によっては、職員を代表する理事がいてもいい。もちろん、人数が多い
からと言って単純に乗っ取り行為が起きては困るので、全体の会員数は、そのた
めにも多くなければならない。理事や職員は、ある意味で自分の権限割合(総会
における議決権比率)を低めるためにこそ、正会員の獲得に力を注ぎ頑張らなけ
ればならない。このように、理事や職員の個人的な利害であれば会員が少ない方
が有利なのだが、公益を追求する組織の運営には反対の行動、すなわち会員の増
加が求められるということを、もっと多くの人々が知っている社会にならないと
いけない。

従って、自浄作用は、単に、市民監視と直接に結びつくのではなく、媒介として
の会員による市民参加と職員参加がしっかり結びついてこそ、危機管理の具体的
な対策が意味のあるものになり、それこそが、1)トップのマネジメント能力の
欠如という問題に取り組む土台となるのである。

                                          その3に続く
いわてNPOセンター破綻の教訓 その1 [2010年12月24日(Fri)]
蝸牛試論

「いわてNPOセンター破綻の教訓〜情報公開・会員制度・危機管理〜」その1


いわてNPOセンターは、昨年10月、グリーンツーリズム関連事業(岩手県委託)
で、旅行業の外務員証を資格がない職員に持たせていたことや申請書類の偽造な
どが発覚、その後、さらに受託管理施設での自主事業であったコピー機収入の裏
金化や財団からの助成金の不正受給(領収書偽装)などが明るみに出て、理事全
員が辞任、代わりに現理事長以下、新理事体制で再生を図ったが、県をはじめと
する受託先から三行半を突きつけられ、本年12月10日、盛岡地裁に破産手続きの
開始を申し立てた、という報道があった。負債総額は3210万円。

いわてNPOセンターHP
 http://www.iwate-npo.org/center/
いわてNPOセンター 団体基本情報
 https://canpan.info/open/dantai/00002984/dantai_detail.html
不祥事について
 http://www.iwate-npo.org/center/fusyouji.html

岩手県で最大のNPO法人、しかも中間支援の仕事をしている組織の不祥事によ
る崩壊は、私どものような「同業者」にとっても大きなショックを与えた。しか
も、不祥事はひとつではなく、複数の不祥事が継続または平行して起きているこ
とも驚きであった。そして、規模が大きくなってくると、どんなに組織でも、コ
ンプライアンス対策を講じたり、理念を浸透させようとしたりするのだが、それ
だけでは防ぎきれないものがあることも事実であり、その原因を正しく認識し対
策を立てておかないとならない。

■河北新報、3つの原因を指摘

この問題を当初から追及してきた河北新報は、12月15日から17日にかけて3回連
続の検証記事「問われる「協働」いわてNPOセンター破綻」を掲載した。その
記事に沿って考えていこう。

記事の(上)では、簡単に破綻の経緯を述べたあと、その原因を「センターの破
綻は、2003年の設立時からトップを務めた前理事長の組織マネジメントの欠如と、
県の業務委託の在り方などが複雑に絡み合った結果と言われる。海野理事長は加
えて「法人の自浄作用も、それを促す市民監視の機能もうまく働かなかった」と
みる。」と指摘している。

つまり、
1)トップのマネジメント能力の欠如
2)県の業務委託の在り方
3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全
の3つが原因として挙げられている。

(上)の後半では、このうち3)の市民監視の機能不全について、「情報公開の
理念が実体化していない」という藤井敦史立教大学教授の言葉をひき、事業報告
書の記載についても触れる。透明性・公開性を高めるべきとの議論が紹介され、
しかし一方では県の監視が強化される方向で動くことに危惧も表明され、「市民
監視による自浄作用を発揮する態勢づくりを急がなければ、何より独立した自由
な運営というNPOの根幹が揺るぎかねない。」とされる。

(中)では、いわてNPOセンターが受託していた「NPO活動交流センター」
の業務委託費に触れ、現受託団体からの火の車と持ち出しの現状が報告される。
後半では、愛知県のフルコストリカバリーの考え方に基づくルール作りの紹介が
あり、適切な労働対価を支払うべきとの声と財政難からそれは無理との自治体の
声との両論併記がなされている。

(下)では、「新しい風」と題して、「いわてNPO職員ネットワーク」と「い
わて中間支援NPOネットワーク」の動きを紹介、ガリバーが消えて中小の法人
が盛岡市との協働事業に手を挙げ始めたり、各団体が活動を広げたりしていると
の声を紹介している。後半は、国の「新しい公共」の動きを紹介、優遇税制の導
入に岩手が取り残される危険があるとの山岡義典日本NPOセンター代表理事の
言葉の紹介があり、新しい風に期待する結びとなっている。


■情報公開による市民監視だけでは、事件は防げない。

さて、(上)で指摘された原因は、1)トップのマネジメント能力の欠如、2)
県の業務委託の在り方、3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全の3つだが、
一般読者向けの記事としては簡単に触れているだけなので、これをもう少し深め
て考えてみよう。

まず、3)法人の自浄作用と市民監視の機能不全だが、情報公開の機能について
の力点が市民監視に傾き過ぎていると思われる。私たちも、もう何年も繰り返し
法人の情報開示を推進する取り組みを続けてきたからわかるが、事業報告書や決
算書公開の不備や不十分さは、本当に市民に支持されようとするNPOならば目
に余るものがある。しかし、多くの団体は、そんなことを努力しても市民の支持
が増えるという見込みはないと、寄付税制の不備もあいまって諦めてきたのが実
態であろう。だからこそ、適切な情報開示支援を進めれば、社会の支持も得られ
ることが次第に明らかになりつつあり(当センターが進めるNPO情報ライブラ
リーとポータルサイトによる発信支援の取り組み)、優遇税制も改善されてきて
いる現在、NPOにとって情報開示は待ったなしの課題であることは言うまでも
ない。

しかし、一般的な情報開示では、不正の発見や法人の自浄作用を担保するだけの
力はない。いわてNPOセンターで行われたと言われている不祥事は、職員の申
請書偽造、助成金報告書の領収書偽造(理事長の関与があったかどうか不明)、
理事長の関与した裏金などであって、法人には、監事という理事と理事会=執行
部を監視する役目の役員がおり、前理事長の時代には税理士か公認会計士がその
役目についていたはずだが、彼らにしても、不正を発見することはできなかった
のである。ましてや一般市民に、これらの不正を発見することを期待するのは無
理というものである。だからと言って、適切な情報開示に意味がないのではない。
情報開示は、まともなNPOにとって、信頼の創造という大きな役割があり、社
会にとっても、より良いNPOを選択するための手立てという意味がある。


■市民一般だけではなく、会員という存在を問題にしなければならない。

幅広い市民に対する情報公開の前に、市民監視というなら、NPO法人には会員
という制度がある。自発的な市民の意思に依拠するNPO法人は、自発的な意思
によって団体の主旨に賛同する市民が集まり(会員)、「幅広い市民の公益の代
理人として」執行部や監事を選び(場合によっては自らがその職務につき)、そ
の業務を支援し監視する(事業報告書や決算書の承認など)という構造になって
いる。つまり、理事や監事だけではなく、議決権を行使する立場(正会員)に自
発的になること自体が、公共的な振る舞いを要請されることであり、団体のミッ
ションに照らして、執行部が行う事業計画や行った事業の報告について審査をす
る立場に立つことを志願した者(正会員)という位置づけになる。その機能は正
しく働いたのか?

日本の団体は、集まった人々の利益の増進のための団体が多く、会員になったら
メリットは何?特典は?という感覚で会員という制度を見てしまうために、「幅
広い市民の公益の代理人」としての会員という視点がほとんど自覚されていない
ことが問題である。この「会員とは何か?」を考えることが、法人運営の自浄作
用と結びつくことになる。

特定非営利活動促進法の制定は、日本の市民活動の社会的な認知の進展と共にあ
り、もともと市民による自発的な参加型の組織を前提に、公益型(自分たちだけ
の利益ではなく、広く社会全体の利益に資することを目的とする)の組織構造が
設定されている。(ただし、法の範囲内での運用次第で、理事会優先型の法人を
設立することは可能である。)(註1)

このような視点で、多くの法人の会員制度や総会のあり方を考えると、自浄作用
の拠って来たる所以が見えてくるのではないだろうか。

いわてNPOセンターの事業報告書(2008年度)を読むと、平成18年、平成19年
共に、個人正会員11人、法人正会員3社、正会員総数14人・社である。特定非営
利活動法人の設立と維持には、最低10人の社員、つまり正会員が必要とされてい
るから、これではいかにも少ない。私どもせんだい・みやぎNPOセンターは、
約100の団体と個人の正会員(議決権を持った社員)によって運営されている
社団型の組織である。定款を読む限り、いわてNPOセンターも普通の社団型の法
人である。これではほんの数人が欠けても、法人は維持できず解散に追い込まれ
る危険性がある。しかも、平成19年度の執行理事(現場で仕事をしている理事)
が6人と報告されているから、外部理事も加われば、総会などでほぼ過半数を理
事が占めることが予測され、執行部の報告や決算は必ず通るわけだ。もちろん社
団型の法人といえども、一般的に総会は信任投票であって、簡単に執行部が取り
替わるわけではないが、いざ危機の時期には、その法人の行方を左右する権限を
持っているのは、議決権を持つ正会員であり、その数の異様な少なさは、執行部
の緊張感を失わせ、独走を許す温床になるであろう。団体自治の原則に基づく民
主主義の実験場としてのNPOが成り立たないのである。

一般市民に対してアカウンタビリティ(註2)を負っていると考えることは理念的
には正しいが、実践的には緊張感を欠くことになりやすい。その課題を乗り越え
るものとしての会員制度と考え、市民の代理人である目の前の会員に対してアカ
ウンタビリティを負っていると考えることが、緊張感のある透明性の高い組織経
営上有効である。それがいわてNPOセンターに欠けていたものである。



註1:昔、米国のNPOを訪ね歩いたときに、会員制度と理事会の位置づけについ
て質問を繰り返してきたが、意外と議決権を持つ会員制度型(社団型)の団体が
少ないことに驚いた経験がある。つまり、理事会や評議員会のみでの設立と運営
という財団型の団体が多く、多くの人々の総意で運営される社団型の団体にはな
かなか出会わなかったのである。もちろん、草の根の市民グループの多くは、米
国でも社団型の運営をしているとのことだが、ある程度の規模の機能主義的な団
体には、社団型が少なく財団型が多いというのが印象的であった。欧米型のNPO
の多くは、会員との緊張関係ではなく、外部の理事会と現場のトップ(CEO、事
務局長)との緊張関係によって、アカウンタビリティや透明性を担保している。
英国でも、理事や理事長は無給であり、報酬を取ってはならないと法律で決まっ
ている。日本の場合、理事会と現場が分離していないケースが多く、別の緊張関
係をつくらないとアカウンタビリティも透明性も確保できない。

註2:アカウンタビリティとは、日本語で説明責任と訳されているが、単なる説明
する責任のことではない。「負託された者の委託者に対する全面的な実行責任」
を意味しており、さらには、accountability and transparency(透明性)とセッ
トで使われる。NPOの場合、直接的にアカウンタビリティを負っている対象は、
会員であり、その背後に、取り組むテーマによって関係している幅広い市民がい
ることになる。

                                         その2に続く
尖閣諸島問題を考える(2) [2010年11月16日(Tue)]

さて、ビデオの流失に関わる発言です。ワイドショー的な犯人探しから、海保の
職員による流失ということがわかった時点からの同情論、義挙論があふれていま
すね。わが国の人々は、こういうことに弱いんだなあと思います。法の持つ冷酷
さにいつまでも慣れることができない。法より義理や人情が優先する。そういう
風土なんでしょうか。私はいつも、日本は法治国家ではなく放置国家だ、と講演
で話してきました。法によって現実を変えるのではなく、行政指導や業界団体の
申し合わせによってようやく変化した現実を法が追認するというのが、わが国の
法概念だからです。

この件についてもすっきりしたことを言う人は少なかったですね。ほとんど唯一
でしょうか、作家にして元外務省主任分析官の佐藤優氏は、朝日新聞11月12日の
耕論「流失」で、「同情にも称賛にも値しない」と書いています。

佐藤氏の主張は二つです。一つは、流失ビデオは何らかの意図によって(当然、
海保の行為を正当化しようという意図によって)編集されたものであり、リーク
や情報操作の入り込むスキがいくらでもあるものだから、国民の知る権利に応え
るものになっていないということ。二つには、歴史に学べということだという。
武力を持った公務員に対して、統制が取れていない行為を認めることの危うさを
肝に銘じておくべきだと。

「1932年、帝国海軍将校が時の犬養毅首相を暗殺した五・一五事件の時に、「方
法はともかく、動機は分かる」と刑の減免を求める運動が起こり、軽い処分で収
束した。この対応が後に二・二六事件を誘発した。海上保安庁が機関砲を所持し
ている官庁だということを忘れてはならない。・・・・二・二六事件以降、政治家も
論壇人も軍事官僚を恐れ、日本は戦争になだれ込んでいった。人間は暴力装置に
は逆らえない。だからこそ、武器を持っている官庁には特別なモラルが求められ
る。」(佐藤優氏の記事から引用)

私なりにもう少し簡単に言うと、こういう職員が出るたびに、長官や大臣の首が、
場合によっては内閣の崩壊につながるということがわかったら、勘違いして国士
気取りで刺し違えようという奴がどんどん出てくると思いますね。野党は、その
手伝いをしているのではないですかね。


さて、長々と書いてきました。
私はこれらのことを、ほぼ数個の新聞記事とネットのニュースを読むことで組み
立てました。参考にしたものを挙げておきます。

・11月10日 朝日新聞 ザ・コラム「正論ですめば苦労はいらぬ」若宮啓文
・11月11日 朝日新聞 「尖閣の海洋資源共同開発が最適」記事
・11月12日 朝日新聞 耕論「流失」「同情にも称賛にも値しない」佐藤優
・11月16日 朝日新聞 「2島返還に基づく交渉しない」記事
・田中宇の国際ニュース解説 無料版 2010年9月17日 http://tanakanews.com/ 
 「日中対立の再燃」
・田中宇の国際ニュース解説 無料版 2010年10月16日 http://tanakanews.com/
 「劉暁波ノーベル授賞と中国政治改革のゆくえ」
・内田樹著『街場のメディア論』光文社新書

では、どうすれば良かったのか。それは書かなくても、賢明な皆さんならおわか
りいただけるのではないでしょうか。

マスコミには、原理主義的正論を排し、歴史的な経緯を尊重しながら、一国の狭
い国益だけではなく、東アジア全体の地域益を考慮に入れた、対米自立型の外交
を展開する。そういう可能性をもっと論じてもらいたいものです。


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尖閣諸島問題を考える(1) [2010年11月16日(Tue)]

入院中の出来事で、大きな話題になったものは、尖閣諸島の中国漁船衝突事件
(いつの間にかビデオ流失事件になってしまいましたが)とチリの鉱山の救出劇で
しょうか。

特に前者について、いくつか気になることがあったので、覚書風に列記してみま
す。

気になることの中心は、マスコミの報道があまりに画一的で、誰でも言いそうな
ことを垂れ流しているということです。世論というのは、「誰もその言責を引き
受けない言葉」のことです(内田樹氏の言葉)。そういう言葉があふれている。今
に始まったことではありませんが、それにしてもひどい。入院していたから、久
しぶりに長時間テレビを見てそう思いましたね。

さて、尖閣諸島事件です。細かいことは調べてください。

まず、ロシアの大統領が国後島を視察に訪問したことでもそうですが、北方領土
も尖閣諸島も、加えれば竹島問題も、いずれも歴史的な経緯があるわけです。北
方領土などは、昔、毛沢東は千島列島全体が日本の領土だと社会党の訪中団に
語ってソ連を激怒させたことがあり、二島返還で話がつきそうになったときに、四島
返還でなければ沖縄は返さないと凄んだのがアメリカだったなど、一筋縄ではい
かない外交の妙でしょうか。そもそもヤルタ会談の秘密協定でソ連に千島列島の
領有権を認めたのはルーズベルトです。尖閣諸島は日本が台湾を獲得した日清戦
争のさなかに、竹島は韓国併合に道をひらいた日露戦争のさなかに、自国の領土
に編入したものです。日本の立場では手続きに瑕疵はないとしても、相手は当然
ながら戦争のどさくさに紛れてと思っているわけです。

いずれにせよ、日本の理屈だけで正論を語っても、ハイハイと相手が飲むはずが
ないことを、マスコミはもっと国民に伝えるべきでしょう。APEC首脳会談の成果
がないとマスコミは騒いでいますが、正論を語れと圧力をかけておいては、相手
も正論を返すしかないわけで、成果がないのはあたりまえでしょうに。尖閣諸島
に領土問題は無いと繰り返す日本と同じ態度を相手も取るに決まっているではな
いですか?
マッチポンプのようなマスコミの態度にうんざりしてしまいます。(朝日新聞の
「ザ・コラム」若宮啓文氏の『正論ですめば苦労はいらぬ』だけが、このような
視点での指摘をしているものでした。)

北方領土でも「不法占拠」という言葉は禁句でした。それを使ったのは麻生太郎
首相であり、前原外務大臣です。プーチン大統領のときには、ロシアはまず二島
返還、そのうち残り二島も返還というサインをチラつかせていたというのに、気
づかなかったのか、気づかないふりをしたのか「不法占拠」発言で台無しにした、
それが麻生政権です。11月16日の朝日新聞のモスクワ発の記事に、ロシアの有力
紙コメルサントが15日付で、ロシア代表団消息筋の話として、ロシアは北方領土
をめぐる交渉方針を転換し、歯舞・色丹の二島引渡しを明記した1956年の日ソ共
同宣言に基づいた交渉はもう行わない、と報道しています。(こういうことは、
片隅のニュースを読み解かされるのではなく、きちんとした解説記事として読み
たいものですが、このあたりのことをいつもはっきり書いているのは、外務省を
追われた佐藤優氏です。)

中国も日本も、原理主義的な正論を叫ぶ人々にいつも悩まされてきました。白か
黒か。日本の領土か否か。そういう反応しかできない人々のことです。しかし、
外交は相手があるもので、相手には相手の理屈と都合があるということを避けて
通れるものではありません。しかし、ときの権力者は都合が良いときには、その
ような人々を利用し、都合が悪くなると弾圧するということを繰り返してきまし
た。「正論ですめば外交はいらぬ」と言いたいですね。


さて、尖閣です。9月7日、沖縄県の尖閣諸島・久場島の沖合15キロの海上で、
中国漁船が、日本の海上保安庁の巡視船を振り切ろうとして衝突し、船長らが公
務執行妨害で海保に逮捕される事件が起きました。

報道によれば中国漁船は160隻の船団を組んで漁をしていたわけで、これは日常
的な光景だったのではないか、という疑いを抱かせます。つまり、今までも日常
的にこの海域においては中国漁船は船団を組んで漁をしていたのだということを
推察させますね。(その程度のことについてもマスコミはほとんどコメントして
いませんね。)

歴史的な経緯を見ると、尖閣列島以北の東シナ海(東海)では、日中間に何度も更
新された漁業協定が存在します。最新のものは、97年に締結された日中漁業協定
です。しかし、協定は、北緯27度以北について定めたもので、尖閣列島以南につ
いてはなんの定めもないようです。定めはないが、もともと78年に日中平和友好
条約を結んだとき、トウ小平の提案で日中は尖閣諸島の領土紛争を棚上げした経
緯があります。従って海保は、香港や台湾の漁船については、激しく追跡し中に
は沈没させたこともあるようですが、中国の漁船については恐らく穏便に退去さ
せることが常で、拿捕したことはないのです。

また、もし尖閣列島以北のように漁業協定を結ぶとすると、トウ小平と約束した
領土問題棚上げの上、日中両国の漁船が自由に操業できる暫定措置水域にするし
か方法はないわけです。そして、協定はないけれども、実際には、そのように運
用されていたのではないでしょうか。

そうすると、今回に限って、なぜ海保は強硬策をとったのか?しかも、民主党の
代表選の最中に、です。中国と日本の対立を煽り、それが自分たちの利益となる
ものたちの意図が関わっていないか?日本の戦後政治の底流には、ずっと対米従
属派と自立派(=親中派)の対立があるわけですが、外交においてアジア重視の姿
勢を強めた鳩山−菅民主党政権に対する対米従属派官僚の抵抗勢力の策動という
可能性も否定できません。またアメリカの策謀という可能性だってありますね。

海保の一巡視船の判断で拿捕や逮捕はできません。映画『海猿3』の試写発表会
で、海保の長官は、「こういう現場には長官が行くんだ。長官が出ていないのが
残念」と語っていました。数時間に渡る追跡劇の間、海保の長官に直通の連絡が
取られていないはずはなく、長官は所轄の国土交通大臣の許可もとっていたはず
です。その国土交通大臣が、後に外務大臣になった前原です。外務省は徹底的な
対米従属派の牙城、前原は思想的に極めてネオコンに近い。そのあたりいろいろ
臭いますね。

もう一つ、公開されてしまった海保の研修用ビデオ映像によると、中国漁船は悠
々と網を引き上げ、逃走し、かつ意図的に巡視船に衝突してきたように見えます。
(あくまで2時間以上の録画の一部を証拠・研修用に編集した内容を前提にしての
話です。全体を見ないと本当のことはわかりません。) そうだとすると、なぜ
あの船長は体当たりを敢行し、帰国して英雄となったのでしょうか?ひよっとし
てあの行動は事前に計画されたものだったのではないでしょうか?だとすると、
船長一人の裁量でそのような計画ができるものではありません。中国側であのよ
うな行動を計画するものは、どのような勢力でどのような利益があるのかを問わ
なければなりません。

折りしも中国側では、10月15日に共産党の中央執行委員会が開催される予定でし
た。今年に入って温家宝首相は、さまざまなメディアや演説で、経済的な改革開
放だけではなく、政治的な改革開放を進めなければならないというメッセージを
繰り返し発しています。しかし中国国内では発言は無視され、ほとんど報道され
ていないようです。日本のマスコミもかな。それでも10月8日の劉暁波氏のノー
ベル平和賞授賞の発表もあり、内部でも政治的な改革開放を求める声は高くなっ
ています。当然、保守派強硬派は気に入らないはずです。そういう場合、対外的
な緊張を高めることによって、改革開放派を追い落とすことができる、というの
が常套手段です。メディアはそういうことをもっと疑ってもいいのです。

小さな記事ですが、興味深い記事が11月11日の朝日新聞にありました。台湾の馬
英九総統が10日に日本のメディア各社と会見した記事です。そこで馬総統は、尖
閣諸島(台湾名・釣魚台)の領有権について、従来どおり中華民国(台湾)の主権を
明確に主張すると同時に、日中台間の紛争を解決するのは、海洋資源の共同開発
が最適の解決方法だと述べています。また、日台間では、尖閣海域の漁業交渉が
停滞しているため、交渉者のレベルを上げて解決できれば地域の安定に資すると
発言しています。

私たちは忘れがちですが、尖閣諸島問題は日中間だけではなく、日台間の問題で
もあり、三つ巴の問題なのです。正論居士ばかりだと台湾も中国と手を組むとい
う方向へ追いやってしまうところでしたが、馬総統は、日本にある種のエールを
送っているのです。中国寄りの国民党政権でありながら、日米安保条約を支持し
、尖閣諸島に対する自国の領有権主張を堅持し、しかし実際には、漁業交渉の実
を得ようとする。これが外交です。一つの中国論という正論に惑わされて、現実
に存在する中華民国のことを考慮に入れないとしたら愚かなことです。

                                             続く